9.占いのお婆さんに、助言を得た
エレイナと伯爵は、途中、昼食を挟みながら、ゆっくりと市を一回りした。
伯爵は、終始穏やかだったが、急に、顔が強張り、そわそわし始める。
「旦那様、どうされたのですか」
「え? あ、いや、エレイナ。私はちょっと人と会わなければならないから、少し、何処かで待っていてくれないか。ああ、あの昼食を食べた屋台の辺りがいいよ」
「分かりました」
エレイナは、素直に応じ、伯爵は、そそくさと何処かへ行ってしまった。
エレイナは、伯爵の背中を見送りながら、少し不思議に思ったが、大人しく食べ物屋台が並んでいる辺りに向かった。
「そこのお嬢さん」
ふいに、しわがれた声が掛かった。
振り向くと、占術師の露店が見えた。
小さく箱型に仕切った黒いテントの店先で、呼び込みをしている黒衣の老婆が、丸い木の椅子に物置の様に座ったまま、エレイナを見上げて怪しく微笑む。にたりと歪んだ口からは隙間だらけの茶色い歯が見えた。
エレイナが、老婆を見た。
「私ですか」
老婆は、頷く。
「あんた、随分、おかしいね」
エレイナが、困惑する。
「おかしい?」
老婆は、落ち窪んだ眼窩の中から、ぎょろりとエレイナを見た。
「霊気だよ。人には色々な霊気があるが、あんたは、赤、青、紫……何色もの色が周りでぶつかり合って、混ざり合ってあんたを取り巻いている。しかも、これは、あんたそのものから出ていない。あんたそのものの霊気は……見えない」
エレイナは、愕然とした。
「私の、霊気が見えない……」
目を見開いて、呟くエレイナには、何処か納得するものがあった。
長年、呪力を目覚めさせることが出来なかった自分。
霊気が見えない、と言う事は、そもそも自分には霊気が無いのだ。
そして、だから呪力も無く、目覚めさせようにも出来なかった。無いものは目覚めさせられないから。
そう言う事だったんだ。
老婆が、面白そうににたりと目を細めた。
「お嬢さん」
声を掛けられて、エレイナは、はっとなる。
「な、なんですか」
「霊気が見えないからと言って、無い訳じゃないよ。霊気の無い人間なんていない」
「で、でも」
「お前、呪術家の出だろう。見えないものを信じずにどうする」
「ど、どうして、それを」
「無い、という事は、有る、という事さ」
「え?」
訳が分からないエレイナ。
へっへっへっと、老婆が笑った。
「私は、霊気は見えるが、呪力は見えないよ。呪術師じゃなく、ただの占い婆だからね」
「え」
「ちょっと婆さん!! お金も取らないで商売しないでよ!」
隣のテントの若い占術師が、文句を付けて来た。
老婆が、何だって? と耳の聞こえない振りをする。
「聞こえてるでしょ!」
「ふぇっふぇっふぇっ。すまんねえ。最近、耳も頭も緩くてねえ」
「頭が緩いのは前からでしょーが!」
「ふぁっふぁっふぁっ。ねえちゃん、きついねえ」
エレイナは、すっかり放置されたが、頭が呆然としてそれどころでは無かった。
放心状態で、まだ言い合いをしている老婆に頭を下げ、ふらふらと歩き出す。
頭の中で、老婆の言葉がぐるぐるする。
”無い、という事は、有る、という事さ”
”私は、霊気は見えるが、呪力は見えないよ。呪術師じゃなく、ただの占い婆だからね”
私の霊気は見えないと、あのお婆さんは言った。
でも、見えないから無い、という訳じゃない、と。
見えなくても、有る、と。
エレイナは、思う。
――私、呪力が、あるの?――
――どうしてだか、目覚めさせる事が出来なかったけど、あるの?――
エレイナの目に、涙が滲んだ。
――私、成れるの? 呪術師に――……
行き交う人の中で、エレイナは、顔を覆い、泣いた。