40.呪術神殿
エレイナは、目を覚ました。
ぐすぐすとすすり泣いている声が聞こえたからだった。
「ここ、どこ?」
エレイナは、辺りを見回す。
王都の宿の部屋ではなかった。
そこは、四角い大きな石を組んで出来た部屋、石室だった。
外からの光も入らず、中には明かりも無い。しかし、エレイナには不思議と石室の中が見えていた。
決して大きくはないが、物が何も置いてない為、広く見える、その石室の、壁の一隅に、子供がいた。
うずくまって座り、両手で溢れてくる涙を拭いながら、泣いている。
その子の髪は赤みの強い金髪で。
エレイナには、その子の姿に見覚えがあった。
子供が顔を上げた。
子供の頃のエレイナだった。
ここ、呪術神殿の地下の石室だわ……
辛い過去が蘇り、エレイナの目に、涙が浮かんだ。
エレイナは、”呪力を目覚めさせる為”という理由で、この真っ暗な石室の中に入れられたことがあった。
呪術神殿には、呪いを司る女神・ハーディオニアが祀られている。その加護を受ければ或いは、と、父母は期待していたが、結局エレイナは、呪力を目覚めさせる事が出来なかった。
子供のエレイナは、涙を堪え、じっと闇を見つめている。
暫くして、呪力が目覚めたという手ごたえが無いことから、このまま石室が開けられたら、今度こそ両親に捨てられる、そう恐怖して泣く。そして落ち着きを取り戻すとまた、加護を待つ。それを繰り返していた。
自分自身、どうやったら呪力が目覚めるのか、分からない。結局、両親も、最後は神頼みだ。
今のエレイナは、過去の自分を見て、気の毒と思った。
あの頃は、親に捨てられる、見限られる、それが怖かった。ヘレナの様に必要とされ、愛されたかった。
でも、無理だった。
こんな闇の中で、暗いのが怖いより、捨てられるのが怖かった。
この後、石室が開けられると、子供のエレイナは、父に縋りついた。
「必ず呪力を目覚めさせるからっ。だからっ……」
お願い、捨てないで。
父の顔は怒ってはいなかったが、苦々しく、諦めている様にも見えた。
今のエレイナは、溜息をついた。
――縋りついても無駄だった。結局私は、父に愛されず、嫁に出すという形で捨てられた――
――でも、それで良かった。私は、家族の中に居場所が無かった。それが、カルヴァリオン家では居場所が出来た――
今のエレイナは、胸が苦しくなる。
――旦那様。旦那様。ああ、どうしたらいいの――
今のエレイナの心に、夫アンダロスの姿が浮かぶ。
――私に、呪力が無いばかりに、お役に立てない――
無意識に両手を組み、指輪の感触に気が付いた。そして思い出す。
――占いのおばあさんは、私に呪力はあると言っていた――
――諦めたら駄目よ、エレイナ。でも、どうやって目覚めさせたらいいの。自然に目覚めるのを待つしかないの?――
「女神様、お願いします。お願い……」
子供のエレイナが、泣きながら懇願している。
「可哀そうな、エレイナ」
ふと、自分ではない、誰かの声が聞こえた。
子供のエレイナと、今のエレイナは、驚いて、辺りを見回した。子供のエレイナには、いたとしても暗闇の中である為、見えないが、今のエレイナにも誰かがいるようには見えなかった。
若い女の声だけが聞こえてくる。
「誰?」
子供のエレイナが訊いた。
声が答える。
「大丈夫よ、エレイナ。私も、子供の頃、そうだった。呪力が目覚めなくて……。でも、大人になれば必ず目覚めるから」
「いや、今、目覚めて欲しいの! お願い!」
「今は、駄目なのよ、エレイナ。待つしかないの。必ず目覚めるから。私がついてる」
「どうして、今は駄目なの?! 今、目覚めて! お願い……!」
「待ってて、エレイナ。待ってて……」
声は小さくなって消えた。
子供のエレイナは、ひと際大きく泣き出す。
「今じゃなきゃ、駄目なのに。今じゃなきゃ……」
子供のエレイナは、今、目覚めなければ意味がないと思い、声の事を忘れてしまった。
今のエレイナは、驚く。
――声の事をすっかり忘れてた。確かにあの時、聞いた――
――”大人になれば必ず目覚めるから”――
今のエレイナは、顔を強張らせる。
――私は、成人した。でも、いまだ目覚めていない。本当に目覚めるの――
その時。
「エレイナ」
あの声がした。
今のエレイナは、振り返った。
今のエレイナには見えた。彼女の姿が。




