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Episode 5

 その週末、別に何があるわけでもなく、みなでパブに溜まっていた。それぞれ独身だし、部屋にこもっているのもどうかという感じだっただけ。小ジャレた店にいれば、くだらない世間話や日頃のウサ、与太話をするだけでも連帯感というか、何がしかの特別感があった。カラオケに興じたり、ほかの客とバカ話をして盛り上がったり、気ままに過ごすのもタマにはいい。

「ツヨシの治療費、一括返済しちまおうかなあ」

 両手を頭の後ろで組んで、僕がボヤいた。

「まだ残ってたんだ」

 スナが僕のグラスに氷を入れながら言った。

「金の使い道がないから、俸給がすぐたまっちゃってね。軍人の優遇金利だし低利だから、ほっといてもいいぐらいなんだけどね」

「ああねぇ……バカみたい。イキオイで啖呵切っちゃうからよ。マンションの頭金とか、生きた金にすればよかったのに」

「そんなものいらないよ。まだ身を固める気、ないから」

 僕が切り捨てると、スナは口を尖らせた。

「なんだなんだ。人生設計の話か?」

 カン少尉が割って入った。

「ISAやってるか? オレ口座作っちまったぞ」

「なんすか、それ」 

 キム君がポカンとして言った。

「個人向け少額非課税投資のことさ。知らないのか? 遅れてるぅ~」

 カン少尉がキム君をバカにして言った。パク君がそこへ乗っかってきた。

「僕もはじめましたよ。FXもやってますけど」

 ほ~……一同感心することしきり。カン少尉までもが資産形成を考えている、というのが僕には意外だった。

「若いのにしっかりしてるねえ」

「ばかやろう。若いから積み立て投資するんじゃねえか、わかってないねえ。人生終わりかけてから積み立てしても仕方ないだろ」

 カン少尉がそう自慢したところで、キム君が暴露した。

「それ、証券会社の営業の、かわいこちゃんの受け売りです」

 このやろう、バラすんじゃねえ……カン少尉がキム君の首をしめながら笑う。

「営業のおねえちゃんがカワイイもんだから、すっかり鼻の下のばしちゃって。ホイホイ口座作らされたんです、コノひと」

 なあんだ、そういうことか……一同爆笑となった。

「でも、サンヒョもヨンシㇰもえらいわ。それが普通よねえ。ヨハンはだめなやつ」

 スナはしてやったり、と意趣返ししたつもり。

 そんなことどうだっていい、僕には昇進の話があって、収入が何倍にもなるかもしれないんだ……思わず漏らしそうになって、あわてて引っ込めた。部長からは口止めこそなかったけど、極秘事項かもしれないし、どうなることか確かなことはまだわからないから。そんな資産形成など考える必要もない、アクセク働かなくてもすむかもしれない、という絶好の昇進チャンスに、僕の慢心は頂点に達していた。それまでの人生設計など、どこへやら。実を言えば、スナとの将来も少しづつ考えはじめていた……僕をコバカにしているスナの認識とは裏腹に。ひんむいてすっパダカにして、ヒイヒイ言わせてやろうか……スナを裸にして、ベッドの上でメチャクチャにすることを妄想しながら、彼女のカラダを目で犯す。


 次の容疑者は若いチンピラだった。どうやらシノギに美人局をやっているようだ。それも女児専門。孤児やら家出少女やらを甘い言葉で釣って、自分の女にしてから客をとらせていた。気が弱いか、薬漬けで言いなりになった娘はさんざん食い物にされ、逆らうと今度はボコボコにされ、言う通りにさせられる。病気やケガ、警察の厄介になった段階で女児はお払い箱。こいつがスミレ殺害の犯人とは思えなかったが、個人的に憤った。客を装って<よっしー>に拉致させ、山小屋に監禁して手足をつぶし、動けなくしてやった。数週間後に覗いてみると、チンピラは腐ってネズミとゴキブリのエサになっていた。いい気味だ。食い物にされていた女児らは保護されるか、解放されたのは言うまでもない。


 ある日、僕は仕事をバックレてユヅキとドライブに出かけた。バイパスの入口ゲートを通過するとETCが反応する。

 行キ先ヲ入力シテクダサイ……

「二色の浜」

 ユヅキが音声入力すると、次は彼女のベンツがこう告げた。 

「オートクルーズ・モードに入ります。アクセルから足を離し、ハンドルから手を離してください」

 信号音がなるとユヅキはフリーハンドになった。そのとたん、待ちきれない二人はキスしはじめ、舌をからめあう。隣を走る車の老夫婦が唖然とした表情で通り過ぎた。ハラハラどきどきものだ。僕は車窓をスモーク・モードにして中を見えなくし、ユヅキにフェラチオをおねだりした。走行中の車内というスリルが性感を倍増させる。ビーチの近くのガレージに到着すると、今度は僕がユヅキをネットリ楽しませる。さんざんユヅキをウットリさせたあと、挿入して終了。汗だくの二人は窓を開放し、ビーチの風景を楽しんだ。そしてしばらく浜辺を散歩したり、お茶を飲んだりしたあと、ふたたび近くのラブ・ホテルで試合再開。シャワーを浴びて帰路につく……いつだって大体こんな感じ。同じことの繰り返し。マンネリもいいとこだ。だけど離れればまたしたくなって、会いたくなる。いまやもう、ユヅキでなくたって誰だっていいんだけど、イザまた新しい人とイチから、となると考えてしまう。お互い知り尽くしているからこその安心感があって、ラクチンだ。どっちかがシタくなったらすぐデキて、メンドくさいことなんか一切なしでタイパよし。アトクサレもヤバイ話も一切なし。ほかの誰かがザンネンだったら? メンドウがおきたら? ……ちゃんと確保しておきたい。保険みたいなもんだ。たぶんユヅキもそうなんじゃないかな? 


 もう一人の容疑者は、どこかの警察署の生活安全課の警官だった。スマホの位置情報から行動パターンを割り出し、怪しげな場所・時間帯に彼を追跡してみた。

 その日、男は駅前の商店街をしばらく徘徊していたが、すーっと、ある雑居ビルに吸い込まれた。あとを追って中に入ると誰もいない。通路をあちらこちらと覗いてみたが人影はない。と、トツゼン硬いもので後頭部をなぐられ、僕はフロアに倒れこんでしまった。見れば、さっきの警官が銃を向けて立っている。

「おいコラ立て。その壁に手ぇついて、じっとしとかんかい」

 僕が言うとおりにすると、彼は僕の所持品を全部引きずり出した。

「ヤクザの使うようなハジキ持ちやがって。おんどれ何者じゃ?」

 僕は答えなかった。ウソをついたところで、本当のことを言ったところでいずれにせよ、どうなるものでもないと判断した。

「ほお、だんまりか……まあええ。ほな、ここで死んでもらおか」

 男は僕の後頭部に拳銃のようなものを押し付けた。僕の全身からは冷や汗が吹き出し、体が硬直するのを感じた。

 ……ええっ?! これでもう、人生とはおさらばなのか?


 パーン!!! パン! パーン!


 花火のような破裂音がして、びっくりした僕は飛び上がった。撃たれたものだとばかり思い込んで失神しそうになった。

 しかし、いつまで経っても痛みがこない。僕はそーっと首筋に手をやって、頭から血が流れていないか確かめてみた。冷や汗みたいなのはべっとりついていたが、ヌルヌルした血液の感触はない。僕は手を顔の前にまでもってきて、肉眼で生存を確かめた。

 「あぶない、あぶない……」

 背後からそんな聞き覚えのある声がした。急いで目をやると、例の男は床に倒れ、誰かが何かをつぶやきながら男の頸動脈に人差し指を当てて、息があるかを確かめている。

「もう少しで手遅れになるところでした」

 彼はまるで流れ作業でもするかのように手際よく、現場の後始末を始めた。

「……や、こらどうも。少尉さんでしたね。お忘れですか? 刑事のクサカベです」」

 いやらしい、するどい目つきと脂ぎった四角い顔。刑事はニヤニヤしながら僕に語りかける。

「そうそう、例の連続児童殺人事件ですが。あれから私も少しづつ捜査を進めてきたんですわ」

 僕は放心状態で何も言えない。

「そしたらどうです? 浮浪児を食い物にしてる大人どもが一人、また一人と懲らしめられてる。我々公務員には許されん私的制裁、っちゅうやつですわ。どうやらここには子供たちを守る、正義の守護神がいるようですなあ」


 ……こいつ、いったいどこまで、何を知ってやがるんだ? 


 不気味に思う僕を尻目に、彼はその手を休めることなく、男の両足をもって遺体を引きずっていった。

 やがて彼は、呆然と立ち尽くす僕を急き立てた。

「そろそろ人が来ますぞ。面倒だ、さあ行って行って。後はまかせなさい」

 銃をとリ戻そうとすると、彼は僕を制止した。

「そいつは置いていきなさい。何かに使えるかもしれん」

 大急ぎで所持品を回収し、刑事に言われるまま僕はその場を立ち去った。現場から離れるころには、野次馬がもう何人か集まり始めていた。


 みっともない話だが、ショックのあまり、その後僕はしばらく寝込んでしまった。一つ間違えば僕はもうこの世にいなかったのだから、仕方ないと言えば仕方ないが……。

「あの時、あそこにどうして刑事がいたのか?」

「なぜ、僕の行動を把握しているかのような発言をしたのか?」

 僕はベッドで横になりながら、そればかりを考えていた。いくら考えても何も答えは出そうになかったが、はっきりしていることはただ三つ。刑事は僕のしていることについて何かしらつかんでおり、僕は彼のおかげで命拾いし、そして、彼は僕の敵ではなさそうだ、ということ。

 スミレ殺害の犯人を捕まえるのは、想像していたよりデンジャラスなようだ。もちろん相手の凶暴性もあろうが、戦争で荒廃し治安が悪化した街を一人でうろつくこともよほど危ないみたい。スミレの復讐を続けるべきかどうか、僕の心はますます折れそうになっていた。


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