34.託された指輪
日が沈み、月が出て来た。
花見に来ていたエレイナと、義父ヴァルダロス、犬耳の子供アルの姿の夫アンダロス、義弟ハルダロスは、まだ月光樹の花の咲く山の中腹にいた。
「所で、どうして月光樹と言うのですか?」
エレイナが、誰にともなく訊いた。
アンダロスが、微笑んで月光樹を指さす。
「見て」
月の光を浴びて、月光樹の白い花が淡く光り出した。
エレイナは、そのあまりに美しい光景に、息を呑む。
「なんて綺麗なの……」
初めて見る月光樹の花の神秘的な光。エレイナは感動して目を輝かせる。
月光樹の花の光がエレイナの碧玉色の瞳に溶け込んでいた。
エレイナの喜んでいる姿を見て、ヴァルダロス、アンダロス、ハルダロスは、嬉しそうに微笑んだ。
「いい嫁さんを貰ったな。アンダロス」
エレイナの姿を見ながら、ヴァルダロスが言った。
アンダロスは、ちらりと父を見上げて、
「はい」
と、答えた。
ハルダロスは、少し寂しかったが、普段は自分がエレイナの夫として振舞い、すぐ近くにいられる、今日は喜ぶエレイナを見れただけで満足しよう、と思った。
と、ハルダロスは、何かの気配に気付いてそちらを見た。
さっきまで、誰かが見ていた気がした。
嫌な感じでは無かった。むしろ……
「母さん……?」
思わず、ぽつりと呟く。
ヴァルダロスが、息子の呟きを聞き取って、ハルダロスの方を見る。
「どうした?」
「いえ……何でも、ないです」
ハルダロスは、実際、何も見ていなかったので、自信が無く誤魔化した。
アンダロスの犬耳は、飾りでは無かった。
獣化による人を越えた聴力によって、全て聞いていた。だがエレイナに気付かれたくなく、何も言わなかった。
四人は、月光樹の花の光の中を歩き、近くにあるハルダロスの定宿の温泉宿に来た。
アルの姿のアンダロスは、上着で犬耳と尻尾を隠していた。
女将が出迎える。
「伯爵様! 連日の御宿泊、ありがとうございます!」
ハルダロスが、父と兄を紹介しようとするが、
「えっと」
本当の事は言えないので、
「親戚の……叔父さんと、その息子だ」
「ヴァルです!」
「アルです……」
「まあまあ! 可愛らしい息子さんですね! お部屋はお二つで宜しいですか?」
皆、顔を見合わせる。
「うん。二つだ」
ハルダロスが答えた。
女将が応える。
「畏まりました。ではお部屋へご案内致しますね」
「ああ~! また負けたぁ!!」
ハルダロスが、天井を向いて嘆いた。
部屋は二つで、と言いながら、露天風呂でひとっ風呂浴びた四人は、ハルダロスとエレイナの部屋でカードゲームをしまくっている。連戦連敗しているハルダロスは、どうやらこの手の遊びに弱いらしい。
「あれ、旦那様……」
気が付くと、一抜けしていたアンダロスが、エレイナの太腿の上に頭を乗せて寝ていた。
エレイナの目が潤む。
「か」「可愛いなあ」
先に、義父に言われてしまった。
アンダロスは、耳も尻尾もぺろんと垂れて、安らかな寝息を立てていた。
「お義父様」
「うん」
「寂しかったですか」
ヴァルダロスが城から出て行ったのは、兄弟がまだ十歳にも満たない年だった筈だ。
「……出て行ってから、気が付いたよ。逃げるべきじゃなかった。こんな寂しい思いするんだったら。息子たちの成長も見守れないなら……。そう後悔した」
ハルダロスが、父たちの会話に気が付く。
「もう遅い」
「ハルダロス様」
「兄は、お前の為に子供をやり直している訳じゃない。呪いで子供の姿になってるんだ。これがもっと」
ハルダロスは、はっとなって言葉を止めた。
「もっと……?」
エレイナが訊く。
「……いや、何でもない」
「そうだな」
ヴァルダロスが、言った。
「俺は逃げた。俺が受けるべき呪いから」
「そうだ。その事実は変わらない」
エレイナは、お義父様が悪い訳じゃない、と思った。
旦那様の言う通り、こんな過酷な役目からは、誰でも逃げる。
カルヴァリオン家が、この役目から解き放たれれば、息子が親を責める様な事も言わずに済む。
アンダロス様も、自由になれる。
でも、どうしたら、いいんだろう。
エレイナの脳裏に、父、アセルの姿が浮かぶが、どうしても信用できない。
でも、他に頼れる者がいるか……
「そういえば、エレイナ」
義父の声がして、エレイナは、思考を止める。
「はい?」
「これを」
ヴァルダロスは、ポケットから指輪を取り出した。特別な装飾がある訳でもない、簡易な作りの金の指輪だった。
「王都の占い師のおばあさんから預かったんだ。あんたの息子の嫁に渡せって」
「王都の、占いのおばあさん……」
エレイナは、すぐにそれが誰のことか分かった。
――呪術市で会ったおばあさん!?――
ヴァルダロスは、
「必ず、その嫁の役に立つからって」
そう言って、エレイナに指輪を差し出した。
エレイナは、信じられない気持ちで指輪を受け取った。
「おばあさん……」
エレイナは、指輪を大切に両手で包み込むと、おばあさんに声を届けようとするかの様に額に当てた。
――ありがとう。おばあさん。大切にします――
「なんで、占い師の人が?」
ハルダロスが、疑問に思い訊いた。
ヴァルダロスは、たはは、と、苦笑いする。
「あちこち放浪して、結局この国に戻って来て、一度家に帰りたいなって。遠くから家族を見るだけでも出来ないかなって、思って町を歩いてたら、声かけられてさ。”帰りたいって思った時に、まだ帰れる場所があるんなら、遠慮すること無い”って」
それを聞いて、ハルダロスは、何も言えなかった。
エレイナは、自分の事の様に胸がいっぱいになる。
「おばあさんが、背中を押して下さったんですね」
見ていたかの様に、エレイナが言った。自分も背中を押してもらった。そう思っていた。
ヴァルダロスは、うん、と頷いて、微笑んだ。
「会えてよかったよ。エレイナ」
「私もです」
エレイナは、目に涙を一杯にためて微笑んだ。




