あやかSide⑦ 嘘
★★★あやかSide★★★
退屈な学校での一日を終えて、夕刻。
虎太郎が珍しく外でご飯食べようと言いはじめたので、二人で駅前のショッピングモールにある中華料理屋にやってきた。
赤を基調とした派手な屏風にアンティークの机といういかにも中国風インテリアに整った店構えで、ネットでの評判も非常に良い。
席につくと香辛料の匂いが漂ってきて、思わずお腹が鳴った。
「お前は昔から食欲旺盛だよな」
「そうだけど、女の子に対する発言じゃないね」
朝の件もあってギロリとにらむと、虎太郎は委縮して小さくなった。
「別に悪い意味で言ったんじゃないんだが……な、なに頼む?」
「中華と言えば坦々麺でしょ」
「麻婆豆腐だろ」
ということで早速お互いの食べ物の好みにすれ違いが生じてしまったので、各々が食べたいものを注文する。
……麻婆豆腐のほうが美味しそうだったら彼女権限で取り換えてもらおう。
注文を終えたので、料理が運ばれるまでの間に問い詰めることにする。
「で?」
「で……とは?」
「なにか特別な話があるからディナーに誘ったんでしょ。なにもないのに虎太郎が私を誘うわけないもんね」
「いやそんなことは」
虎太郎がさっと明後日を向いてすっとぼけるので、私は机をとんとんと叩いて不快感をあらわにする。
「だいたい分かるって。あまり聞きたくない話を聞かされるんでしょう? 今さらとぼけたってもうネタは上がってんのよ。週末にデートするんだって?」
「待ってくれ。誤解だ……」
この言い方、まるっきり浮気の言い訳をする旦那である。
「もともと仲良しだった幼馴染と最近ずっと一緒にいて、今度はついに二人きりでデート。しかも休日に。怖いくらい順調だね」
「……俺たちはなんでもないんだって」
「なんならこのお店もデートの予行演習じゃないでしょうね」
「そんなつもりは……」
実に歯切れが悪い。
虎太郎の嘘は顔に出ないが、長年の付き合いから来る直感は、「なにか嘘をついている」と告げている。
というかこいつは隠し事があると言葉数が露骨に減るから、なにを隠しているかは分からなくても隠し事があること自体はわかってしまうのだ。
「なにかあったら問題なのよ。万が一にもあの子に手を出してないでしょうね」
「だ、出すわけないだろ」
しれっと言う虎太郎。
まあ実際私に半年以上付き合って一度も手を出してこない意気地なしではあるので、そこはある意味信用してもいいだろう……と自分を納得させることにする。
正直、根掘り葉掘り聞いて「実は最後までやっちゃいました」とか言い出されても困るわけで。
箱の中の猫はふたを開けて観測されるまで生死が確定しない、だっけ。
そんな感じの葛藤を心に秘めつつ、「むむむ」と唸っていると料理が運ばれてきた。
……食うか。
「坦々麺うま」
「麻婆豆腐もうまいぞ」
麻辣という、唐辛子と山椒の二種類の辛味が絡み合った刺激的ながらも深みのある味わい。
流石本場四川の味で知られる本格中華料理店だけあって、期待より数段上の料理に舌鼓を打つ。
「虎太郎もやればできるじゃん。いい感じのお店見つけてきて、空いた時間にデートに誘ってくれるのは彼氏ポイント高いよ。もぐもぐ」
「いや毎週のようにどこかしら出かけてはいるだろ……」
少し褒めたら調子が出てきたのか、憎まれ口を叩きはじめた。
「そういうんじゃないんだよねえ。マンネリしないようにいろいろ考えてくれてるところが嬉しかったの」
「そ、そうか。まあ喜んでもらえたならよかったよ。お前飯にはうるさいからな」
「一言余計」
「間違ってないだろ。お前と何回も喧嘩したけど、昔からお菓子一つで解決してきたんだから」
「二言余計」
昔から餌付けしとけばいいと思ってたのかこいつは。
とりあえず私は虎太郎の麻婆豆腐を取り上げて、新しいレンゲを使って自分の小皿に移す。人が食べてるものはおいしそうに見える法則。でも実際に食べてみたら担々麵のほうがおいしかった。
「せっかく機嫌が良くなりかけているところなのになあ」
「ぐっ……いや別に、俺はご機嫌取りしようとしたわけではないからな……」
自分でも余計なことを言った自覚があるのか言葉に詰まる虎太郎。
私は机の頬杖をついて呆れたように笑った。
「あんたは基本彼氏ポイント低いよねえ」
「そうですね」
私のことをかわいいと褒めなかったからマイナス五点、私をからかったからマイナス十点。
そして私に内緒で他の女と仲良くしていたからさらにマイナス百点だ。
「虎太郎が秘密主義者なのはよくわかったわ。この前約束したのにね」
「…………だから悪かったって。もう一回最初からやらせてくれ」
「最初から?」
「今からその話をするから。というか今日はそのために呼んだわけで…………」
「はあ」
どうやら遠回りながら本題に入ろうとしているらしい。
もう少し自然な会話の流れとか切り出すタイミングがあるだろうと呆れる私を無視して、虎太郎は深呼吸して真面目な表情を作り始めた。
「あやか」
「はい」
「今度の週末、凛と出かけることになったんだが」
「ふーん」
「といってもそれはあくまでも仕事上の付き合いというか、俺が付き合っているのはあやかなんだというか」
「ほうほう」
「それでも男女二人で休日一緒に過ごすことになるわけだから、一応報告はさせていただこうかなと」
「うーん」
「以上だ」
終わったらしい。
「十五点くらいの報告だね。もちろん百点満点で」
「他に何を言えばいいんだよ……」
「そんな心外みたいな顔されても」
他の女と遊びに行ってきますとだけ伝えて満足している私の彼氏。これで安心する彼女がいたら見てみたいものだ。まあその鈍感さがいいんだけどね。
私が黙っていると虎太郎は目に見えて慌て出し、頭をかいてまた謝った。
「ごめん。やっぱり嫌だよな。俺、その……やっぱ断るわ」
「は? 断るってどうやって?」
「まあ、それは『ごめん』って言うしかないだろ」
「……」
――本当に? じゃあこの際、凛とはもう二度と会わないって約束してよ。
喉元まで出かかった言葉を、私は懸命に引っ込めた。
……今朝のことを思い返すと、そろそろ本当に引っ込める必要があるのかな、とも思ったりするのだが。
「別に。行けばいいじゃん。二人で。あんた凛専属の雑用係なんでしょ」
結局今までと同じように認めてしまう。
やっぱり私ににらまれたからデート出来なかったなんて凛に知られたら困るし、虎太郎にも自分が信用されていないと思われたくなかったからだ。
「ええ……」
虎太郎は「お前が嫌がるから提案したのに……」と明らかにめんどくさそうな反応をしてくる。はいはい、私は理不尽でめんどくさい女ですよ。
私は自分でもどういう態度を取ることが正解なのか分からないまま、以前の約束を念仏のように唱えた。
「二人でデートしてきていいわよ。でも、私と付き合っているってことは絶対に喋らないで。これだけ忘れないでよね」
虎の尾を踏まないようおっかなびっくりといった様子で虎太郎が頷いたのを見て、私は「この話はおしまい」とばかりに手をぱんと叩いて坦々麺をすする。
せっかくのご馳走なのに、麺が伸びたら美味しくなくなってしまう。