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虎太郎Side⑪ 文化祭

最終章になります。

★★★虎太郎Side★★★


 慌ただしい日々は一瞬にして過ぎ去っていき、いよいよ今日は文化祭本番。

 天気予報が的中し雲一つない快晴の中、当日を迎えることができた。

 正面玄関に立て掛けられた大きな看板、思い思いに飾り付けられた校内と教室、あれがないこれがないとてんやわんやの声。

 祭りの始まりを予感させる開放的な空気に学校全体がどこか浮足立っていて、普段斜に構えるタイプの自分ですらワクワク感や期待感が否応なしに膨らんでいく。

 これが高校の文化祭というやつか。

 まったく……抱えている問題がなければ心の底から楽しめただろうに。

 むしろ今日は楽しんではいけない日なのだと何度も自分を律しなければならないのだ。


「虎太郎くん、おはよ」


「っ、凛……」


 朝会を終えてすぐクラスを抜け文化祭実行委員の集まりに向かう途中、同じタイミングで隣のクラスから出てきた凛に声をかけられた。

 最後に会った日のことを思い出して反射的に顔を背けそうになるが、そこはぐっと堪えた。


「ちょっと寝癖がついて右側の髪が跳ねちゃって、頑張って直したんだけど変じゃないかな?」


「だ、大丈夫。か、かわいいと思うよ」


「そうかなっ。すごくうれしいなっ!」


 安直で下手な褒め方しかできないのに、にへらと嬉しそうにする凛。

 相変わらずかわいすぎる。


「……一週間ぶりだな」


「そう、だね」


 一週間前に凛を押し倒したことを思い出す。それから、最後に好きだと言ってくれたことも。


「……この前はごめん」


「だからあ……謝らなくていいって言ってるのに。わたしがしたくて……しただけだから」


 耳まで真っ赤にしながらそう言ってくれたことに対して、ほっとすると同時に、心のどこかで凛なら許してくれるだろうなとも思っていた。

 凛の優しさにつけこんでいるだけの自分に嫌気が差す。


「……昨日はよく眠れたか?」


 俺は――おそらく凛も――この話題を今は続けたくなくて、立ち話をやめてゆっくりと歩き始める。


「実は全然……いつもコンクール前日は眠れないんだけどね」


 凛は眠そうに目をこすり、あくびを噛み殺している。

 だが、彼女が眠れなかったのは演奏のことだけが理由ではないだろう。


 ……今日は告白の返事をする日。


 二つのイベントが重なっているのだ。

 それもすべて中途半端な俺の態度が原因だから。


「文化祭、一緒に回りたいな。演奏時間までは暇だし……」


「あっ……」


 だというのに、凛はか細い声で縋ってくるのだ。

 確かにクラスの手伝い免除されている俺と凛は、別クラスではあるが自由時間が完全に重なっている。

 一人で回るより二人で回った方が絶対に楽しいし、その相手がこんなにかわいい女の子ならなおさらだ。

 ごくりと唾を呑む。

 そんな俺を訝しむように凛は回り込んでこちらを覗き込んだ。


「もしかして……誰かと約束してる?」


 走ってもいないのにバクバクと心臓が鼓動する。

 この目だ。

 断られたらどうしようとおびえながら何とか勇気を絞り出した目。

 それはまるでメデューサの目のように、捉えられると石化して逃げることが出来なくなる。


「して、ないよ。誰とも。はは。クラスメートと回るつもりが断られちゃってさー」


「そ、そうなんだっ」


 凛の声が明らかに弾んだ。

 ああ。

 俺はまた同じことを繰り返す。


「そうなんだよ。だから暇、だな。一緒に回るのは全然大丈夫だ。行き違いになると困るからまたあとでメッセージ送ってくれ」


「うんっ!」


 そんな約束を交わしているうちに、ほどなくして集合場所の体育館に到着する。

 壇上では既に委員長を中心とした円が出来ており、委員長が激励の言葉を述べていたところだった。


「みんな今日まで本当にありがとう。準備すごく大変だったと思うけど、今日を迎えられたのはみんなのおかげです」


 仲の良いグループの女子たちから「楽しかったらよし!」「一番頑張ってたの委員長でしょー」と温かい言葉が飛び交う。

 少し遅れてしまった俺たちは目立たないようにこそこそと輪に加わる。


「あっ、凛ちゃん!」


 それを委員長が目ざとく発見したらしく、大声で呼び止められた。全員の注目が凛に集まる。


「凛ちゃん、今日は来てくれて本当にありがとう。一人で大役をお願いしちゃってごめんね」


「い、いえっ。大丈夫です」


 委員長は凛のそばに駆け寄ってそっと手を握る。


「これ言うとプレッシャーになっちゃうかもだけど……私もすごく楽しみにしてる。なにかあったらこっちで全部フォローするから、頑張って。応援してるよ!」


「はいっ」


 むんっと気合を入れてみせる凛に思わず場が和む。

 委員長は「よし、その意気だ」と頷くと、もう一度引き締めるためにマイクを取って全員の前に立つ。


「いよいよ時間だね。まずは事故なく安全な文化祭を。そして何よりも私たちがこの文化祭を楽しんで、最高の一日にしましょう!!」


「「「おー!!!」」」


「では、ただいまより文化祭を開催します!! みんな、盛り上がっていこう!!」


 委員長の元気な号令が校内に響き渡り、長い長い一日がはじまった。

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