Chapter 6
Search and Destroy
Episode1
その日、僕はキム部長のオフィスを訪ね、高麗陸軍AI・ウンニョの使用許可の申請をした。もちろん、スミレを殺した犯人をつきとめるため。連合国軍のAIは手続きやセキュリティが厳重でわずらわしい。そこで、わが軍のAIならキム部長の顔でなんとかならないか、と思案したわけだ。しかし問題はその調査内容と必要性を疎明しなければならないことだ。
「連続殺人事件とキサマの業務の関連性は何だ?」
革張りのプレジデント・チェアに深く腰掛け、膝を組んだ部長が尋ねた。
「厳密に言うとありません。しかし研究したいことがありまして、お願いしてる次第であります」
開き直った僕の言葉に、部長はしばし絶句した。
「知っての通り、軍のリソースには限りがあって、お前の思い付きに付き合ってるような余裕はない。国家の資産をお前の私用に供したとなると、俺の責任問題だ。そのうえでなお、使わせろと言うんだな?」
「私からのお願いであります、大佐どの。たっての願いであります」
部長はしばらく考えていたが、やきもきしている僕にこう言った。
「あさって以降、サイバー部隊に出頭しろ。言うまでもないが、お前の利用履歴が残るのはわかってるな?」
「ありがとうございます! 大佐どの!」
息をはずませた僕に、部長は笑みを浮かべた。QRコード付きの書類をプリントアウトし、サインをすると僕に投げ渡した。
このとき僕は、部長との絆みたいなものを感じた。彼は自分の立場を守ることより、僕を信頼し、応援してくれている。目をかけて、かわいがってくれているんだ。二人目の父親か兄貴みたいに。
後日、昼食を済ませた僕は、司令部建物内にある高麗共和国・国防部(省)の現地連絡オフィスを訪ね、受付担当の当番兵に書類を提出した。彼は何も言わずQRコードをリーダーで読み取ると、電話で担当者につないだ。まるでコンビニに来たみたいな簡素さで、拍子抜けだ。
しばらくすると背広姿の若い国防部職員がやって来て、僕をオペレーション・ルームに案内してくれた。そこはセキュリティが厳重で、パスワードや生体認証、チップの入ったIDカードと、何重ものガードをクリアする必要があった。扉が開くと、半導体工場のクリーン・ルームみたいな空間が中に広がっていた。壁一面のモニター、タッチパネルなどのデバイスを操作する職員が作業しているカウンター、彼らの背後にはいくつかに区切られた個室ブース……職員はブースのひとつに僕を伴うと、自らは椅子に座り、こう言った。
「さあ、何を調べましょうか、ヤン少尉。ここは国防大臣直属の情報機関ですから、何でもありですよ。キム大佐はやることが粋ですね。陸軍のサイバー部隊を通すとなると、あれこれ所掌とか許認可とかハードルが高いんですが、諜報部門からだと制約など有って無きがごとし、ですからね。ただし、手短に願います」
まず、僕はJRの改札の履歴、官民の周辺監視カメラ、NTTのスマホの位置情報などから犯行当日、犯行現場周辺にいた全員の名前をAIにデータ化させ、物理的に犯行時間、犯行現場にいた可能性の全くない人物を除外させた。そこで出来たリストと自治体のサーバーの個人情報とを紐づけさせ、さらに警察のサーバーの捜査情報、前科前歴のデータとリストを紐づけ、あるいはインターネットの検索履歴、図書館の貸し出し履歴、通信販売の閲覧履歴、スマホの通話内容のキーワード履歴、なども紐づけた。そのうえで、犯罪プロファイリング理論を参考に用意しておいたいくつかのフィルターを設定、ロリコン犯罪とはほぼ無関係な人物を除外させた。ここまでしてもなお、数千人分の氏名がリストに残った。僕はいろいろなキーワードや検索条件を工夫しながら何度もスクリーニングを繰り返し、あるいは条件のいくつかを数値化して優先順位をつけ、ランキング形式でふるいをかけた。
膨大な作業にもかかわらず、所要時間は数時間、あっという間だった。AIの能力たるや、恐るべし。国家権力の前では一般人など、丸裸で歩いているに等しい。我々占領軍はその国家権力を凌駕する存在なのだから、戦争とか敗戦とか、ポピュリストが国家の運命を弄んだ代償はあまりにも大きすぎると言えよう。日本国はいまや占領国によって丸裸にされ、思うがままに改造・調教され、蹂躙されているのだ。ユヅキに調教された憐れな性奴隷の、この僕のように。
こうして圧縮した生のデータをそのままスティックタイプのSSDにコピーしてもらい、僕は国防部のオフィスをあとにした。国防部の職員は最後に言った。
「これじゃまるで犯罪捜査ですね。ハルシネーションのおそれもありますから、参考程度になさってください」
A Needle in a haystack……言われなくてもわかってる。めぐらせた網の目が粗すぎて、そもそも検索結果が信頼できるかすら怪しいレベルだ。それでも闇雲に人海戦術でやるよりは、ターゲットに迫れる可能性は高い。たとえ外れようとも、極悪変態ロリコン野郎が一人消えるたびに、何人、何十人の子供が被害を免れることができるかわからないのだ。
あとは空いた時間を使ってSSDをモバイルに接続し、AIを使ってスクリーニング、ランキングをあらゆる角度から何度も繰り返し、僕は徐々に捜索対象を絞っていった。
オフィス・ワーク専門の僕が治安の悪い下町を捜索するとなると、護身用の武器が必要だ。あくまでモグリの捜査だし、支給品のピストルを使うわけにはいかない。くわえて大阪の土地勘だとか風習とか、勝手がわからない僕には地元民のアシスタントも必要だ。ならば蛇の道はヘビ、大阪のチンピラ、若造を手下に使わない手はない。たしか同じG2のCICで、カウンター・インテリジェンス担当のイム少尉がヤクザ相手に仕事しているんだっけ。
ある日、地下ダイニングで食事中のイム少尉にバッタリ会ったので、いい機会だと思って声をかけてみた。
「誰でもいいから、便利な使いっ走りが欲しいんだ。何にでも使えそうなチンピラはいないかな?」
ビビンバをモグモグ咀嚼しながら聞いていたイム君。それを飲み込むと、こともなげにこう言った。
「ああ、まかせときな。ちょうどいい、明日の晩8時、南港の埠頭までおいで」
あっさり解決しすぎて拍子抜けした。まだ何も詳細について話してないのに安請け合いして、大丈夫かなあと不安になるほどだ。
約束の時間に、指定された地図の座標までハーレーで駆け付けると、そこは磯臭い港の埠頭。船着き場にトラックが一台だけライトを点灯させたまま停まっていた。イム君が運転席から顔を出し、こっちこっちと手招きする。これから一切、僕の本名と階級は伏せといてくれ、と彼はあらかじめ念押しした。
アルミのドアを開けて荷室の中に入ると、ミノムシみたいにスノコでグルグル巻きにされた人間が横たわっていた。ずいぶんと涼しくなった昨今、海から引き揚げられたのか、あたりは海水でビショビショだ。大小便をもらしているのか、ミノムシからは異臭もただよう。
「おい、もう言わなくてもわかるな? 俺たちを裏切ったらどうなるか。どこに逃げようと、お前の居場所なんかすぐわかるんだからな、バカめが。これで思い知ったろう」
イム少尉がミノムシに声をかけると、端っこから顔がもちあがり、何度もうなずいた。ガムテープで口をふさがれているからか、うめき声しか聞こえない。イム少尉がミノムシの口からガムテープをはがした。
「これからは、この人の言うことを何でも聞くんだぞ。またバックレやがったら、今度こそお前は魚のエサだ」
ミノムシは、とってつけたように低姿勢で応じた。
「わかってまんがな。すんまへん、もう二度としませんよってに」
どうだかな?、と言いながらイム少尉は縄を切って、一人の若造を解放した。まあ、どこにでもいるような小男で、一見、ヤクザやチンピラには見えない。色黒で、目だけをギョロギョロさせている印象だ。
「よっしー、言います。よろしゅうたのんます」
男は寒さで体をふるわせながら、僕に仁義を切った。
「あにさん、なんちゅうてお呼びしたらよろしいんでっか?」
「名前なんかいいから。Yとでも呼んでくれ」
「へ、わかりました」
僕は別アカで、よっしーとSNSのアドレスを交換した。相手にするのがちょっと面倒くさいヤカラだなあ、というのが残った印象だ。
後日、僕はよっしーに、前の無いピストルを何でもいいから3つ用意しろ、と命じた。数日後、よっしーは難波の「とある」喫茶店を受け渡し場所に指定してきた。
僕がコーヒーを飲んでいると<よっしー>がやってきて、紙袋をひとつ、黙って置いて出ていった。
とんとん拍子にものごとはすすんで、こんなにアッサリ、さくさく問題が解決して大丈夫かなあ……と不安に思えるほどだった。
「もうじき生理だから、早くすませちゃおうと思ったんだ」
その日の夜、僕のペニスを指で弄びながら、ユヅキは言った。
「まだ、し足りないの? そんなことしたらまた大きくなるじゃないか。もう痛くてできないよ」
僕が文句を言うと、ユヅキはいきなりそいつを口でくわえて弄んだ。そうなるともう条件反射みたいなもんで、+1ラウンド再開ということになる。すでに予備タンクは枯渇していて、再度発射なんて無理な話だというのに。それでも若い二人は夢中になって愛し合った。唾液と体液でベトベトになりながらも、そんなことはお構いなしに。
何度も無理やり発射させられてヘトヘトになった僕は、グッタリとしてベッドでウツブセ状態、呆然自失。そこへいくとオンナはエネルギーの消耗が少ない。寝そべったまま、いつまでもダラダラと余韻を楽しめばいい。
「ねえ、今度りんくうの牡蠣小屋に行こうよ」
僕は相手する気力すらなく、無言のままだった。
「漁港に小屋があってね、魚介類のバーベキューとかも食べさせるんだ」
悪くない話だけど、時間があればね……ようやくのこと返事をした僕。ユヅキはお構いなしに話を続けた。
「ママに東京から来てもらって、子守りをしてもらわなきゃ。行き帰りに結構時間かかるし。車じゃ無理だわ、お酒入るから」
僕に返事をする気力はない。
「ねえ、退屈だわ。デートしようよ。ヨハンはどっか行きたいところないの?」
何も言わない僕に腹を立て、ユヅキは馬乗りになった。
「この役立たず。私はまだ元気いっぱいよ、立て、こら」
気のせいか。ユヅキはなんだかいつも、生き急いでいる感じがする。