あやかSide⑪ 上書き2
★★★あやかSide★★★
ということでかなり強引に虎太郎を引っ張り出して、駅前のショッピングモールまでやってきた。
日が落ちても人の流れが減ることはない休日のデートスポットを、私たちはそこらのカップルと同じように手をつないで歩いていく。
道行く人が私たちを見ているように感じる。実際自分で言うのもなんだが私は目立つほうなので、品定めされるような視線をびしびしと感じていた。
こんなかわいい彼女が隣にいるなんて、虎太郎もさぞかし優越感いっぱいで鼻の下を伸ばしているだろうと思って横目で隣を見やると、
「…………」
虎太郎は相変わらず上の空だった。
「おーい」
「……帰りたい」
「は?」
まだ数分と経っていないうちから舐めた発言が飛び出してきた。
こいつ自分がどれだけ幸せな思いをしているか分かっていないな。
「ご、ごめん。俺インドアだから人混みに長時間いると疲れるんだよ。日中に凛と来たときも周りから見られまくったし、お前も注目集めすぎでさ……」
「凛とのデートは全力で楽しんで、私とは後日でいいってこと?」
「で、デートじゃないって」
くだらない言い訳をはじめたので、私はお仕置きとばかりに虎太郎の腕を取って両腕で組んで密着する。
「お、おまえっ、む、胸っ」
「当ててあげてるんだよ」
帰りたいとか泣き言ほざいてた男は一瞬で顔真っ赤になった。
普段はクールを気取ってスカしてるので、ドギマギしている虎太郎は新鮮でかわいい。
「みんな見てるって……」
「別にいいじゃん。というか虎太郎いなくなったらすぐ声かけられるんだから、ナンパ対策だよナンパ対策」
慌てる虎太郎を適当にあしらって腕をぎゅっと抱える。
日ごろから家にこもっている割には引き締まった身体をしていて、やっぱり男の子なんだなあと人並みの感想を持ったのは内緒だ。
「ど、どこ行く?」
「特に決めてなかったけど、虎太郎の服をコーディネートしてあげよっかな。私の隣を歩くにしてはちょっとダサいというか中学生って感じだし」
「だ、ださい? 俺の一軍なんだけど、それでもダサい?」
「うん。英字プリントのシャツなんて今どき中学生でも着ないんじゃないかな」
「ぐっ」
虎太郎は痛いところ突かれたとばかりに胸を押さえて苦しみだした。中学のときからデートってなるとだいたいこのシャツを使っていたので察してはいたが、本人的にはお気に入りだったらしい。
いちいち気を遣っていても仕方ないので、無視して適当に近くのメンズファッション店に入っていく。
「ついでにやたら大きいサイズのばっかり着るのもやめたほうがいいよ。ぶかぶかでだらしなく見えるから」
「ぐぬぬ……」
この男はセンスがないというより知識がないのだ。組み合わせを一切考えないでパーツごとに着やすいものをチョイスしているから変に見える。
逆にそこを正せば外見は決して悪くない部類ではある。顔はそれなりに整っているし、背丈も平均以上ですらっとしている。まあ私のひいき目もあるだろうけど。
「お、これこれ。いっそこういう柄物のシャツでも着てみたら……あははは! 似合わなすぎじゃん!」
「笑うなっ」
「ごめんて。サングラスもかけようサングラス。ぷっ」
「俺で遊ぶなっ」
しばらく着せ替え人形にしていたら怒り出した。
凛のときはずっとデレデレしてたくせに。
「凛とのデートではこういうことなかったでしょ。あの子ファッション詳しくないからねー」
「そりゃあ凛は俺をおもちゃにして遊ぶ趣味はないからな」
「似合うの選んであげてるのに」
「……この服は気に入ってるからいいんだよ。俺はいいから、あやかの買い物に付き合うよ」
「私の買い物かあ。今の時期だとちょうど次の冬物が出始めてるかなー」
そろそろ本気で逃げ出しそうだったので、私は虎太郎をからかうのをやめて、学生に一番人気のアパレルショップに向かう。
「聞いたことある店だな」
「まあ有名だし。ここ流行りをきっちり抑えたデザインが多くて好きなんだよね。一応メンズとか小物系もそこそこ揃ってるよ。あ、レディースは奥のフロアね」
「流石に詳しいな」
「行きつけの店だからね。女の子の好きそうなお店は覚えておくとデートのときに困らないよ。ほらほら見て、このセーターかわいいかも」
身体にニットのセーターを当てて、「どう?」と目で聞いてみる。
「かわいいですねはい」
「ちゃんと見てよ」
左手でほっぺたをつかんでぐいっとこちらを向かせると、なぜか鼻の穴が大きくなっていた。
なんで興奮してるんだこいつ。ボディタッチに弱いの?
もっと興奮させてやろうと思って、私はあえて布面積の少なそうな服を選んで虎太郎に見せてみる。
「このミニスカートかわいいなー。逆に冬こそ着てやるって気持ちになるんだよね~」
「……似合ってるけど、寒くないのかとはいつも思う」
あんまり期待通りじゃない反応が返ってきた。
「ファッションは気合いなんだよ。虎太郎みたいに見てるこっちが寒くなるからやめてっていう男の子も結構いるみたいだけどね。虎太郎がどうしても見たいって言ったら考えてあげなくもないのになあ~」
「無理に着なくていいぞ。絶対寒いから」
「……白いワンピースもいいかなあ。清潔感のあるコーデだよね。ほんとはこういう系が一番好きなんだけどね」
「着ればいいんじゃないか?」
「私には似合わないんだよ。こういう服は凛みたいなおしとやかな子のほうがね」
好みの服と似合う服は別。
例えば金髪とスーツが合わないように、遊んでいるように見られやすい私に清楚な服はちぐはぐ感がぬぐえないのだ。
だから私のクローゼットには白系の服がたくさんあるけど、鏡の前で合わせては諦めて奥にしまうを繰り返している。
男の子は清楚なコーデを好む人が多いと思っているし、きっと虎太郎もその一人だろう。そういう意味でも凛にはかなわない。
「そんなことないだろ」
「うん?」
「お前は金髪ギャルだけど黙っていれば清楚な感じに見えるし、普通に似合うと思うぞ…………凛よりも」
そう思っていたのに、すごくぶっきらぼうに褒められた。
「そ、そっか……ありがと」
なんだろう、心がぽかぽかする。
この男は基本的に気が利かないので、たぶん本心から言ってくれたんだろう。それが分かるからこそ嬉しいって思っちゃったんだ。
……でもムカついてた男にドキドキさせられたと認めるのも腹が立つ。
「なんだか恥ずかしいこと言われたので、罰として下着コーナーに行きます」
「なんでだ!?」
「虎太郎は試着室の前で待っててね」
「周りの視線がいたたまれないからやめて」
散歩から帰りたくない犬のように必死に抵抗する虎太郎を引っ張って連れて行こうとする。
「ちゃんと試着しないと自分に合ってるか分からないでしょ?」
「知らねーよ。俺は服全般目測だけで判断して買ってるからな」
「だからあんなだっさい服しか持ってないんだ……ほら着替えてくるから逃げないでよ」
「くっ……俺は純粋に褒めただけなのになぜこんな仕打ちを……! あ、待って……!」
理不尽だと縋りついて懇願された。
彼氏の情けない姿を見て少しだけ溜飲が下がった気がしたけど、そもそも優柔不断なこいつのせいでずっとモヤモヤさせられていたんだから。
まだ足りない。
「そんなに嫌なら……じゃああそこのカップルコーナーでもいいよ」
「よし行くぞ」
下着コーナーよりマシだと思ったのか即答する虎太郎。
だけど、カップルコーナーに一歩踏み入れたところで判断ミスを悟ったようだ。
完全にピンク色の空間で、客も腕を組んでいちゃついてる連中ばかり。「ねえねえまぁくん、こういうのどうかなぁ?」「めっちゃかわいいよ。みぃはなに着ても似合うよなあ」「やだぁ、うれしいぅ~!」みたいなやり取りが聞こえてくる。
「郷に入っては郷に従えという言葉もあるよね」
私は虎太郎の右腕をするりと取って、胸を押し付ける。虎太郎は途端に口をぱくぱくさせて茹で上がった。
「ねえ見て虎太郎。このペアルックTシャツよくない? 恋人っぽい」
「バカップルっぽいの間違いだろ……」
心臓が持たないからやめてくれと言われた。
「えー、なんか二人一緒のおそろいアイテムほしくない? 記念だよ記念」
いちいち耳元で囁いてみる。
虎太郎は耳も朱色に染めて、ぶるりと震えだす。私のASMRに興奮したらしい。
「き、記念と言ってもな……俺らが付き合ってること自体オープンにしてないだろ?」
「そういう二人が毎日こっそりとおそろいのアクセサリーを身に着けてきたりして、『匂わせ』するのがいいんじゃない。禁断の恋みたいで」
私が秘密の恋の美しさを滔々と語ってあげたというのに、虎太郎は苦々しい顔を向けてきた。
「それ、一歩間違えればここにいるバカ共と同類だぞ? ところかまわずいちゃついてるのを見るたび『家でやってろ』って思うじゃんか。お前もどっちかって言うとそういうの嫌がるタイプだろ?」
まあそれはそう。私だってさっきの「まぁくん」みたいにデレデレしてほしいわけではないし、ところかまわずベタベタするカップルは苦手である。
それでもこう思ってしまう自分がいるのだ。
さっきのデートはデレデレしてたくせに、って。
「そういうわけで、おそろいのグッズを身に着けて外に出るのは、俺にはハードルが高い」
もし凛にお願いされたら断らないくせに、って。
「……じゃあ家で使うものならいいんだね?」
だから今はなんでもいいから虎太郎とおそろいのものがほしいと思った。
恥ずかしがり屋の虎太郎が、ペアグッズを買うくらい世界で私しか見ていないんだという、目に見える証。ちゃんとつながっている安心感を。
ちょうどいいものを見つけた私は、虎太郎を置いてレジへ向かった。