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虎太郎Side⑮ 答え合わせ

★★★虎太郎Side★★★


 夕刻。

 約束の時間が迫り、俺は屋上に向かっていた。

 いや、そんなあっさり描写しないでほしい。死に物狂いで逃げ出して、命からがら屋上に向かっているのだ。

 まだ明るいグラウンドではキャンプファイヤーの準備が進められており、わいわいがやがやと声が聞こえてくる。逆にほとんど生徒がいない校内は祭りの後の静けさを保っていた。

 俺は四階まで階段を歩いて上り、立ち入り禁止の張り紙を無視して屋上の扉に手をかける。

 ドアノブを回して押し開けようとするも風圧の重みで押し戻され、人気のない校舎内にガチャンと音が響く。

 いっそ半殺しにされてここに来れなければよかったか。

 俺は頭を振って思い直し、改めてドアノブを握る手に力を込める。


 ……行こう。


 意を決して肩で扉を支えながら押し進めると、ギシギシと軋む音を立てながらも思いのほか軽い力で開いてくれた。


「ごめん、ちょっと遅れた」


「ううん大丈夫。ちゃんと来てくれてよかった」


 ドア横のブロック塀に座って待っていた凛は、俺に気づくとぱんぱんとおしりをはたいて立ち上がる。

 先ほどはりんごのように真っ赤な顔をしていたが、風にあたって落ち着いたようだ。


「凛が隠れたせいで俺がいろんなやつに問い詰められて逃げ回ってきたんだぞ。その場にいなかった同じクラスの連中からもどういうことだって連絡がいっぱい来てる」


「あはは。既成事実出来ちゃったね」


 どうするんだよこれという目線を向けても凛はニコニコ笑っている。


「笑いごとじゃないんだぞ……」


「だってしたかったんだもん。それに、みんなの前でわたしと虎太郎くんの関係が既成事実になっちゃえば、確率上がるかもって思って」


 にんまりとご機嫌な様子に毒気を抜かれて、俺は「はあ」と嘆息する。


「……順番が逆になっちゃったけど、演奏お疲れ様。さっきは言いそびれたけどマジですごかった。感動したよ」


「そっか。虎太郎くんにそう言ってもらえると嬉しいな」


「俺なんかに評価されても仕方ないけどな」


「そんなことないよ。わたしがピアノを続けてこれたのも昔から虎太郎くんが応援してくれたからだもん」


 凛は子供時代の俺がいかに格好良かったか、自分の王子様だったのか語りだす。

 俺の方が気恥ずかしさを覚えるほどに純粋な好意を心から嬉しく思う。

 俺も子供時代は間違いなく凛のことが好きだったから。憧れていたから。

 相思相愛だったことを知れて嬉しくない男なんていないだろう?

 だがこれからは……今の自分の気持ちをはっきりさせる時間だ。

 念のため周囲をぐるっと見渡してみるが、俺たち以外には誰もいないようだ。屋上の扉が開く気配もない。

 長い前置きは、もう必要ない。


「で、だ」


「は、はい!」


 決意とともに口を開くと、凛も空気を察してか居住まいを正して背筋をピンと張る。


「……こほん。まあその、いい天気だな今日は」


「え? うん。晴れだね」


「雲一つない天気だな」


「うん。晴れてよかったね」


「…………コミュニケーション能力が低くてすまん」


 ガクッと漫画のようなリアクションをされる。


「ふふ、わたしも同じだから気持ち分かるよ。しゃべりたいことがあるのに、いざとなるとなにも言葉が出てこなくて自分のことでいっぱいになっちゃうよね」


 逆にフォローまでされる始末だった。心が苦しい。


「気持ちいい風だね」


「そうだな」


 丘の上にあるうちの高校の屋上からは街の景色が一望できる。

 非日常的な祭りの日の、非日常的な空間。風を感じながら見上げる屋上の空は、そんな不思議な世界だった。


「……あっという間に終わっちゃったね」


「ああ」


「楽しかった、よね」


「ああ。凛と一緒にいられて、その……楽しかった」


「そっか」


 楽しかったことは間違いない。

 それが伝わったのか、彼女も嬉しそうにはにかんだ。


「でもわたしは後悔もあるかなあ。ちゃんとわたしのこと、虎太郎くんにアピールできたのかなって」


「十分アピールできてたよ。凛がかわいい女の子だって昔からわかっていたつもりだったけど、この期間で再認識した」


 見た目はかわいいけど、トップカーストには属さず大人しくて引っ込み思案。

 そんな俺の中の凛のイメージが一気に変わった。

 それがすごく新鮮で、どんどん惹かれていく自分がいたんだ。


「勇気を出そうと思ったんだ。今までのわたしじゃダメなんだって思ったから、虎太郎くんの好きなわたしに変わろうって」


「じゃあ……大成功だな」


「……変われたのかな、わたし」


「ああ。まず見た目が随分変わったよな」


「これは……先生がいたから、かな。先生みたいになりたいって思って」


 凛の言う先生があやかだということはすぐに分かった。

 あやかが凛を着せ替え人形みたいにしてきゃっきゃしている姿が容易に想像できる。

 俺のことを除けば、二人は理想的な親友だから。


「見た目だけじゃない。内面も俺の知る凛からはだいぶ変わったと思うぞ」


「……ドキドキしてくれた?」


「まあ、ドキドキしたよ」


「ふふっ、嬉しい」


 ぱっと花が咲いたように笑う凛を直視できず、そっぽを向く。


「本当に……凛は俺なんかにはもったいないくらい魅力的な女の子だよ」


「……」


「だから、もっといい人がいると思うんだ」


「……ねえ虎太郎くん。ちょっと雨が降りそうじゃない?」


 ちっとも降りそうじゃない。雲一つない快晴だ。


「……降る、かもな」


「天気がすぐに確認できるのは、屋上の利点だよね」


 そんなことを言うわりには隣の凛は空を見上げる様子もなく、じっと屋上のアスファルトを見つめている。


「……そうだな」


「虎太郎くんは屋上、好き?」


「…………難しいな」


「難しいんだ?」


「……立ち入り禁止だからな」


「そっか」


「真面目な凛がルールを破るのは珍しいな」


「破ってないんだよ。ちゃんと鍵借してくれたんだもん。むしろ不真面目な虎太郎くんがルールを持ち出すほうが珍しいよね」


 ぽつぽつと断片的に発していた言葉が、ここで途切れる。

 そしてしばし無言。

 冷たい一陣の風が抜けて、思わず身震いする。


「わたしは屋上で告白したかったんだ」


「青春っぽいから?」


 人通りの少ない屋上や校舎裏で秘密の告白が出来るのは高校生の特権だ。

 だが凛はふるふると首を横に振って否定する。


「ちょっと違うかな。いや……わたしは真似しただけだから、元々そういうつもりだったとしたら正解なのかもしれないけど」


「ん?」


 微妙にすっきりしない言い回しが返ってきた。

 真似したってことはこの学校のジンクス的なものに倣ったってことか?

 頭にクエスチョンマークを浮かべる俺が面白いのか、くすくすと笑いながら。


「あやかは、虎太郎くんに屋上で告白したんだよね」


「っ!?」


「正しくは中学校の屋上だから、この場所ではないけど。でもなるべくあやかと同じ条件でわたしも告白したかったから。それだけだよ」


「な、なにを言って……」


 凛はまったく予想外の方向から、「本題」に足を踏み込んできた。


「――あやかと付き合ってたんだよね」


 背筋が凍る感覚。どっと冷や汗が湧き出てくる。


「逆に気づかないわけないよ。二人で休日一緒にいるところとか、家に入ってくところも見てるんだもん。知ってるでしょ、わたしの部屋から虎太郎くん家の玄関見えるんだよ」


「あっ……」


 ご近所に住んでる幼馴染なんだから、と笑いながら告げる凛。


 どこから知った?


 どこまで知っている?


 いつから?


 誰から?


 まさか最初から全部気づいて……。


 逡巡する猶予もなく凛は答えを明かした。


「全部ぜーんぶ知ってるよ。怪しいと思っても、なかなか確信は持てなかったけど――ずっと黙ってたのはあやかに言われたからだよね?」


「それは」


 その通りだ。

 あやかは頑なに自分たちの関係を隠そうとしていた。特に凛に対して。

 それは俺が信用できないから。

 俺が安心させてあげられなかったから。

 俺が昔、凛のことを好きだったって知ってたから。

 そしてその不安は的中していた。現に俺はちょっと凛にアプローチされただけで、こんなにも心がぐらついているのだから。

 凛に俺たちの関係を黙っていると決めたのは俺とあやか二人の問題だ。たとえ既に知られていたとしても今更俺が無罪になるわけがない。


 ではどう伝えればいいのか。

 いや正確には、どう言い訳すれば凛が傷つかず許してもらえるのか、だろ。

 俺はこの期に及んでも自分の保身を考えているのか?

 凛に嫌われないまま、あやかのことを説明するという両立不可能な命題を必死に考えているクソ野郎。

 そんなこと考えている時点で、とっくに結論は出ているだろうに。


「……そうだ。俺には、あやかがいるんだ」


 がばっと頭を下げて、勢い任せに言い放つ。

 思ったより声は震えなかった。


「俺はっ、あやかが好きなんだっ」


 鋭利なナイフで凛を傷つけるように、俺はもう一度繰り返す。

 かわいい子に言い寄られて気分が良くなって、雰囲気に流されたことを懺悔する。俺のちっぽけで醜い人間性が晒されることより、大事な女の子が傷ついて後悔することのほうがずっと嫌だから。


「俺は、あやかが……! なのに凛と……俺は……っ」


「うん」


 濁った声と、鼻をすする音。

 反射的に顔を上げると、凛は目に大粒の涙を浮かべながらまっすぐにこちらを見つめていた。

 なに目を逸らそうとしてんだよ俺は。


「俺はあやかが好きで……必要なんだ。一緒にいたいのは、あやかなんだ」


 俺が傷つけた女の子を忘れないように、今度は彼女の目をしっかりと見て。


「そっか」


「ああ」


「……それで? 虎太郎くんがあやかのこと好きなのは分かったよ。それで、わたしの告白に対する答えは?」


「あっ……」


 それでもまだ足りないと。決定的な言葉を口にしていないと凛は指摘する。

 俺は凛に付き合ってほしいと告白されたのだから。

 その答えを伝えないといけない。


「……俺は、凛とは、付き合えない」


「……」


 凛の瞳孔がわずかに開く。


「俺にはあやかがいるから。凛とは付き合えない……これが、凛の告白に対する答えだ」


「……そっか。そっかそっか。そうなんだね」


 鼻をスンと鳴らして、凛は受け入れた。


「ごめん」


「あやまら……ないで……っ……!」


 そしてすぐに目じりから涙があふれていく。

 人の心が壊れていく痛々しい様に、俺の目にも涙があふれそうになる。もちろん俺にそんな資格はないので、彼女の痛みをただ黙って真正面から受け止める。


「ごめん」


「違う、よね?」


 うつろな瞳で「違う、違う」と繰り返し……。


「ごめん」


「あやかがいるからダメなんて、そんなわけないよね」


「ごめん」


「あやかは虎太郎くんのこと、好きじゃないんだよ?」


「ごめん…………え?」


 絶対の確信をもって。




「あやかは、わたしのことが好きだったんだから」

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