あやかSide⑥ 兆候
★★★あやかSide★★★
「んふふふ」
私がいつものように凛と一緒に登校しようと家まで迎えに行くと、ちょっとどころではないくらい浮かれている凛を発見した。
手鏡を片手に人形のようにきれいな黒髪を手で整えながら、何度も含み笑いをしているのだ。
「な、なにニヤニヤしてんの?」
「あやかおはよう! あのねあのね」
まるでテストで百点を取ったことを親に自慢する子供である。
「はいはい、なにかいいことあったのね」
「うん……ちょっと、ね」
過去に例を見ないレベルの浮かれっぷりなので、十中八九虎太郎とのことだろう。
黙って続きを促すと凛はぽつぽつと語りだした。
「今度の週末に虎太郎くんと二人で文化祭の準備をいろいろ進めようってことになったの。その、買い出しとか、いろいろ」
「それって所謂デートってやつ?」
「……む、向こうがどこまでそう思ってくれているかは……わかんないけど」
口下手な凛の説明をまとめると……文化祭の事前準備が思ったより大変で放課後だけでは時間が足りないため、休日に二人でまとまった時間を取ることにしたらしい。
つまり完全なるデート。言い訳の余地なし。
なんで順調に次のステージへと進展してるんでしょうね。
彼女ほったらかして週末の予定埋めるな。
「まあ、まずは一歩前進だね」
「うんっ」
ぱっと花が咲いたような眩しい笑顔。
……ふん。しかし凛も安いものだ。
ただ休日一日を一緒に過ごすというだけで、ここまで喜んでいるのだから。
…………私も普段もっと喜んであげたほうがいいのかな、と。ほんのちょっとだけ、そんな複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。
「それで、当日の予定は?」
「た、たぶん午後一で集合して、これからどうするか話し合って………………って感じだと思う」
ノープランだった。
凛は虎太郎との休日デートという事態を前に脳がパンク状態で、具体的な中身を考える余裕もないのだろう。
初デート失敗の未来を思い浮かべて、思わず頬が緩みそうになる。
これはよくない兆候だ。何度も言うが私は親友の恋を応援しているはずなんだから。
「ち、ちなみに……あやかならデートでどんなところに行くの?」
「私?」
「さ、参考までに聞けたらなと」
目をぐるぐるさせた凛を見るに、参考どころかそのままトレースする気満々なのは間違いない。
記念すべき初デートにしては実に消極的ではあるが、この子らしいとも言える。
「とりあえず虎太郎は根が引きこもりだから、あんまり長い時間のデートは嫌がりそうな気がするね」
私は深く考えず、思ったことを口にする。
「な、なるほど」
「二、三時間もモールの中を回っていけば十分満喫できるんじゃないかな。買い出しもあるならそれで手荷物もいっぱいになって、歩き疲れてる状態だよね」
「そう、だよね。荷物持ったまま連れまわすのは迷惑だよね……。じゃあそこで解散、かな……」
ありそうなシチュエーションを想像して、むむむと唸る凛。
その弱々しい姿に庇護欲をそそられる部分もあってか、私はついおせっかいを焼いてしまう。
「ちょいちょいちょい。それで終わっちゃダメでしょ。『このあと時間ある?』とか聞いて、ご飯でもなんでもいいから軽い感じで誘って引き留めないと」
「だ、だって、そんな急に誘ったら事前に言えよって思われちゃうんじゃ……」
間違いなく喜ぶと思うけど、それは言わない。
「なにも一日拘束するわけじゃないんだから大丈夫でしょ。むしろ友達同士の間柄で休日に用事だけ済ませてさよならするほうが不自然だと思うよ」
「そ、そっか! ありがとう! さすがあやか!!」
感謝された。
私の心の中を覗かれたら絶対そんなこと言えないのに。
私は罪悪感からどんどん口が早くなっていく。
「ま、まあね。てか当日なに着ていくか決まってるの? デートプランなんて考える前にまず最初に家を出るところから考えなさいよ? あ、私の服貸してあげようか……と思ったけどサイズがちょっと合わないか」
「ううん。わたしの服お出かけするには微妙なのばっかりだし、あやかの貸してもらえると嬉しいなっ」
「そう? じゃあいくつか持っていくよ」
「うん! あ、あとその、この前みたいにお化粧のやり方も……い、一回自分でやってみたけど全然うまくいかなかったから……」
両手を合わせてお願いされたが、実際のところもじもじと顔を真っ赤にしている凛にはチークを入れる必要もなさそうではあった。
「……分かったわよ、まーかせて。もっとかわいくしてあげるから」
「ありがとう! あやか大好き!」
「……っ」
眩しすぎてくらっときた。
思わず「あやかだいすき」の七文字が脳内でリフレインする。
どんな育て方をしたらこんな子になるのだろう。
そして幼馴染としてほとんど同じ世界で育ってきたはずの私は、そんな親友を表向き手伝いながら、陰では失敗してほしいと思っている……。
「あっ、虎太郎くんだ」
などと私が自己嫌悪に陥っていると、凛は突然二オクターブくらい高い声を上げた。
通学路の前方に虎太郎の姿を見つけたらしい。
「……声、かける?」
私は努めて優しい声音で凛の背中を後押しする。
彼女を思いやっての発言ではなく、今のどす黒い感情が浮かび上がってしまう顔を見られたくないからという自分勝手な都合で。
しかし凛は首を横に振って、そこから動こうとはしなかった。
「ううん、今ちょっと虎太郎くんの顔見られない……」
声をかけるどころかむしろ電柱の陰に隠れようとするので、私は立ち止まって肩をすくめる。
「そんな照れる? これでデートなんて大丈夫なのかしら」
軽くからかうように言うと、凛は「うぅ……だ、大丈夫……」とまったく大丈夫ではなさそうな態度で答えた。
「それに……言い訳するわけじゃないけど、あやかと女子二人で登校するのもすごく楽しいから」
「……まあ、それは私も楽しいけど」
だから虎太郎に無理して声をかけなくていいんだと、やや言い訳めいたことを付け加える。
それはまあ良いのだが、続く発言は看過できなかった。
「もしわたしが虎太郎くんと付き合うことになっても……あやかとは今まで通り一緒に登校したいな」
「っ」
「この前もわたしに気を使って虎太郎くんと二人きりにしてくれたの分かってるけど、あやかも一緒じゃないと寂しいよ。放課後が忙しくなるぶん、せめて朝はあやかと一緒がいい――ってあやか、どうかしたの?」
「え? 大丈夫だよ。なんでもない」
屈託のない天使のような笑顔に脳が焼かれる思いがした。
そして再び確信する。
やっぱり私たちはお互い大切な親友で……私は既にその親友から王手をかけられているのだと。