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Episode 2

 僕たち<仲良し5人組>は一計を案じ、「元気のないスナを励ます会」を催そうと計画を立てた。まだ日差しは夏の名残りを感じさせるけれど、気候はすっかりよくなって秋の気配。ちょっと季節外れな感じはあるが、トンヘ(日本海)までドライブをして、浜辺でBBQとシャレこもうという趣向だ。スナはゲスト待遇、準備や当日の調理は僕たちが仕切って、アトラクションやら給仕やらで彼女をもてなし、お姫様気分を味わってもらう。

 レンタカーのバンを借り、スーパーやらホームセンターやら精肉店をまわって、BBQコンロだの炭だの、肉だのスナック菓子だのビールだの買い込んで荷台に積みこみ、スナの宿舎まで廻ってお出迎え。忘れてならないのは軍の規則。兵士が司令部を一定の距離以上離れる場合、各自ピストルと弾丸最低50発、自動小銃は最低1丁と弾丸最低250発、3人増えるごとに自動小銃は1丁ずつ追加で携帯しなければならない。それと定時連絡。それを怠ると軍紀違反で処分だ。

 大阪を出発して京都を北上し、山あいのワインディング・ロードをひた走る。途中、国道沿いの畑だの田んぼだの、沢だの森だの谷だの、田舎らしい田園風景が車窓を過ぎ去り、気分は徐々に盛り上がって行った。解放感で一杯だ。やがて僕たちは北陸地方の海岸線に達し、とつぜん視界が開けてトンヘが姿を現した。

 ネットで検索しておいた浜にたどりつくと僕たちは炭をおこし、早速BBQの準備にとりかかった。ビールを飲みながらワイワイガヤガヤと下ごしらえをしつつ、みなで料理を仕上げた。ステーキやらサムギョプサルやら野菜やらを焼いて、できた順番に紙トレイにのっけて、上座に座らせたスナのもとへ運んだ。

 食事が終わると各自、芸を披露してスナを楽しませた。パク君はK-POPアイドルグループの歌とダンスを披露。カン少尉は形態模写で動物やら鳥やらの物マネを披露した。キム君は高麗人メジャーリーガーのモノマネをしたが、こっちはスナに伝わらず不発に終わった。ウケたのは野郎ばかりだった。芸のない僕は仕方なく、スナがヒイキにしてるK-POPグループの最新ヒットソングを歌った。最後に皆で男性コーラスを披露。K-POP大ヒットナンバーのバラード曲、「君は僕の愛を知らない」の替え歌を歌って聞かせた。


   ウ~(コーラス) 

 ♪ 僕たちがこんなに君を愛しているというのに

 ♪ 君はそれに気づかない 

   ウ~(コーラス) 

 ♪ たくさんの愛に包まれているというのに 

 ♪ あなたはいつも孤独な笑顔

   ワー(コーラス)

 ♪ なぜスナの微笑みはいつも寂しげなの? 

 ♪ どうしてスナ 

   なぜ~(コーラス)

 ♪ 気づいてスナ

   すぐ~(コーラス)

 ♪ 君はひとりじゃないんだよ 

   オーイェ(コーラス)

 ♪ 胸いっぱいの愛を受け取って


 お腹を抱えてゲラゲラ大笑いし、最後に立ち上がって拍手喝采したスナ。しかし彼女は突然しゃがみこむと、両手で泣き顔を隠した。やがて立ち上がった彼女は、キョトンとする僕たちに言った。

「みんな、心配してくれてありがとう。私はあなたたちと出会えて、本当に幸せです。ミンナほんとに素敵、わたしの仲間たち」

 野郎どもは歓声を上げてスナを胴上げした。



 僕はくだんの容疑者リストを修正再編しつつ、気になる人物がいれば昼夜を問わず、勤務時間と否とを問わず様子を見に出かけた。

 容疑者の一人目は、嫌疑のスコアが高い割にはプロフィール的に疑問な高齢女性。たしかに連日、児童を家に連れ込んではいたが、実際は単なる篤志家だった。浮浪児たちを家に招いては料理を振舞い、家庭的な雰囲気を味わわせようとしていただけだった。僕はAIの性能に対する信憑性の観点からこの人物に近づいたのだが、結果は懐疑的。がっかりするとともに、この先大丈夫かな? と少々不安になってしまった。AIが判断を誤った要素として疑わしい条件をいくつか想定し、設定変更して修正を試みた。彼女がリストから外れるまでフィルターの修正をしたり、スコアの点数を調整したりした。


 二人目の容疑者は「うすらハゲ」のデブおやじ。こいつは浮浪児を物色しながら夜な夜な繁華街を歩きまわっているような輩だった。遠巻きにしばらく尾行をしていると、オヤジは一人の子供に金を渡して路地の奥に連れ込んだ。こっそり近づいて覗いてみれば、オヤジは物陰でズボンを下ろし、すすり泣く児童にイタズラをしている最中。目を凝らしてよく見ると、被害児童はどうやら男の子だ。

 やれやれ、こいつはどうやらスミレ殺害の犯人じゃなさそうだ……

 しかし、その胸くそ悪い光景に吐き気がした僕は、思わず汚い毛むくじゃらのケツをしたたか蹴り上げてしまっていた。悲鳴とともに顔面から地面に激突したオヤジ。びっくりした顔で僕を見ると、必死でズボンをたくし上げようとする。ブチ切れ、すっかり自制心を失っていた僕は、オヤジの股間めがけてピストルを数発発射した。タマをつぶされたオヤジは断末魔の絶叫を連発する。その鬱陶しさに僕のイラダチは最高潮に達し、オヤジの眉間めがけてトドメの一発をお見舞いした。騒々しかったオヤジはそのとたん、コンセントを抜いたテレビみたいに沈黙して果てた。

 容疑者の殺害は想定外の事態だ。殺しのライセンスを持っているような人間が警察のご厄介になるなど、現実的には考えにくいが、トラブルの種にはなりかねない。僕は強盗の犯行に見せかけるためオヤジの懐から財布を奪い、怯える被害児童に中身をくれてやった。犯行に使った銃はオヤジの遺体めがけて弾を撃ち尽くした後、その場に捨てた。


 宿舎に帰ってシャワーを浴びて、ビールを飲みながら僕は気づいた。


 僕は立派な殺人犯じゃないか……

 しかも後悔とか動揺とか、そういうのは一切ない

 どっちかというと冷静で、スッキリ爽快感を感じている 達成感もある

 僕はいつの間にか殺人鬼と化していた……


「ペドフィリア vs ペドフォビアの戦いか……フッ、どっちもどっち、ビョーキだな。いいも悪いもない」

 日本での軍隊生活は知らず知らず、僕の人格を徐々に浸食し、改変してしまったようだ。考えてみれば人殺しなんて初めてじゃないし、クマノの作戦を経てみれば特別でも非日常でもない。僕のものごとに対する許容度、キャパシティは考えたこともないほどに拡張・肥大化し、節度を失ってしまっていた。いまや自己正当化さえできれば、自分を培ってきた社会の規範や呪縛や葛藤を軽々と乗り越えられる。しかも、スナを思いやる心と、敵を抹殺する凶暴さが共存していることに、何の矛盾も葛藤も感じなくなっているのだ。自己肥大した僕は、自分の器が大きくなったように錯覚している。だけど、もう元の自分には戻れない。戻ったところで何がある? 見てしまったこと、知ってしまったことを無しにはできないし、時間を過去には戻せないのだから……。

 それに「他人の妻と寝る」という破廉恥な行為だって、いまや日常の出来事だ。それについても葛藤とか罪悪感とか一切ない。それを感じる以前にナマの現実が先行して、思考が追い付いていない。

 

 僕はある意味、汚れっちまった……

 だけど、別の意味を持つ、広い世界を生きるようになった……


 と、その時、電話がなった。母からだ。

「ヨハン、元気にしてるの?」 

「ああ、オモニ。元気にしていますよ。心配ないです」

「ずいぶんご無沙汰ね。自分の母親を忘れたの?」

「ハハハ、まさか。忙しいだけですよ。申し訳ありません」

「今度いつ帰るんだい?」

「そうですね。わかりません。今は国家に捧げる身ですから」

「アボジもお前の顔を見たがっているよ、あいつはなぜ帰らないんだと」

「へえ、アボジがそんなことを言うようになったんですか」

「年を召して弱っちゃったのよ。私たちだっていつまでも若くないんだから」

 いままで若く美しかった母が、大きな存在だった母が、いまは老いて小さく感じられる。僕の前に立ちはだかり大きな存在だった父が、いつの間にか小さく弱弱しい一人の人間に感じられた。

「兵役期間が決まってないんです。僕はいま連合国で仕事をしていますから、いついつどうこうと規則が決まっているわけじゃないんです。でもそうは長くなりませんよ。いずれ日本の占領も終わります」

「あとどれくらい?」

「そうですね。何年とは言えませんが、何十年もかからないでしょうし、それまでに僕はお払い箱でしょうね」

「まあ、そんなに……ところでお前は危ない仕事をしてるんじゃないでしょうね?」

「オモニ、僕は事務職ですよ」

「だけど軍人であることに変わりないわ。私は兵隊を産んだ覚えはない。人殺しをするように育てたつもりはないんだから。母さんは、お前が自分より先に死ぬのを見たくない」

 僕は父を裏切り、こんどは母を裏切ってしまった。両親に申し訳なくて心苦しい。

「オモニ、僕は事務職だから人殺しなんてしませんよ。命の危険だってありませんから、安心してください」

「そうかい? ならいいんだけど……。そうそう、妹のヘスに赤ちゃんができたのよ」

「へえ、すごいなあ。じゃオモニもとうとうオバアちゃんですね。男?女?」

「それが女の子……まあ、五体満足で健やかならそれでいいわ。お前みたいに軍隊にとられないで済むし」

「あははは、どっちに似ていますか?」

「まだよくわからないけど、私は父さん似だと思う」

「あちゃーそりゃ大変だ。嫁のもらい手がないですね。せめて頭がよければ……」

「あっはっは、そういいながら美人に育つことだって多いんだから。お前、彼女はいるの?」

「いいえ、オモニ。ああ、同僚で一人、仲のいい女性はいますよ」

 母を喜ばせたい一心とはいえ、つまらないことを言った、と僕は後悔した。

「大学はどこ? 器量はどう? 苗字と本貫は?」

「それが梨花女子大出の超エリートです。評判の美人ですよ。おまけにあの有名な栄光精工の跡取り娘です」

「まあ、すごい! 申し分ないじゃない! いいこと? ヨハン、必ずその娘をモノにするんですよ! しくじったらタダでおきませんからね。結婚前に赤ちゃんこさえたっていいんだから……ああ、いいこと聞いちゃったわ。母さん今日は眠れないかも♡」

「あははは、母さん、先走りしないで。向こうにも選ぶ権利がありますから。うちみたいなのが金持ちと結婚するとロクなことがありませんし」

「こんなにいい話が聴けるとは思わなかった。お前は大した息子です。こうしちゃいられない、父さんに教えてあげなきゃ。また電話するわね」

「こんどは僕から連絡しますよ」

「次は、お友達を連れて帰って頂戴ね。おやすみ」

「さあ、どうだか。期待しないで。おやすみなさい、オモニ、アンニョン」

 母の声をひさしぶりに聴いて、しばらくの間、僕の目頭はなぜか熱くなった。

 

 三人目のロリコンは若い男で、女児をアパートに連れ込んではイタズラをしているような変態だった。だが、こいつに関してはしばらく動けないぐらい痛めつけ、警告をするにとどめた。あまり死体がゴロゴロするようだと警察に目をつけられかねないし、多少自重した感じだ。正直、殺したハゲオヤジとどれほど罪の重さが違うのかと問われれば、合理的な説明はできない。


 四人目の男は誘拐屋だった。女装しては臓器売買の獲物を物色し、食べ物や甘言で子供を釣っては提携先の医療機関に連れ込む。それで手数料を稼いでいるのだ。大金が絡むビジネスなので、いくら警察が取り締まろうが成り手に困ることはない。こういう手合いは相手しだすときりがないからスルーした。死体の山がいくつできるかわからないからだ。


 その後も何人か尾行してみたが、これという人物にはたどり付けなかった。徒に時間だけが過ぎていった。


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