53.対決
翌早朝。
エレイナとハルダロスは、二台の馬車で王都に向けて出発した。
ハルダロスは、エレイナの供を部下に任せず、自分がついて行くと決めていた。もはやなりふり構わない。エレイナが当主になれば、全てが解決するのだ。ハルダロスは、そう思っていた。
馬車が、領地を出て、王都へ向かう林道に差し掛かった頃、三頭の黒い狼が現れ、行く手を阻む様に道を塞いだ。
御者が慌てて馬車を止めた。その隙に、狼の一頭が背後に回り込み、逃げ道を塞いだ。
先頭の馬車に乗っていたハルダロスが、車体から出て来た。歯を剥き噛み付かんばかりに唸る狼に、身体を固くした。
――何故、狼がわざわざ馬車を狙うんだ――
ハルダロスは、不審に思いながらも、身動きが取れない。
がちゃりと、車体のドアを開けて後ろの馬車からエレイナが出て来た。
ハルダロスは、慌てる。
「出ちゃダメだ!」
「いいえ、旦那様。この方たちは、味方です」
エレイナは、平然と言った。
「何?」
驚くハルダロス。
エレイナは、正面の狼に微笑む。
「親分さん、お久しぶりです」
エレイナは、強くそう言った。
正面を塞いでいた一番大きい狼は、まるで我に返った様に、険しかった顔を緩めた。瞬きをし、知性の滲む眼差しでエレイナを見つめる。
エレイナは、確信を持つ。
「親分さん、私です。エレイナです。焼き菓子の約束、覚えていますか?」
「ウゥッ」
狼は、明らかに動揺を示し、首を振って苦しみだした。傍にいた小柄な狼も、同じように苦しみだした。
エレイナは、呼びかける。
「親分さん、しっかり。自分の姿を取り戻して下さい。貴方は、人間ですよ!」
「グああッ!」
黒い狼は、少しずつ、人間の姿を取り戻す。
みるみるうちに、狼は野盗の親分ボムの姿に戻ったのだった。
「お、俺は……」
「親分さん!」
「え、あんた、ねえさん! どうして……」
ハルダロスは、唖然として二人のやり取りを見ている。
「知り合い……?」
「えっと、話せば長いのですが」
とかなんとかやっている間に、小柄な狼が野盗の親分の仲間のボロに戻った。
「ボロ!」
親分ボムが呼び掛けた。
「親分!」
ボロが、涙目で親分を見る。
「なんか、変な奴らに捕まって、俺たちどうなるかと……」
「ボロ、良かった!」
親分が、ボロの背中を叩いた。強烈な衝撃に、ボロは前のめりになり、咳き込む。
「どほっ! もおっちょっとは加減して下さいよぉっ」
「なに言ってんだよ」
「エレイナ、さがれ!」
ハルダロスが、叫んだ。ボムとボロは、ハルダロスの見ているものを見た。
「ねえさん!」
野盗の仲間のボラが、狼から元の姿に戻ったはいいが、腰に帯びていた剣をエレイナに向けていた。
「ボラ、やめろ!」
「違うんです! 身体がかって……に……」
ボラの声が消え、目の光も消えた。操らているのだ。
呪力の目覚めたエレイナの目には、全てが視えていた。操っている、呪術師が誰なのかも。
エレイナは、怒りに燃えていた。
人を使い魔の様に操るなんて、許せません!
エレイナは、剣を向けられているにも関わらず、恐怖がまるでなかった。
ボラを助けたい一心だった。
「ボラさん!」
ボラが、剣を振りかぶり、エレイナに斬りかかった。
「危ない!」
ハルダロスが、エレイナの身体を庇いながら、ボラの剣から逃げる。
びっ! と、ハルダロスの服の背中が剣先で切れた。
「だ、旦那様!」
「大丈夫だ、エレイナ、頼むから、馬車の中に」
「いいえ、私、ボラさんを助けたいんです」
エレイナは、ハルダロスの腕を逃れ、前に出た。
操られたボラは、エレイナに斬りかかって来る。
「エレイナ!」
「ボラさん」
エレイナは、右手を剣にかざした。
「砕けなさい」
エレイナがそう言うと、剣は、まるで内側から破裂する様に真ん中あたりから砕けた。
「え?」
ハルダロスが、呆然とした。
ボムとボロは、何が起きたのか分からない。
「ぅおおおぉお!」
ボラは、砕けて短剣のようになった剣で尚もエレイナに襲い掛かった。
エレイナは、ボラの腕を両手で掴んで止めた。
「旦那様! 脇をくすぐって下さい!」
「へ?」
「早く!」
「お、おう!」
ハルダロスと、ボム、ボロも加わって、ボラの脇をくすぐる。
「いひゃひゃひゃひゃひいっ」
変な笑い声を上げ、逃げる様に身体をくねくねさせるボラ。ハルダロスたちは、よれよれしながら逃げようとするボラを容赦なくくすぐり続ける。
やがてボラの力の抜けた手から、剣がするりと落ちた。
エレイナは、落ちた剣を拾うと、ふっと息を吹きかけた。剣は、ふわりと浮いて、鷹の姿になった。鷹はエレイナの腕にとまった。
エレイナは、道の先を鋭く見据え、勢い良く腕を前に振った。鷹は、ばっと飛び出し、瞬く間に道の先へと消える。
「ひゃひゃひゃひはやはおうう」
ボラは、笑っていたのが急に変な声を出し、崩れ落ちた。
「は、へ、はへ……」
笑い過ぎて、腹筋が痛くなったようだった。
「エレイナ……」
ハルダロスが、説明を求める様にエレイナを見る。
エレイナは、微笑んだ。
「鷹さんが、ボラさんを操っていた人を懲らしめてくれました。もう大丈夫です」




