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虎太郎Side⑩ デートその4

★★★虎太郎Side★★★


「お、おれは……そういうの恥ずかしいからさ……」


「虎太郎くんは……おっぱい大きい女の子が好き?」


「ななななにをっ!?」


「『幼馴染の女の子が巨乳すぎてやばい』……まだ飾ってあるし」


 再び前回見つけられたエロ漫画のタイトルでいじられる。

 一ミリも隠していなかった俺が悪いとでも言いたいようだが、何度でも言うがそれは違う。そもそもこの作品は本当に感動の名作なのだ。


「凛も読んでみれば分かる。おっぱいが小さいことをからかわれて悩み続けていたヒロインの女の子が、幼馴染の主人公に毎日揉んでもらうことでどんどん大きくなって強大な敵に立ち向かっていく、成長ストーリーだぞ。いつの間にか両手でもこぼれるくらいに大きくなったものに気づいて、揉みしだきながら涙を流すシーンは流石の俺も涙なしには読めない」


 俺の言葉を信じた凛は数ページをぱらぱらとめくって中身を確認し、最初のシーンで「ひゃぁ」と小さい悲鳴を上げて本を閉じた。


「セクハラ」


「ぐおおおおお」


 俺と名著の両方に突き刺さる言葉だった。


「ふーん。でも虎太郎くんはこういうのが好きなんだね」


「そ、そうだよ。悪いか」


 照れている俺に凛はにんまりと笑って、これから秘密をしゃべるように耳元でこしょこしょと話しはじめた。


「……わたし、たぶんおっきいほうだよ」


 ぐはっ。

 そんなこと言われたら思わず迫力満点の胸元を見てしまうだろう。

 知ってるよ。

 たぶんどころじゃなくて学年一大きい。そしておっぱいが大きくて困ることは何一つないんだ。


「わたしが好きなものは、虎太郎くんだよ」


「でゅふっ」


 変な声出た。


「……それと、虎太郎くんの匂いも大好き。えいっ」


 恥ずかしいのを誤魔化しているのか、凛は見たこともないテンションでベッドにダイブしはじめた。

 そのまま無防備に横たわると、スカートがぺろんとめくれて黒いレースのパンツがばっちり顔をのぞかせる。

 しかもパンツのサイズが少し合っていないのか、むちっとした足に窮屈そうに食い込んでいた。

 童貞の男子高校生には刺激が強すぎて無理だった。


「み、見えてるって」


「なんのことか分かんないもん」


「分かるだろ。これ以上は流石の俺も抑えられなくなるから」


「抑えられなくなるとどうなるの?」


「ど、どうもしないけどな」


「ふーん。童貞」


「なっ」


「ってあやかなら言いそう…………っ!?」


 挑戦的な凛の口をふさぐように、身体を抱き寄せてキスをした。

 かすかに触れるだけの短い口づけ。

 それでも慣れていない凛はぐるぐると目を回す。


「い、いきなりすぎ……お、男の人とこんなこと……は、はじめてなのにぃぃ」


 恨みがましそうに非難されているのに、俺はこれ以上ないほど高揚感に満ち溢れていた。

 この理想的な女の子の「はじめて」を自分のものにしたという事実が、そうさせるのだ。


「抑えられなくなるって言っただろ……俺も男なんだぞ」


「うぅ……そ、そうだよね。虎太郎くんは男の子だもんね」


「凛は女の子だもんな」


 快楽物質が脳からドバドバ出て興奮した俺たちは、なんか適当に思いついた言葉を発しながら見つめ合う。


「ちゅぷ……っ」


 またキスをする。今度はもっと長くお互いの唇の感触を確かめ合う。


「……んぷ。これ、やばいね」


 口元から糸を引いているのも気にせず、恍惚とした表情の凛。大人の階段を上っている顔だ。


「……こ、これ以上はまずくないか」


 凛は首を横に振った。

 それどころか、俺の手を握って自分の胸元に持ってくる。


「どうしてやめるの? 虎太郎くんは彼女いないんでしょ?」


「うっ」


 ほとんど力を入れていないのに柔肌に食い込んだ手のひらからは、女の子の体温を感じてしまう。

 ごくりと唾を飲む。数秒前に「まずい」だのなんだの言っていた男は、もう既にこの世から消え去った。

 服の上から優しくわしゃわしゃと握るようにゆっくりと手を動かす。

 あやかにはなかったサイズの胸は、たったそれだけで別の生き物のように揺れていく。


「あっ、あっ」


 凛が湿った声を上げる。

 それはとても官能的な光景だった。


 ……こんなの我慢できるかよ。

 もっと見たくなってしまった俺は、乱暴な手つきで上着を脱がそうと手をかける。


「あっ……みちゃ、だめ……っ」


「そうは言ってもな……」


「う、うえはダメ。今日はブラが……じゃなくて、胸がコンプレックスだから」


 凛は手で隠して抵抗し、見せてはくれなかった。

 彼女の大きすぎる胸はとにかく視線を集めやすいので、本人からすればあまり好ましいものだと思っていないのだろう。


「……下ならいいのか?」


「うう……それもっ……だめぇ…………」


 興奮して脊髄反射で喋ってるからアレだが、なんか俺の言い草が変態そのものじゃなかったか?

 まあいいか。

 だめと言いながら片膝立てた格好の凛は、短いスカートの隙間からいろいろ見えていることに気づいていなかった。


「凛っ……、俺もう……!」


 ゆっくりと手を伸ばして黒いレースのパンツの横紐に指をかける。

 凛は自分がどこを触られているか気づいて息を呑むが、それでもどこか期待するように目を閉じてじっと待っている。

 その姿が、あやかとの未遂で終わった記憶と重なった。

 脳裏に焼き付いている、あのときの感触が。

 がっかりしたような、ほっとしたようなあの表情が。

 俺の後悔と、決意と、心の奥底にあるなにかが――フラッシュバックする。


「…………」


「……虎太郎くん?」


 俺が急に起き上がったことを感じたのか、凛は薄目を開けてこちらを見る。


「ダメだ、俺。これ以上は本当にまずい。完全に襲うところだった」


 弁解のしようもない。

 俺は今、間違いなく自分の意思で凛に襲いかかっていた。凛はそれだけ魅力的すぎて、俺の性欲が我慢できなくなったのだ。


「ごめん」


 こうべを垂れて謝る俺に、凛はそばに寄って、少し強引にぎゅっと抱きしめてくれた。


「いいって何回も言ってるでしょ。一人で冷めて謝らないでよ」


「でも」


 凛は背中に回す細い手に力を込める。

 身体は一層密着して互いの体温が伝わっていくと、それだけで抑えたはずの性欲が再び盛り返してくる。


「止めなくてよかったのに。なんで最後までしてくれないの。虎太郎くん、わたしもう待てないよ。会うたびに自分がおかしくなってるの分かるもん」


「……」


 それは俺も同じだ。

 既に友達や幼馴染の関係では留まれないことをやっている。

 放課後集まるようになって、デートするようになって、家に招いて、二人きりでちょっといい感じの雰囲気になって。

 順調にステップを踏んでいると言っていいだろう。


「わたしたち、次に会うのは文化祭当日にしようよ」


 文化祭は一週間後。

 事前準備はほとんど終わっていて問題ないどころか、凛の精神面を考えると不安要素の俺とは距離を置いておくほうがいいわけで。


「……わかった」


 だから、凛の提案を断る理由は何もなかった。


「それで……文化祭が終わったらちゃんと返事してね」


「今返事するのはダメなのか?」


「ダメ。今は……ダメだよ。聞きたくない」


 消え入りそうな小声だった。

 俺はこの凛の庇護欲を刺激する態度に昔から弱くて、なんでも受け入れてしまうのだ。

 魔性、と言ってもいい。

 決して俺の意思が弱いわけじゃない、と自分自身に言い訳する。腕にこめる力を強めて、凛の身体を自分のもとに引き寄せながら。


「夕方のキャンプファイヤーのときに屋上にいるから、来てほしいの」


「……分かった。そこで凛に告白の返事をする」


 その時が俺たちの曖昧な関係のタイムリミットになる。


「うん。待ってる」


 俺の胸の中にいる凛は、最後はほとんど吐息がかすれるくらいの音量で答えた。

 そして名残惜しむようにゆっくりと立ち上がる。


「帰るね」


「……送るよ」


「ふふ、歩いて三十秒のところにある家に帰るだけだよ」


「そうなんだけどな」


 ぼーっとしているうちに帰り支度を済ませて玄関に向かう凛を、「玄関までついてくから」とあわてて後を追う。


「うわ、寒い」


 ガラッと玄関の戸を開けると、冷たい風が吹いて火照った顔を冷ましてくれる。

 一瞬反対隣のあやかの家をちらと見たが、完全にカーテンが閉まっていた。


「結局、あんまり練習できなかったね……あ、ピアノの練習ってことだよ?」


「あ、ああ」


「後で演奏の録音とって送るから、虎太郎くんもちゃんと練習しておいてよ。当日は一緒に壇上に上がってもらうんだからね」


「もちろんだ」


 俺は力強く頷いた。

 端役の俺と違って凛は文化祭の主役だ。その凛が望むなら、俺も出来る限りのことをしたい。

 それが今日やらかした俺の、せめてもの罪滅ぼしだろう。


「じゃあ、また当日に」


「うん。虎太郎くんも体調には気を付けてね」


 踵を返して戻ろうとしたところで、突然背中に温かい感触が広がった。後ろから抱き着かれたのだ。


「虎太郎くん、好き。好きだよ」


 最後に念を押すように、何度も何度も好意を告げられる。

 そして足早に去っていった。

 ふわりとした石鹼の残り香だけがその場にいつまでも漂っていた……。


 俺は彼女になんと返事をするつもりなんだろう。


 自問する。

 自分のことなのに自分がまったく分からない。

 俺にはあやかが……なんて言い訳が通用するラインはとうの昔に通り越してしまった。


 どうすればいいんだ?


 さらに自問する。天から答えが下りてくることでも祈りながら。

 天からアドバイスをもらえるとしたら「さっさと断れよ」って言われそうだけどな。

 あやかのことを大切にしたいとか言っていたのはなんだったのかと、天の声もさぞかし呆れていることだろう。

 いや、俺がクズだってことは分かっている。

 凛を受け入れる勇気もないくせに、彼女から向けられている好意がなくなることを「惜しい」と思ってしまっている自分がいた。

 たったそれだけの理由で返事を引き延ばしているクズ野郎。


 要するに、俺はあやかも凛も異性として好きなのだ。


 二人のどちらかだけなんて選べないのだ。

 今日、それを自覚した。

 だってさあ……凛の告白を断ったら、あいつ絶対泣くじゃないか。

 その光景を想像しただけで張り裂けそうになるくらい、俺は凛を大切に思ってしまっているということに気づかないふりを続けてきた。

 その結果が、今日のこれだ。

 凛に対する返事は保留のままにしておいて、盛り上がってキスをして。

 下手したら最後までヤっていたかもしれないと思うと鳥肌が立ってくる。


「なにやってんだ俺は……」


 そもそも俺みたいなモテない男がアイドル級に可愛い女の子二人と親密な関係を築けたこと自体が奇跡で、脳内の恋愛メモリはとっくにキャパオーバーだったのだろう。

 今は頭の中が凛でいっぱいになっているが、あやかの残像でも見えた途端に今度はあやかで満たされる。

 そんな不道徳なエラー。

 ただし、それも来週の文化祭が終わるまでだ。それまでに……きちんと答えを出さないといけない。明確で逃げようのない、最終回答を。

 俺はスマホを取り出して電話をかける。


「出ない、よな」


 自動音声に切り替わったことに落胆しつつも、俺は惰性でスマホを操作する。


「録音が一件です……ツー……『虎太郎? 虎太郎? 今どこにいるの? 電話出なさいよ』……メッセージは以上です」


 スマホから留守番電話に入っていたあやかの声が聞こえる。

 いつものような命令口調と何気ない日常を感じる声。

 俺が好きな女の子の声。

 たった一言しかない録音データを、俺は何度も繰り返し再生した。心が落ち着くまで。理性を取り戻すまで。

 文化祭当日までのわずかな猶予で、心の整理をつけなければいけなかった。

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