32.お義父様と、お花見
義父ヴァルダロスの演奏が終わった。
エレイナとヴァルダロスのいる応接室は、先程まで弦楽器の深い響きで満たされていたが、一転して、しんと静まった。
エレイナは、感情をかき乱され、何と言って良いか分からない。
義父の奏でる弦楽器の音色が、エレイナには、まるで悲鳴の様に聞こえた。
ヴァルダロスの孤独が伝わる様で、切なかった。
ヴァルダロスは、肩から楽器を下ろすと、それをソファテーブルにそっと置いた。
「久々に弾いた。だいぶなまってたな」
ヴァルダロスが、ぼそりと呟いてエレイナと対面のソファに座った。
エレイナが、目を輝かす。
「とても素晴らしかったです。いつから弾かれているのですか」
「あの犬耳の子供、あの子より少し大きくなった位の頃かな」
「そんなに小さい頃から……」
「先祖は放浪の民だったそうだ。何処にも受け入れてもらえない孤独と悲しみを皆と奏で歌うことで乗り越えていたそうだ」
「そうなんですね……」
「それが縁あってこの辺りの貴族に仕えて騎士になった。戦争で手柄を立て、王家に取り立てられ、役目を頂くに至った……」
「カルヴァリオン家には、そんな歴史があるんですね……」
エレイナが、言った。
しん。
ヴァルダロスは、何か考え込む様に黙り込んだ。
返しを待っていたエレイナは、あれ?となって、会話のきっかけを失ってしまう。
――ど、どうしよう。お義父様とお話したいと思っていたのに、どんな話をしたらいいのか分からない――
エレイナは、あてもなく口を開く。
「あのっ」
「エレイナ!」
急にヴァルダロスが、立ち上がった。
「は、はい!」
エレイナは、義父を見上げる。
ヴァルダロスは、両腕を広げると、
「花見に行こう!!」
と、言った。
エレイナは、驚く。
「は、花見?」
「そうだ、花見だ!! エレイナ!!」
ヴァルダロスは、笑顔で右手を差し出した。
エレイナは、笑顔でその手を取った。
馬小屋で馬の準備をしていると、アルの姿の夫アンダロスと伯爵の振りをしている義弟ハルダロスが駆け付けて来た。
「エレイナを何処に連れて行く気ですか!?」
ハルダロスが怒鳴った。
「馬の前で怒鳴るなよ」
ヴァルダロスが窘めると、
「この位で驚く馬はいません」
ハルダロスは、むきになって答えた。
ヴァルダロスは、困った様に苦笑する。だが次の瞬間には満面の笑顔になる。
「お前らも来るか。花見に行くんだよ」
「花見……」
アンダロスが、はっとなる。
蘇る、記憶。
白い光を放つ無数の小さな花の下で、笑顔を見せる母の姿。
家族で来た、最後の花見。
アンダロスは、ヴァルダロスを見上げる。
ヴァルダロスは、微笑む。
「さあ、行くか」
ヴァルダロスは、さっと馬に乗ると、進みだす。
エレイナは、しゃがんで、アルの目線になる。
「行きましょう。旦那様」
そっと、囁いた。
アルは、困った様に微笑む。うん、と頷いた。
「私と一緒に乗りますか」
「うん」
先にエレイナが馬に乗り、ハルダロスが、アルを抱えようとした。
「耳が……」
アルが、たじろいでいると、アネルスがフードの付いた上着を持って来た。
「これを」
「ありがとう」
アルは、上着を羽織って、フードを被った。犬耳と尻尾がいい具合に隠れた。
ハルダロスはエレイナの前にアルを乗せた。
エレイナの前にすっぽりと収まったアルは、頬を赤らめてエレイナを見上げる。
エレイナも、嬉しそうに微笑む。
ああ、アルの姿の旦那様、やっぱり可愛い!!
エレイナは、久しぶりにアルを見て見悶えた。
――この所、旦那様とゆっくりと過ごせていなかったから、なんだかもう、これだけで幸せ――
「旦那様、先に行きますね」
エレイナが、ハルダロスに言った。
「うん、付いて行くよ」
ハルダロスが、答えた。
「行きますよ」
エレイナは、馴染みの黒馬と、アルと共に歩き出す。
思い出の、月光樹の白い花が咲く山へ目指して、進む。




