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捨てられ令嬢は、呪われ伯爵と幸せになる  作者: セイバン・キイタ
33/55

33.アンダロスの思い

 月光樹の咲く山を目指して、エレイナたちは馬に乗って、町の中を歩く。


 馴染みの粉屋のおばさんが声を掛けてくる。

「奥様、今日は何処へ?」

「お花見に行くんです!」

エレイナは、にこにこと答えた。

「ああ、いい頃合いだねぇ」

おばさんは、山の方を見た。

 町の向こうにある山の中腹が、花の色で白く染まっているのが見えた。

「気をつけてね。楽しんでおいでよ」

「はい!」

 

 家族とお花見なんて、私、初めて! 

「アル、楽しみだね」

エレイナが、自分の前に座っている犬耳をフードで隠したアルをのぞき込んで言った。

「うん」

アルが、何処か寂しそうに答えた。


「伯爵様! お花見ですかい」

食堂の店主が、伯爵の振りをしているハルダロスに声を掛けた。おかみさんが、パンとチーズの入った籠を差し入れてくれた。

「ありがとう。大事に頂くよ」

「お気をつけて!」


 先に城を出たヴァルダロスは、エレイナの前を悠然と一人で歩いている。町の人は、ヴァルダロスを知らないのか、誰も声を掛けない。アルの姿をした本物の伯爵アンダロスの目には、父の大きな背中が、寂しそうに見えた。

 アンダロス自身、大手を振って町を歩けない。フードを被って、犬耳を隠し、上着の裾で尻尾を隠さなければいけない。呪いで、こんな姿になった自分が真の伯爵と知られてはいけない。

 誰にも自分だと言えない、気付かれない寂しさ。

 ヴァルダロスの背中は、自分の背中だとアンダロスは思った。


 山道に入ると、そこかしこに月光樹の樹があり、小さな雪の様な花が枝にまとわりつく様に無数に咲き誇っていた。陽の下で見る月光樹の花は、名前の印象を裏切る様に、日の光を白く透かしていて美しかった。

「きれい……」

「な、来てよかったろ」

ヴァルダロスが後ろを振り返って言った。

「はい」

エレイナは、微笑んで答えた。

 ここまでくれば、大丈夫と判断し、アンダロスは、フードを取った。

 白い月光樹の花が、母の姿を蘇らせる。

 潤んだ目で花を見つめるアンダロスをエレイナは、見つめた。


 山の中腹にある開けた場所で、馬を止めた。


「ここでゆっくり花を見よう」

ヴァルダロスが、言った。

「食事にしましょう」

ハルダロスが、差し入れの籠を小さな岩の上に置いた。皆、その周りの小さな岩や草の上に座った。


「エレイナ」

アルの姿の夫アンダロスが、籠からチーズを取ってエレイナに差し出した。

 エレイナは、嬉しい。

「ありがとう……ございます」

エレイナは、受け取ろうとしたが、アンダロスは、すっとチーズを上に上げてかわす。

「口開けて」

「え、え」

エレイナは、顔を真っ赤にして口を開ける。

 アンダロスが、エレイナの口にチーズをそっと入れた。

「はぐ……おいひいれす」

はぐはぐとエレイナはチーズを食べた。


 アンダロスは、他愛も無いこの一時が幸せで、失いたくなくて、エレイナに抱き着いた。

「エレイナ。ずっと一緒にいたいよ」

「旦那様……」

エレイナは、小さな背中をそっと抱く。


 ヴァルダロスは、少し寂しそうに微笑んで、月光樹の花を見上げる。

「綺麗だなあ」


 ハルダロスは、父を見つめる。

「貴方は、どうして、逃げ出したんですか」

 ヴァルダロスは、花を見つめたまま、答えない。

「そのくせ、どうして戻って来たんです」

ハルダロスは、冷たく言った。追及を止められなくなった。

「貴方が逃げたせいで、母さんは当主にならざるを得なくなった。私たちは、まだ子供だったから」


 背中でハルダロスの言葉を聞いていたアンダロスの身体が、びくりと堅くなった。

 エレイナの耳にも、ハルダロスの言葉が入って来る。

「どういう事ですか……」

アンダロスを抱き締めたまま、エレイナが訊いた。

 ハルダロスは、感情の凍った顔で、エレイナを見る。

「この男は、当主になるのが嫌で、逃げたんだよ。当主になる為の儀式を受ける直前にね」

「えっ」

エレイナは、想像していなかった事実に、顔を強張らせる。


 ぎゅっと、アンダロスがエレイナを抱き締めた。


 ハルダロスは、力無くエレイナを見る。

「母は、表向き、当主の代わりを務める振りをして、実際には自分が当主になる儀式を受けて当主になったんだ。代理だからと言う建前で、自分は表に出ない様にして、人と会わなければいけない時は代わりの者を立てた」

 

 呪いを受け続け、獣化が始まると、別棟の今はアンダロスが使っているあの小さな部屋にこもった。


 アンダロスは、母の最期の姿を見た。


 まともな死に方は許されない。だが、逃げることは出来ない。母は、子供だった自分を守る為に当主になったのだから。

 アンダロスは、そう思っている。


 アンダロスは、ゆっくりとエレイナから離れると、父を振り返った。


「逃げたのは、当然と思う」

「兄上」

ハルダロスが、驚いて声を上げる。

「許すんですか」

「俺だって、逃げていたかもしれない」

「兄上……」

ハルダロスは、それきり黙り込んだ。


「何処でどうしてたの」

アンダロスが、父に訊いた。

 ヴァルダロスは、傾いて来た日の光を浴びて、灰色の瞳を潤ませる。

「そう、俺は逃げ出した。ご先祖様みたいに、あちこち放浪したよ。それである時ふと思った。今更、俺は家には帰れない。家族の為に何もしてやれない。でも、もし呪いを掛けている奴が分かれば、家族を助けられるんじゃないか」

 エレイナと、ハルダロスは、驚いて目を見開いた。

 ハルダロスが訊く。

「それで、どうしたんです?!」

「ははは! もう全然分からなかったよ!」

ヴァルダロスは、あっけらかんと笑って言った。


 ハルダロスは、目に見えて、肩を落とした。


「分からなくて、当たり前だよ」

アンダロスが、当然の様に言った。

 エレイナも、正直そう思った。呪術家の娘であるエレイナは、その掟を嫌と言うほど父に聞かされた。

「王家を呪う様な裏の呪術師は、何処で誰に呪いを掛けているか、絶対に明かすことはありません。自分と、依頼主の命を守る為に、絶対分からないようにします」


 アンダロスは、エレイナの言葉に小さく頷いた。

「そうだよ。少なくとも、普通の人には探せないよ」


 呪いで王家を攻撃すると言うのは、行ってみれば、これは戦争である。

 武器や兵士を用いない、呪術による、戦争。

 である以上、反撃に遭わない様に自分の正体を隠すのは必然だ。

 攻撃を受ける側は、相手が誰かを知らないので、反撃出来ず、受け続けるしかない。


「すまない」

ヴァルダロスが、兄弟に頭を下げた。

「役立たずな父親で、すまねえ」


 アンダロスは、ヴァルダロスに歩み寄ると、父の膝に自分の小さな手を置いた。

 ヴァルダロスは、アンダロスを見た。

「アンダロス……」

「もう、いいんだよ、父さん」


 ヴァルダロスは、瞳を潤ませる。

「お前……むちゃ可愛いな!」

「へ?」

目が点になるアンダロスに、父ヴァルダロスは、勢い良く抱き着いた。

「ぐほおっ!」

あまりの勢いにアンダロスが呻き声を上げた。


 唖然となる、エレイナとハルダロス。

 

「可愛いぞ! 愛してるぞ! 息子よぉ!!」

「ぐ、ぐるじ……」


 エレイナは、思った。

 同感です。

 

と。


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