50.帰還
エレイナは、呪術神ハーディオニアの屋敷での呪力を目覚めさせる修行を終え、帰る日となった。
屋敷の玄関で、ハーディオニアの使い魔の侍従のミニ、ワイルド、侍女のレディが、見送ってくれる。しかし屋敷の主にして呪術神ハーディオニアことハーディの姿はそこになかった。
エレイナは、寂しいが、一人残されるハーディの気持ちを考えると、仕方が無いと思った。
「エレイナ様」
レディが、声を掛けた。
「はい」
エレイナは、元気に応えた。
レディは、控え目に微笑む。
「どうか、お身体をお労りになり、健やかに過ごされて下さい。貴女は、気付かずに無茶をするところがあるので、そこだけ気を付けて下さい」
エレイナは、レディの温かい言葉に、目を潤ませる。
「ありがとうございます。気を付けます」
「エレイナ様!」
ワイルドが、両手に拳を作り勇ましく呼んだ。
エレイナは、同じように両手に拳を作り勇ましく応える。
「はい!」
「いざという時、自分を助けるのは、気合です! 自分を信じて!」
「はい! ありがとうございます!」
「エレイナ様」
「はい! あ、はい」
エレイナは、ミニの呼びかけに、勢いを抑えて応えた。
ミニは、エレイナに歩み寄る。
「覚えておいでですか、ご自身の特別な呪力の事……」
エレイナは、思い返す。
ハーディは、言っていた。
”君の呪力は、あらゆる呪いを寄せ付けない”
”呪詛返しの様に、掛けた術師に呪いを返す訳じゃなく、自分の霊気や他方から来た呪いにぶつけて打ち消している”
つまり、エレイナにどんなに呪いを送っても、全部打ち消されて、無効化される――……
「はい」
エレイナは、答えた。
「私から、お伝えすべきことは、ひとつです」
ミニは、そう言って、言葉を続ける。
「カルヴァリオン家の当主は、儀式を受ける事によって、当主となります」
「はい……」
エレイナは、良く分からないまま、応えた。
ミニは、続ける。
「儀式を受ければ、当主になれるのです。血統は、関係ありません」
エレイナは、目を見開き、息を呑んだ。
ミニは、微笑んだ。
「ご武運を」
「はい!」
エレイナは、力強く頷いた。
「ありがとうございました!」
エレイナは、侍従たちに頭を下げると、顔を上げ、一歩下がった。
その瞬間、エレイナの姿は跡形も無く消えた。
数日後。
「やっほー! 遊びに来たよー!」
転生を司る神がハーディの屋敷に遊びに来た。
侍従のミニが出迎え、居間に案内した。
転生の神が居間に入ると、ハーディは侍女のレディに説教されているところだった。
「いい加減、だらけるのは止めて下さい」
ハーディは、ソファでぐだあっとしている。
「いいだろ別に~。仕事以外の時間はさぁ」
「エレイナ様がいた頃は、ずっとシャキッとされていたじゃありませんか」
「レディ!」
傍にいた侍従のワイルドが、慌てて声を掛けるも、ハーディは、エレイナの名前を聞いた途端、黒雲を湧き上がらせ激しく落ち込んだ。
「どうせ、私は……」
ワイルドは、焦って、主人に筋トレを促す。
「ご主人様! 筋トレしましょう! 筋トレ! 筋肉が付くと自信もついて気持ちが明るくなりますよ!」
ハーディは、切れる。
「だ~か~ら~! 私は肉体を持っていないんだよ! 筋トレして何になるんだ!」
「それ言ったら、食事も要らないじゃないですかぁ。エレイナ様と散々食事されてましたよね、あ」
ハーディは、また落ち込んだ。
ミニが、見かねてワイルドとレディに声を掛ける。
「お客様ですよ。レディ、お茶とお菓子の準備をお願いします。ワイルドは、客室の点検をお願いします」
「了解です」
「はい!」
レディとワイルドが出て行って、ミニも転生の神に挨拶をして出て行った。
侍従たちを顔だけで見送って、転生の神は、不思議そうにハーディを見る。
「どしたの?」
「べつに」
ハーディは、むっとして答えた。
転生の神は、にやっとしてハーディの対面のソファに座る。
「なんだか面白いことしてるね」
「え? 何が」
「使い魔だよ。前は小さいのだけだったじゃないか」
「別に、好きで作ったわけじゃないんだけど、ねえ、聞いてよ。皆私が作ったのに、私の言う事聞かないし、皆違う事言ってくるんだ。ミニなんか、前は全然喋らなかったのにさ」
「名前も付けたんだね」
「まあ」
エレイナが、そうして欲しそうだったから。
と、ハーディは思ったが、言わなかった。
「それは、当たり前だよ」
転生の神が、平然と言った。
「え?」
「器が違えば、魂も違って来る」
「そういうもんか」
「そうだよ。君も、退屈だからと人間の真似をして屋敷や侍従を作ったり、しょっちゅう人の姿になったりするから、人の様に悲しんだり落ち込んだりするようになるのさ」
「そうか……」
「そうさ。ミニが話すようになったのも、自分と同じではない侍従がいるからさ。人は、他者を認識した瞬間、言葉を持つものだよ」
「そうか。そういうもんか」
「まあ、彼は使い魔だけどね」
転生の神は、そう言って、ははは、と笑った。そうして、静かに、ハーディに微笑みかけた。
「僕は、君に会いに来る時には人の姿になるけど、嫌いじゃないよ。楽しいから」
ハーディは、じっと転生の神を見つめた。
そして、微笑んで、
「ありがとう」
そう、言った。




