41.エレイナ、鍛錬する
「久しぶりね、エレイナ」
声の主が言った。
声の印象通り、若い女性だった。
同じ世代、背格好も同じ位。
でも、ただ一つ違うのは、その若い女は、呪術を行う時に着用する白く丈の長い儀式服を着ていた。
エレイナは、微かに顔を歪める。
同じ年頃の呪術師を見ると、羨ましくて仕方がない。
女は、笑顔になった。
「そんな顔しないで。時は近づいているわ」
「え?」
エレイナは、驚いて問い返す。
「時? 時って……」
「目覚めの時よ。でも、もう少し、鍛錬がいる」
「鍛錬? 身体を鍛えればいいの?」
「う~ん……」
女は、はっきり言わない。
「内容は、あの方次第だから」
「あの方?」
「とにかく、貴女は大丈夫。導かれる」
「導かれる? 誰に? いつ?」
「信じて」
女は、そう言うと、闇に溶ける様に消えた。
エレイナは、目を覚ました。
今度こそ、王都の宿の部屋だった。
朝の日差しが、窓から中へ差し込んでいた。
エレイナは、夢の内容を処理しきれないまま、起き上がる。
「目覚めの時……。本当に……?」
エレイナは、ギエナ領に帰る前に、王都の多くの占い師が店を構える占い横町に足を向けたが、あのおばあさんを見つけ出すことは出来なかった。
あれだけのベテラン占い師であれば、他の占い師が、場所を知っていてもおかしくはないのに。
まるで、幻だわ。
エレイナは、思った。
姿も無く、人を導く。神か、精霊か。ひょっとすると、あのおばあさんは、そんな存在であったりしないか?
「まさか、ね」
エレイナは、自分の想像が飛躍し過ぎと思った。そして、思う。
人でも、神でも、どちらであろうが有難いことには変わらない。
私に勇気をくれた。おばあさん。
そして、あの声。
「帰ったら、身体を鍛えるわよ、エレイナ」
馬車の中で、一人闘志に燃えるエレイナであった。
城に戻って数日が過ぎた。
夫アンダロスは、暫し落ち着きを取り戻していたが、またいつ獣化が進むか分からない為、別棟の自分の部屋に籠っていた。
会えないのは寂しいが、自分のやるべきことをしようと、今日もエレイナは、中庭で腕立て伏せをしていた。この後はスクワットだ。動きやすい様にと、お針子たちにワンピースを片足づつ履ける二股にしてもらった。エレイナは、これが気に入った。
侍従や、使用人たちは、エレイナがおかしなことをしていると思ったが、元々エレイナのことをちょっと変わっている、と認識していたので、特に問題はなかった。
兄の変貌を悟られない様、兄の振りをしている弟ハルダロスは、エレイナの謎行動に戸惑っていた。
王都から戻って来たと思ったら、なんだか精神的にも逞しくなっている。
ハルダロスは、王への直談判が失敗したと聞いて、かなり落ち込んだ。
他に方法を見い出せていないからだ。
確かに、最初から、分は悪かった。
兄を助ける事は、王家を危険に晒し、国を危険に晒すことになる。
大義を考えれば、王の判断は、当然である。
だが、兄はどうなる。
エレイナは? 愛する夫を永遠に失う事になる。
俺も、尊敬する兄を失う事になる。母の時と同じように。兄までも。
一縷の望みをかけて、呪術師のブレスディエス家と結ぶことを決めたのに、ブレスディエス家は、信用のおけない家だった。
腕はいいのだろう。
王家に仕えているのだから。
――そういえば、エレイナの妹のヘレナが城にいたという事だが、仕事だったのだろうか――
ハルダロスは、執務室の窓から、中庭のエレイナを見つめる。
「元気だなあ」
ハルダロスは、呟いた。
――嫁いできた当初は、もっと体が小さかった気がする――
エレイナの存在が、いつの間にか、大きくなった。
――身体を鍛えると言っていたが、きっと、エレイナには、考えがあるのだ――
ハルダロスは、エレイナを頼もしく思い、自分の仕事に戻った。
「はあ、はあ」
エレイナは、肩で息を弾ませ、中庭の芝生の上にへたり込んだ。
「ちょ、ちょっと休憩……」
いきなり、たくさんやろうとしても身体がついて行かない。
「でも、身体を鍛えれば、呪力が目覚める……」
きっと、きっと!
「やあ、こんにちわ」
ふいに、聞き覚えのある男の声が聞こえて来た。
「ふへ?」
エレイナは、へたり込んだまま、顔を声の方に向ける。
義父ヴァルダロスが立っていた。
「お義父様!」
エレイナは、慌てて立ち上がる。
「お戻りになられたのですか」
少し、違和感を感じながら、義父を見る。
――あちこち旅をするようなことを言われていたのに……。気が変わられたのかしら?――
「エレイナ。私と一緒においで」
義父は、大きな手を差し出した。
「お義父……様……」
そう呟いたエレイナの目が、光を失う。
がくりと崩れ落ちる所をヴァルダロスが受け止めた。
ヴァルダロスは、にこりと不気味に微笑んだ。




