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あやかSide⑤ 独占

★★★あやかSide★★★



「なにそれ、意識しまくってるじゃん」


 予想外に大声を出して発火した虎太郎を前に、私は少しだけうろたえた。

 やめてよ。

 そんな反応しないでよ。

 そんな内心が伝わってしまったのか、虎太郎はばつが悪そうに外を向いたまま、あわてて取って付けたような言い訳をはじめる。


「凛は……幼馴染だろ。ガキの頃から知りすぎてて恋愛対象にならないし」


「……その言い方だと私も恋愛対象外になるんですけど」


「あ、揚げ足取るなよ……。今のは別にお前のことを言ったわけじゃないし……あっ、別に凛に魅力がないと言うつもりじゃないんだが」


 しどろもどろな返事だったが、彼なりの不器用な気遣いは伝わる。


「ふーん。確かに、知らないところで彼氏が別の女とたびたび二人きりで会っているというのは、彼女としては腹を立ててもおかしくないかもね。うん、それはそう」


「…………」


「でもさあ、そんなんじゃ学校生活なんて送れないよ? 日直が一緒になったり、席が隣になったり、修学旅行の班で一緒になった子に私はいちいち怒らないといけないの? 今だって私たちの関係は秘密にしてるんだから」


「それは……そうだな」


 実際はそんなんで腹を立てるんだけどね。

 私だって独占欲丸出しみたいな真似はしたくない。でも凛だけは別だ。

 せめてもの救いは、二人とも奥手な性格をしているということ。もしどちらかにあと少しの積極性があれば、二人はとっくに付き合っていただろう。

 私は大きく息を吐いて虎太郎に向き直る。


「…………ま、虎太郎が私のことを気にかけてくれたのは素直に嬉しいし、私に嫉妬してほしいという欲望も分かったよ。束縛してくるような重い女のほうが好みだったんだね」


「そんなことは言ってない」


「黙って。ここは聞き分けのいい彼女になってあげる。でも条件が三つあるから」


「お、おう」


「正座して。あと敬語」


「はい」


 虎太郎はいそいそと居住まいをただした。


「まず、ちゃんと報告して。その日あったこと、話したこと全部」


「はい」


「全部だかんね」


 私は念を押して繰り返すと、虎太郎はこくこくと素直に頷いた。この男は律義に約束を守るタイプなので大丈夫だろう。

 こういうところは扱いやすくていい。

 おっと。

 ついニヤニヤしてしまうが、お説教の途中だ。

 私はこほんと咳払いして、今度は指を二本立てた。


「二つ目は私たちのこと。繰り返すけど、私たちが付き合っていることは、まだ凛には秘密だからね」


「わかってるよ」


「私と凛は親友なんだから、うっかりバレるとかやめてよね。あんたのせいで凛が変な遠慮するようになったら悲しいし、打ち明けるタイミングは考えたいから」


 と言い訳も忘れない。

 虎太郎はなんの疑問も持たず、二つ返事で了承した。


(いっそ早いうちに凛にバレたほうがいいんじゃないか?)


 私の中の悪魔が囁く。

 そんなタイミングなんて本当に来るのかも分からないじゃないか、と。

 確かに今の私がやっていることは問題の先送りだ。

 凛から告白の相談を受けた今となっては、余計言い出せる状況ではなくなってしまった。

 もはや一生隠し通す以外に道はないのでは? とも思うが……かといって黙っていれば凛は虎太郎に告白し、二人がよりを戻しはじめるかもしれない。タイムリミットは確実にある。

 とにかく凛と虎太郎が距離を置くようにさえなれば当面の問題は解決できると思うのだが……。


「あやか?」


 頭の中で悶々と思考していると、虎太郎の声ではっと現実に帰る。最近考え込んでばっかりだ。


「ああごめん、あと一つだよね」


 無言で虎太郎を見つめる。

 三つ目の条件、本当は私と毎日会うことって言おうと思ってたけど。

 凛に負けず劣らず奥手の虎太郎には、その程度では足りないかもしれない。付き合ってもうすぐ一年になるのに、私たちはまだ幼馴染から抜け出せていないのだから。


「……なんだよ、人のことじっと見つめて」


「ふむ」


 ……やはり凛が虎太郎にフられる展開が一番いい。凛から恋心を告げられようが、それ以上に私のことを好きになってもらえばいい。

 どうせ私には張りぼて装備で茨の一本道を通る以外に道は残されていないのだ。


「あ、あやか?」


「うん。私たち、もうそろそろ関係を先に進めるべきだよね」


 私は膝をついて四つん這いになり、一歩一歩にじり寄る。

 なにか感じ取ったらしい虎太郎は正座を解いて後退するが、すぐ逃げ場を失って倒れこんだ。

 私はその上に乗っかって、お腹のあたりにぺたんと腰を下ろす。


「ままままずいって」


 私の足の隙間からなにかが見えたのか、目のやり場に困るように視線がきょろきょろとあちこち彷徨っていた。絵に描いたような慌てふためきようである。

 だめ。

 こっち見て。

 虎太郎のほっぺたを両手でやさしく包んで、私のほうに向きなおらせる。


「な、なんだよ……」


「顔、真っ赤」


 至近距離で見つめあう格好になって、たまらずかすれ声で文句を言う虎太郎。

 よく見ると鼻がひくひくして目元もちょっと潤んでいる。かわいい。

 ちなみに、虎太郎の瞳の奥に映っている私の顔も真っ赤っか。


 これよくない?

 虎太郎の目を見ていると私が見える。

 それってつまり虎太郎の目を独占しているってことだよね。

 そう思うとお腹の真ん中あたりがあったかくなっていく感じがする。

 私の心臓はバクバクと大きな脈を打って、それが密着している虎太郎のものと混ざって加速していく。そして虎太郎を見つめれば見つめるほど、不思議と心音のリズムが同化していくように錯覚する。


 あ。

 やばいかも。


「お、おい!? ……んっ……!」


「んっ…………ふぁ……」


 ぷちっと理性が飛ぶ音とともに、気づけば私は虎太郎にキスしていた。こういうのは勢いが大切なのだ。

 乾燥して少しざらざらした虎太郎の唇に、私は自分の唇を押し当てて重ね合わせる。

 官能的な感覚に脳が溶けそうになる。


「んぷっ……これが三つ目」


「お、おう……」


 少しの名残惜しさを残しながら顔を離し、乱れた呼吸を整える。

 時間にすればわずか一、二秒。

 これが私たちの初キスだった。


「……」


「……」


 そして無言の時間が流れる。

 気まずいなんてもんじゃない。顔から火が出るほど恥ずかしい。

 なんならキスをする前より今の方が鼓動が大きいのではないだろうか。

 私は叫び声をあげてじたばた転げまわりたい気持ちをこらえて、余裕の笑みを見せておく。私はこんな子供キッスごときでうろたえたりしませんよという、精一杯の強がりである。


「……三つ目、ちゃんと伝わった?」


「ま、まちがいなく」


 伝わったらしい。

 もはや何をしたかったのかも定かではないが、これ以上長居しても精神面でも健康面でも良くないことだけは分かった。


「じゃ、じゃあ……帰るね……っ」


「あ、ああ。気を、つけて……」


 お互いに顔を見られなくなって、私は俯きながらそそくさと逃げ出した。

 ……次までにイメージトレーニングを積んでおこうと思った。

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