虎太郎Side⑧ デートその2
★★★虎太郎Side★★★
休日でそこそこに多い人通りを抜け、ほどなくして目的地のアパレルショップに到着する。
「冬物がぼちぼち出始めてる時期だね。これかわいい!」
「ははっ、凛も女の子だなあ」
シーズンを先取りした厚めのニットセーターに目移りする凛を見て思わず吹き出してしまう。女子高生は基本的にみんなおしゃれに興味があると思っているが、それは凛も例外ではなかったようだ。
「そうそう、最近はファッションも勉強中なの。色合いとかセットとかちょっと気を付けるだけで相手に与える印象が全然違うんだよ」
「そうなのか。まあ確かに凛に似合いそうな服だな」
「そ、そうかなっ」
「確か向こうのほうにも季節のレディース服がいろいろあったと思うよ。行ってみるか?」
普段大人しい凛がこんなに浮かれているのも珍しいし、こちらまで嬉しくなる。
俺が奥のフロアを指さして「行ってみようか」と促すと、凛はこくこくと頷いた。
「……もしかしてわたしのために下調べしてくれてたの?」
「ま、まあそんなところだ」
「ふふっ、うれしい。じゃあちょっと見ていこうかなー……あとさっき虎太郎くんが似合いそうって言ってくれた服も試着したいなあ」
「おう。時間はまだまだあるからゆっくりでいいぞ」
「うん! じゃあここで待ってて」
凛はたたっとスキップするように試着室に向かった。
そして彼女が消えてすぐに、俺は致命的な間違いに気が付いた。
……女の子の店で女の子の着替えを目の前で待ってるの、辛くね?
ただでさえ女性の人口密度高めの空間であるうえに、凛は先ほどからずっと周りからの注目を集め続けていた。そうなれば当然そんな女の子の隣にいる不相応な男は誰なんだと不躾な視線が向けられることも言うまでもない。
あやかと出かけた時もだいたい同じようにじろじろ見られていたので、今更気にすることではないが……店員さんまで「なんでこの男なんだろう」という目で見ないでほしいな。傷つくから。
はいはい釣り合ってないですよ。
「おまたせっ」
しばらくいたたまれない時間に耐えていると、やっとこさ試着室のカーテンが開いてガーリーコーデのセットを着こなした美少女が登場した。
紺を基調としたふわっとしたニットのセーターに、リボンがアクセントになっているチェックのロングスカート。
そして赤色のベレー帽を気持ち深めに被った凛は、あどけない幼さを残しつつも大人っぽい印象を与えている。
もこもこした服が身体のラインを隠しているはずなのに、どこか扇情的なものを感じてしまい、直視するのも気恥ずかしい。
「この格好どう? 似合ってる? 今日の気温だとちょっと汗かいちゃうかな」
「……あ、ああ似合ってるぞ」
かろうじて一言だけ感想を返すのが精いっぱいだ。
相変わらずの語彙力が恨めしい。こういうときに彼女を喜ばせられるような誉め言葉がすらすらと出てくればいいのだが……。
それでも凛は満足げに笑ってくれた。
「それともこっちのワンピースのほうがいいかな? でもこういうの演奏会の衣装でいくつか持ってるけどね」
「それもいいと思う」
今度は白いワンピースをあてて見せる凛。
もしこんな格好でミスコンに出場したら確実に優勝をもぎ取っていくだろうなと思った。
まあクラスメイトには見せたくないが。
「虎太郎くんはどっちがいい?」
「うーん。選ぶんだったら今着てるほう、かな」
「……えへへ。じゃあこれ買っちゃおうかな……虎太郎くんが選んでくれたんだもんねっ」
俺のちっぽけな独占欲に気づくことなく、嬉しそうにはにかんでいた。
女の子は共感を求めているだけだと聞いたことがある。
正しい答えを聞いているのではなく、最初から答えは決まっていてただ自分に寄り添ってほしいだけなのだとか。
あやかはそれが顕著で、あいつが目の前でため息をつきはじめたら黙って話を聞いたほうがいいと経験則で覚えたものだ。
あやかとの経験が他の女の子への対応で活きている。
それを認めることに対して、形容しがたい感情が俺の中を駆け巡っていた。
「お、俺が払うよ。この前のお詫びもあるし」
どこか後ろめたい気持ちから俺は財布を取り出してお金を渡そうとしたが、
「そんなこと気にしないで。わたしが気に入ったから買うんだし、当然自分で払うよ」
凛は受け取れないと言ってさっさとレジに向かっていった。
あやかはこういう場面で(ある意味容赦なく)俺に買わせてくれるのだが、凛は真面目な子なので奢られるのは苦手なのかもしれない。
って、だからなんで凛とあやかを比較しようとするんだ俺は。
「お待たせ」
会計を済ませた凛が戻ってきて横に並ぶ。
「持つよ」
「あ、ありがと」
これくらいはやらせてくれと半ば強引に凛から紙袋を奪い取って左手で持つと、なぜか右手にもほんのりと重みを感じた。
そっと凛が手をつないできたからだ。
「手……離れちゃうから」
「あ、ああ」
俺が軽く手を握ると、同じくらいの力で握り返してくる。
力を入れたら壊れてしまいそうなほど繊細で儚い凛の手は、少しひんやりして冷たい。
ちらと隣を見ると、ぷいっと視線を逸らされてしまう。だが髪留めで露わになっている耳が真っ赤になっているのは隠せていない。
「……もう少し寒くなったら、これ着てまたどこか遊びに行こうね」
服が入った紙袋を見ながら嬉しそうにはにかむ凛に、「そうしよう」と頷くしかなかった。
俺もたぶん真っ赤になってるだろうな。
「……このあとはどうする? もう少しウィンドウショッピングしてもいいけど」
上のフロアを回ろうかとエスカレータを指さして聞いてみる。
これは決してもうちょっと手をつないでいたいと思っての提案ではない。
凛がまだモール内の散策を続けたいなら付き合うと言っているだけであって。
そもそも俺は電話やメールでも自分から終わりにするのが苦手なのだ。相手が切ってくれないと延々エンドレスに「それな」「まあな」的なやり取りが続くのはいつものことで、単に俺に主導権がないだけなのだ。
果たして、凛は「うーん」と少し悩んだあとで、
「それよりピアノの練習がしたいな。虎太郎くんのお部屋で、ね」
悪意など一切ない上目遣いでお願いされた。
俺の部屋か。今日も両親は仕事で出払っていて不在だから、家に招いたら二人きりだ。
また流されてこの前みたいなことになったらどうする?
「せめて凛の家のほうが」
と言いかけたところで、凛が唐突に腕を組んできた。
ほよんと擬音が鳴るような柔らかい感触が腕に当たって、瞬時に頭の中がマシュマロに支配される。
「虎太郎くんの家……ダメ?」
「……ダメじゃない」
「よかったあ」
こんなのズルいだろ。
胸を押し付けられてお願いされるのは、ほとんど凶器を突き付けられて脅迫されているのと同じだ。
しかもなんということだろうか、希望が叶って純粋に喜ぶ本人を見るに、自分の持つ凶器に気づいていない可能性すらある。
「よ、よし。これ以上はまずい。は、早く帰ろうぜ」
「あ、待って」
今もなお腕を圧迫するモノに精神を翻弄される俺の内心なんて気にも留めないで、凛はお腹をさする仕草を見せた。
「そういえば虎太郎くんはお昼もう食べた? わたしなにも食べないで来ちゃった」
「……食べてないな」
「じゃあお昼ごはんこっちで食べようよ。時間ずらしたからそこまで混雑してないと思うし」
異論はないので頷く。
「凛はなに食べたい?」
「わたしはなんでもいいよ。虎太郎くんは行きたいところとかある?」
なんでもいいはなんでもよくないということを、俺はあやかで学んだ。
ガッツリ系の飯屋はおそらく小食の凛に合ってないし、喫茶店は俺が頼み方を知らないで恥をかく可能性がある。
「じゃあ……中華料理屋で」