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捨てられ令嬢は、呪われ伯爵と幸せになる  作者: セイバン・キイタ
55/55

55.捨てられ令嬢と呪われ伯爵は、幸せになる

「エレイナ」

エレイナの耳元で、夫の囁き声が聞こえた。低く穏やかな、優しい声。


 エレイナは、幸せに浸りながらベッドで目を覚ます。

 声のした方に顔を向けると、すぐ横に寝そべる夫アンダロスの顔があった。

「おはよう」

夫が言った。

「おはようございます」

顔を赤らめながら、エレイナが言った。


 夜通し愛し合って、朝を迎えた。

 窓から、日の光が差し込んでいる。

 朝の爽やかな光の中に、穏やかな顔をした夫がいる。

 目の前にいる。目の前に。

 

 エレイナは、幸せで仕方が無かった。

 身体は疲れていた。まだ少し眠い。

 だが、アンダロスは、まだ足りない、と言わんばかりにエレイナの唇にキスをした。

 エレイナは、半分は困ったが、半分はアンダロスと同じ気持ちだった。

「旦那様、もう朝です。支度をして、皆に挨拶しないと」

「あともう少し」

アンダロスがそう言って、二人は熱く唇を重ねた。


 食堂に皆を集め、エレイナは新たな当主として挨拶をした。

「昨日の儀式を以て私が新たな当主となりました。ですがそれ以外に何も変わる事はありません。これからもよろしくお願い致します」

エレイナは、あくまでもアンダロスの妻として、頭を下げた。

 侍従や使用人たちは、多少戸惑いながらも拍手をし、新たな当主を受け入れた。


 その後、そのまま食堂で朝食となる。

 席は今まで通り、アンダロスは窓際の一番端の席、エレイナはその右側、ハルダロスはエレイナの対面となるアンダロスの左側の席だった。

 

「エレイナ、口にパンが付いているよ」

「え、何処ですか」

「ここに」

アンダロスは、エレイナの口の端に付いていたパンくずを身体を寄せて自分の唇で取りに行く。


 ハルダロスは、目の前で展開する、いちゃいちゃにぎょっとする。


 ――な、何をやっとんじゃー!!


 ハルダロスは、心の中で叫んだ。


 アンダロスは、器用に唇でパンくずを口の中に入れると、そのままエレイナの唇に軽くキスをした。

 エレイナは、拒否できない。まだ眠いのか、火照っているのか。そのどちらともなのか。とろんとした目をしていた。


 さっきの挨拶は何だったんだ。しっかりしてくれ! エレイナ!


 ハルダロスは、嫉妬のあまり、いちゃもんを付けたくなる。だが、多分、どうしようもない。


 二人はれっきとした夫婦だ。今まで二人を呪いが隔てていたが、今となっては、その呪いが消えた。

 ずっと共に過ごすことを許されなかった二人が、その時間を取り戻そうとするのは自然な事だ。それこそ、歯止めが利かなくなる位に……。


 ――いやしかし、これ以上は皆に示しがつかない――


 ハルダロスは、とうとう野暮な口出しをしようとする。

「兄上」

「ん? なんだ?」

振り向いた兄は、今まで見た事のない穏やかな顔をしていた。

 ハルダロスは、言うべき事を忘れる。

「えっと」

「うん」

「……美味しいですよ。今日のスープ」

「うん、そうだな」

そう言って、アンダロスは身体を正面に戻した。匙でスープを掬い、一口飲む。

「うん、美味しい」

「本当ですね」

エレイナも同じようにスープを啜って、微笑んだ。

 

 ハルダロスは、諦めた様に苦笑を浮かべた。



「え。お見合い?」

兄の執務室に呼び出されたハルダロスは、聞いた言葉を訊き返した。

 兄は、うん、と頷く。

「エレイナの紹介だ。良い人がいるんだよ」

そう言って、傍にいるエレイナを見た。

 エレイナは、微笑む。

「はい。以前から、お似合いではないかと思っていたのです」


 ハルダロスは、今までは伯爵とされていたのに、急に現れた弟、と、なっていた。

 何にせよ、前当主と当主が揃っている城に弟がいるのは居心地の良いものでは無い。しかも、ハルダロスは、今まで伯爵の振りをする為、自身は未婚のままだった。もういい歳だし、エレイナを断ち切る為に城から離れたい、と彼自身思っていた。

「分かりました。会います」

ハルダロスは、前向きな気持ちで答えた。


 見合いは王都の宿で行われた。

「後は、若い者同士で」

と言って、実際にはハルダロスより若いエレイナが部屋を出て行く。


 見合いの日、現れたのはエレイナの実家で侍女をしていたリーナだった。


 エレイナの幼馴染みだったリーナは、宮廷呪術師として家格のあったブレスディエス家で侍女を務めるに当たって相応しい良家の娘であった。

 エレイナにとってリーナは、人物も器量も申し分ないと自信をもって勧められる女性だ。


 リーナとハルダロスは、向き合って座り、初めての対面に顔を赤らめた。

 互いに良い人と思った様だった。

「あの」

と、二人の声が揃う。

「あ」

と、また揃う。

「どうぞ」

と、ハルダロスが、譲った。

 リーナは、素直に応じる。

「リーナと申します」

「ハルダロスです」

 リーナが、微笑んだ。

 ハルダロスも、微笑んだ。

 二人は、この後、順調に絆を深め、結婚する。


 

 ところで、ブレスディエス家であるが。


 あの日、王都に向かっているエレイナを襲ったのは父アセルであった。

 エレイナは、呪力の目覚めによって、野盗三人組を操っているのが父と見抜いていた。

 アセルは、エルバ王家に信用があるのを良い事に他国に王家の情報を渡して報酬を得ていた。ゆくゆくは王になる事も視野に入れていた。

 他国の呪術師は売られた情報に基づいてエルバ王家に呪いを掛けていた。ところが、いくら呪ってもエルバ王家は倒れない。

 アセルは、焦った。そんな時、特に目立った存在でもないカルヴァリオン家が王家に重宝されている事に気が付き、裏があると探っていた。そこに婚姻の話が持ち上がり、エレイナを送り込むことで反応を見ていたのだ。

 そして、エレイナに呪力の目覚めの兆しがあると見るや、使い魔を送り邪魔した。以前に野盗三人組を襲った使い魔を操っていたのもアセルである。アセルは、ヘレナのやっていた事を見通していた。王家に嫁ぐとあっては、確実に口を封じた方が良いと三人組を殺す為に使い魔を差し向けたのである。


 その時、三人組を助けたのは、アンダロスとハルダロスの母、リーシアだった。リーシアは、獣化によって完全に狼になってしまっていたが、どこかに人の心が残っているのか、三人組を助けた。その事は誰も知る由は無い。


 アセルは、国家反逆罪で逮捕、投獄。母の必死の訴えで家族に関しては無関係と証明され、家は存続したものの、宮廷呪術師としての家格は無くなった。


 結果、ヘレナの王家へ嫁ぐ話も無くなった。


 ヘレナは、唇をかみしめながら、婚約者だった男に頭を下げた。

「大罪を犯した父に代わり、お詫び申し上げます」

 婚約者だった第五王子コーデリオスは、意外な程優しい顔をした。

「頭を上げて下さい。貴女は関係ないのでしょう?」

 ヘレナは、涙目で顔を上げる。

「そうです! まさか父が、あんな大それたことをしているなど、思いもしませんでした!」

「ならば、貴女が頭を下げる事はありませんよ」

「コーデリオス様ぁ!」

ヘレナは、心底、この人優しい! と思った。この男こそ、出世の為に結婚するのでなく、一生を共に生きるのに相応しい人と今頃になって思ったが、遅かった。


 ああ! あの馬鹿父! なんて余計な事をしてくれたの! 酷いわ! 馬鹿! あんまりよ!


 心の中は、父への恨み言で溢れる。


 コーデリオスは、ヘレナのことをまんざらでもなく思っていた。だが、父王に逆らう程の熱は無かった。

「どうか、お元気で」

コーデリオスは、そう言って去って行った。

 コーデリオスは、その後、他国の王女と結婚する。


 ハルダロスがお見合いをしている間、エレイナは、宿のロビーである人物と再会を果たした。

「おばあさん!!」

「おお、あんたかい」

呪術市で知り合った占いのおばあさん、マギエラだった。

 エレイナは、マギエラに、励ましを貰ったと思っていた。その後も、封じられた呪力を目覚めさせるにあたって、呪術神ハーディオニアの顕れた夢に従い、義父ヴァルダロスに目印となる指輪を託してくれた。

 エレイナは、リーナの協力を得て、おばあさんを探し出すことが出来た。

 おばあさんは、王都の占い師ではあったが、占い横町からは離れた場所で占い師をしていた。

 以前に立ち寄った時、横丁で見つけられなかったのは、店の場所が違っていたからだった。


「おばあさん、ずっとお礼を言いたかったんです。今まで、ありがとうございます!」

 おばあさんは、ぴんとこないまま、しわくちゃの顔を更にしわくちゃにする。

「そりゃ良かった」

「言われた通り、ちゃんと呪力がありました!」

「そうかい、そうかい、そりゃ良かったよ」

「おばあさん、今の私、霊気見えますか?」

「うん、しっかり見えてるよ。見えてるけど、こりゃまた、へんてこな動きをしているね」

「私、呪いに自分の霊力をぶつけて無効にしている様なんです。呪いを他から飛んで来た呪いにぶつけて潰してもいるとか」

 おばあさんが、目を丸くして笑った。

「ふぇっふぇっふぇっ。そりゃ豪気だねぇ」

「自分が、人の役に立てるかも知れないと気付けたのも、呪力を目覚めさせる事が出来たのも、みんなおばあさんのお蔭です。本当にありがとうございました」

「そうかい、そうかい、そりゃ良かった」

 エレイナは、ちょっと不思議に思う。

「おばあさん、私の事、本当に覚えてます?」

「覚えてるよ。呪術市で会っただろ」

「そうです! でもなんだか、おばあさん、全然、その」

「反応が薄い?」

「え、あ、まあ」

「へっへっへっ。長く生きてると、何事も薄くなるもんだよ。肉付きとか、頭髪とか、財布とかね」

「はあ」

「エレイナ」

おばあさんは、エレイナを見つめた。

「はい」

「占い師は、昔から、神の言葉を聞き伝える者だ。神の言葉の意味は分からなくとも、伝わるべき人に伝わればそれでいいんだよ」

「はい……」

エレイナは、おばあさんが言わんとしていることが、何となくわかった。

 おばあさんは、言う。

「あんたに、伝わるべき言葉が伝わった。そう言う事さ。それでいいんだよ」

 エレイナは、目を潤ませ、

「はい……!」

と、力強く頷いた。



 ギエナ領の山の中に、その白い狼はまだいる。

 白い狼はまるでエレイナたちを見守るように微笑み、木々の中に消えていった。



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