あやかSide⑬ 上書き4
★★★あやかSide★★★
「私と、してよ。今度はちゃんと、最後まで」
「……っ!!」
驚きで顔が引きつる虎太郎の髪を、私は優しく撫でていく。
大丈夫、これでいいと自分に暗示をかけて。
「ふふ、知ってる? 高校生の三分の一は体験済みなんだって。私たちが今日その日になったって変なことじゃないんだよ」
「お前……なにを言ってんだ……」
これから起こることを予感して、緊張で息の吸い方も忘れた。
酸素が脳に行きわたらなくなって、頭の中がぽわぽわする。思考力が落ちて自分でも何言ってるか全然わかってないから、変なことを口走っていたとしても私の責任じゃない。
余裕ぶってみせてるけど私だっていっぱいいっぱいだ。
だってはじめてなんだから。
「女の子に全部言わせる気なの?」
「ままままままてまてまて!」
「またないもーん」
ちゅ。
軽く口づけしただけで虎太郎は借りてきた猫みたいに大人しくなった。
「虎太郎はなんでも難しく考えすぎなんだよ。もっと簡単でいいんだよ? もっと素直になろう」
私はまた唇を重ねていく。吸い付く音が官能的な響きを発して興奮をあおり、一心不乱に行為に耽る。
ほどなくして理性を失ったキス魔に押し倒されて立場が逆転した。私の腰のあたりに虎太郎の両足が置かれて、ちょうどおへそのところに硬いものが当たる。
当人はそんなこと気にも留めずに、何度もつたないキスを連発してくる。
「あやかっ、あやかっ、あやかっ……!」
相変わらず慌てすぎて歯がカチカチ当たってるけど、その下手くそさが私を安心させてくれるのだ。
もしも急にキスが上手くなっていたら、私はいろいろ勘ぐって泣いてしまうかもしれない。
そのくらい下手なキスをされているうちに身体が熱を帯びていく。
「あつい」
私の太ももから透明な液体が流れて布団に染みを作る。
汗だけどね。
私はたまらずスカートを両手で持ってぱたぱたと仰ぐ。生暖かくていやらしい匂いのする汗がさっと冷えて気持ちいい。
「あやか、かわいい……」
気づけば虎太郎は私のスカートの中に目が釘付けになっていた。
「どこ見てんの」
そう言いながら仰ぐ手も止めず、むしろ両足を広げていく私もどうかしているが。
はあはあとお互い不審者のように呼吸が乱れている。
しばらく無言で視姦していた虎太郎は、おもむろに私の足をはさむように自分の膝を置いて跪く。
もっと近くでみたいのかなと思って、私は腰を浮かして煽情的なポーズをとってみる。案の定こいつはスカートの中に顔を突っ込んできて……ぺろりと私の太ももを舐めはじめた。
「~~っ!!」
恥部に顔を近づけられる恥ずかしさと、敏感になっている全身に伝わるくすぐったさが入り混じって変な声が出る。
いきなり上級者向けすぎるだろう。
「っぷぁ」
顔を上げた虎太郎の口から透明な糸が引いている。
それはたぶん私が興奮していた証みたいなもので……出来上がってる虎太郎と目が合って、私は悟った。
ああ。今日ここで私のはじめてを上げちゃうんだ。
「……がっつかないで。ちゃんと優しくしてよ。下ばっかりじゃなくて、胸も形には自信あるんだから」
多くの人にとって「はじめての日」は特別なものだと思うけど、私は意外にも他人事のような心持ちだった。
いつか来るべきものがやっと来たというか。
まあこれはこれでというか。
すべてを委ねるつもりで、私はそっと目を閉じた。
虎太郎の体温がまた上がった気がする。
秋口にもかかわらず汗ばんだ手が胸元のボタンに伸びていくのが分かり、いよいよその先を想像して反射的に身を固くしたが、
「…………?」
しばらく待っても私の服がはぎ取られることはなかった。
虎太郎がなぜか泣きそうな顔をして固まっていたからだ。
「……どうしたの?」
「っつぁ、はぁ、はぁ……」
身体を起こして荒い呼吸を整える虎太郎。
「虎太郎?」
「ごめん」
謝られた。
まだ頭の理解が追い付いていないが、勢いだけで乗り切ろうとするも童貞力を発揮して、土壇場になってビビったということだろうか。
「へたれ?」
「……ごめん」
「童貞」
「ごめん」
「……もしかして虎太郎って性欲とかないの?」
「……何言ってんだよ。正直したいに決まってるだろ。今も爆発寸前なんだからな」
苦しそうだった。
自分の中の大きな怪物と戦っているようだ。
「爆発しちゃえばいいじゃん。白いの出るだけでしょ」
「あのな……」
慣れない下ネタを使ったら微妙な反応をされた。爆発寸前とか言い出したの虎太郎なのに。
「なんで、してくれないの?」
「俺にとってあやかと……『そういうこと』するのは生半可なことじゃないんだ。生まれてからほとんどの時間を一緒に過ごしてきたやつと軽い気持ちでできるかよ。そもそも俺は……将来まで覚悟してお前の告白をOKしたんだ」
「そこまで覚悟決めてたのに日和っちゃったんだ?」
「そうだよ。ここまできて焦りたくない。流されて……お前と最後までするのはいいことだと思えなかったんだ」
「偽善者だね」
偽善者というか、彼の中では明確な答えが出たから線引きをされただけのことか。
「この前も『そういうこと』する雰囲気になったのに、虎太郎は逃げたよね」
私は精一杯の抵抗として虎太郎をなじる。
「……私のこと、どうでもよくなっちゃった?」
「違う!」
「じゃあなんで?」
「……お前が無理をしているのが分かるから」
「…………は?」
虎太郎の言い訳は予想とまったく違うもので。
「すまん、忘れてくれ」
しかも言った本人が明らかに「余計なことを言った」とバツの悪い顔をしているのだ。
「…………なにそれ。私がいいって言ってるのに、意味わかんないんだけど」
「そうだよ。だから全部俺の自己満足だ」
なんでこいつは二股してるくせに格好つけてんだろ。
自分に酔っているのかな?
「あやか。文化祭当日、俺と一緒に回ってくれないか」
「……ちょっとそんな気分にはなれないかな」
私が求めているものはそれじゃない。
虎太郎だって分かっているはずなのに、彼はどうしても首を縦に振ろうとしないのだ。
「今までクラスメートにも隠していたけど、もうオープンにする」
「そんなこと気にしてるんじゃないんだよね。分かってるくせに。それに、どうせ凛と約束してるんじゃないの?」
「……凛にはうまく言っておくから」
「へー」
「……」
「言葉だけでは伝わらない気持ちがあるよ。きれいな嘘を百回重ねられるより、一回の具体的な行動のほうが大事なこともあると思うけどな」
「好きだ」
「そうじゃないんだって」
「好きだ」
私が何度言っても、優しく私の身体を抱きしめてくれるだけ。
まるで壊れかけの人形を触るような、宝物をそっと愛でるような態度を変えないまま。
私は虎太郎が何を考えているのか分からない。
最初から私のことを好きになってくれる自信なんてなかったのに。
どうやったら私を見てくれるの?
凛になびかないって私を安心させてくれるの?
どうやってどうやってどうやってどうやってどうやってどうやって。
「あやか?」
どうしてそんなに優しい声が出るのか分からない。
「ごめん。クラスのみんなには申し訳ないけど体調悪くなるから当日は休む。虎太郎とも……しばらく会いたくない」
「そっ……か、そう、だよな」
あっさり引くんだなと思った。お前と一緒にいたいと無理やりにでも迫ってきてほしかった。
でも、これが天罰なのだろうと思う。
好きな人と、好きな人の幼馴染が結ばれることを邪魔して、今もなお嘘をつき続けて友達面しているという大罪。
それを私は最悪の形で罰せられることになったのだ。
「帰る」
「あっ……、も、もし行く気になったら連絡してくれ! 俺は待ってるから! 待ってるからな!!」
すがるような手を振り払って、私はとぼとぼと数十歩先の自分の家に帰る。なおも虎太郎がなにか言ってきたような気がするが、それもすべて無視した。
なにもかもうまくいっていないけど、まだ完全に終わったわけではない。
虎太郎が止められなくても、凛は止められるかもしれないからだ。
『でも! 今はお前が好きで……お前と一緒にいたい! あやか、俺を信じてくれ!』
ふふ。
私のスマホから幼馴染の言葉が再生される。なぜかと言えばもちろん録音していたからだ。
最後の最後まで取っておきたかった奥の手。
私は震える手でスマホを操作し、連絡先から親友の番号を呼び出した。
「もしもし、凛? ちょっと話があるんだけど――」