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捨てられ令嬢は、呪われ伯爵と幸せになる  作者: セイバン・キイタ
28/55

28.旦那様とお泊り、再び……(後編)

 温泉宿に泊まったエレイナと、ハルダロスと、アネルス。

 エレイナとハルダロスは、偽物の夫婦だが、夫婦の振りはしないといけない。

 ひとつの部屋で、二人きり。

 ハルダロスは、不敵に微笑み、

「きっと忘れられない夜になるよ」と言うのだった……



 かっぽーん……。


 夕食を終え、エレイナは、露天風呂に入った。

「はあ~、気持ちいい」

思わず幸福な溜息が漏れる。

 

 ここのお風呂は、王都の宿の大浴場と違い、完全に外にある。

 自然の岩を組み上げて作られた湯舟は、大浴場よりは断然小さい。

 しかし、今、露天風呂にはエレイナしかおらず、ゆったりとつかれた。

 露天風呂の周りには、装飾用の岩が数個置かれ、外周は竹の柵で囲われていた。

 頭上には満点の星空。

「きれい……」

幸せだ。エレイナは、思った。そして、城にいる本物の夫、アンダロスを思い浮かべた。

 

 ――旦那様、今頃どうしているだろう――


 エレイナは、宿の女将に、手紙を城に届けてもらうよう手配していた。

 今夜は帰れない事を伝える手紙である。


 ――そろそろ届くと思うけど……帰れなくてごめんなさい――


 ふと、義弟ハルダロスの姿が、蘇る。

 

 ハルダロスは、エレイナを見つめ、

「きっと忘れられない夜になるよ」

そう言った。

 そして、ふと思い出したように、仕事の話があるんだった、と、隣のアネルスの部屋に行ってしまった。

「はへえ~」

エレイナは、力が抜けた様に、膝から崩れ落ちた。

「びっくりしたようぅ」

 もしや貞操を奪われるのではと思っていたエレイナは、心底ほっとする。


 ――よく考えたら、あの優しいハルダロス様が、私を襲うなんて無いわよね。私ったら、ハルダロス様に対して失礼な妄想を――

 

 それから三人は、食堂で夕食を共にした。

 夕食は、猪肉と焼き魚が美味しかった。

 

 夕食後は、楽しみにしていた露天風呂へ。

 露天風呂は男女別で、今頃男湯にはハルダロスとアネルスが入っている筈だ。


 忘れられないって言うのは、きっとこの宿が素敵だって事よね。夕食は美味しかったし、温泉も気持ち良いし。本当に忘れられない夜になるわ。


 エレイナは、ほのぼのと、そう思った。


 

 

 かっぽーん……。


 洗い場で身体を洗ったハルダロスとアネルスは、外の露天風呂に出て来た。

 お湯に足先を付けると、なかなかの熱さだった。

 ゆっくりと、身体を沈める。

 アネルスは、気持ち良さそうに両腕を広げて、湯舟の淵の岩の上に肘を乗せる。

「疲れが取れますねぇ」


 ハルダロスは、片肘だけを岩の上に置いて苦笑を浮かべた。

「そうだな」

そう言って、顔をよそへ向ける。


 アネルスは、主の心情を察する。

「後で、仕事のご相談があるのですが」

 ハルダロスは、ほっとした様な顔をアネルスに見せた。

「うん、行くよ」

 それきり、二人は黙って温泉につかった。


 

 脱衣所に用意されていた柄のあるローブ(浴衣)を着て出て行くと、女将が特別な飲み物を用意したと持って来た。

 小さな瓶に入った白い液体。

「牛の乳です」

「牛の乳?」

「そうです、そうです。腰に手を当てて、ぐいっと飲むんです。今、それが流行ってるんですよ」

「はあ」

ハルダロスとアネルスは、勧められるがままに腰に手を当て、牛の乳をぐいっと飲む。

 んごきゅ、んごきゅ、んごきゅ……

「ぷはーッ! うまいッ!」

アネルスが、豪快な声を上げた。

「よっ! 良い飲みっぷりだね!」

女将が、はやし立てた。


 ハルダロスも、飲み干した。

「なんか、良く分からんが、美味い気がする」

「よっ! 旦那さんも良い飲みっぷりでしたよ!」

女将が、はやし立てた。

 

「旦那様」

女湯から、浴衣姿のエレイナが出て来た。長い髪を頭の後ろでまとめているが、濡れた一房が顔に垂れていた。


 ぐふっ!


 ハルダロスの内に、これ以上ない動揺が走る。


「何してるんですか?」

不思議そうなエレイナに、女将は、すかさず牛の乳の入った瓶を渡す。

「こうです、こう!」

飲み姿勢を伝授され、エレイナは、腰に手を当てて牛の乳を飲む。

 ごきゅ。ごきゅ。ごきゅ……

「ぷはっ!」

エレイナは、目を輝かせる。

「何だか、普段飲む牛の乳と全然違って、すごく美味しいです!」

「でしょでしょ! さっすが奥様! お目が高い!」

女将が、はやし立てた。


「部屋に戻ろうか」

何事も無かった様に、ハルダロスが言う。

「ふあい!」

エレイナが、ふにゃふにゃした声で答えた。

「エレイナ?」

「なんでしゅか?」

また、ふにゃふにゃして答えた。

 ハルダロスは、まじまじとエレイナを見た。よく見れば、目がとろんとしている。顔も赤いが、これは温泉のせいなのか。

「どうした……大丈夫か」

「だいじょーぶでしゅ! ヒックッ」

 アネルスも、おかしいと思う。

「奥様、もしかして酔ってます?」

「え?! まさか、牛の乳で酔ったんですか?!」

女将が、顔を青くした。

 エレイナは、にこにこして手を左右に振る。

「へへっ、んにゃわけないぢゃないでしゅうぅ」

言っている途中で、脚の力が抜け、崩れ落ちそうになる。

「エレイナ!」

それをハルダロスが、エレイナの身体を抱き留め、支えた。

「だ、だいじょぶでしゅ」

そう言いながら、エレイナは、息苦しさから、ハルダロスにしがみついた。

「全く、何をやっているんだ」

ハルダロスは、誰にぶつけるともなく苛立ち混じりに呟くと、エレイナをお姫様抱っこした。


 

 アネルスが部屋の扉を開け、ハルダロスが、エレイナを抱えて中へ入った。

 部屋には、既に布団が二組用意されていた。

 1つにエレイナを寝かせる。

「だんなしゃま……」

寝言なのか、エレイナが、小さく呟いた。エレイナは、呼吸が辛くて目を閉じている。寝ているかどうか良く分からない。

 へにょへにょの顔で顔を赤くして、息苦しそうにしているエレイナを見て、ハルダロスもまた、困った様に顔を赤くする。

「はるだろすさま。ありがとござ……」

エレイナが、ふにゃふにゃと呟いた。


 ハルダロスは、首をのけぞって悶えた。


 何だよお前!! 何でそんなに可愛んだよ!!

 ちくしょー!!


 アネルスの部屋に、ハルダロスが逃げ込む様に入って来た。

「お疲れ様です」

「疲れてねーよ!!」

ハルダロスは、思わず噛み付いた。

 アネルスが、なだめる様に言う。

「酒でも飲みますか」

「……うん」


 

「おれあもう、ダメだあ」

麦酒で酔ったハルダロスが、泣き言を言った。

「そうですね」

アネルスが、優しく相槌をうった。

「おれは、兄上の事を尊敬してるんだ」

「はい」

「だから、兄上の振りをするのは、好きでやってるんだ」

「そうですね」

「けど……」

「はい」

ぐすっと鼻をすするハルダロス。

「おらあ、もう、だめだぁ」

あああ、と、テーブルに突っ伏した。

「そうですか」

 一瞬、沈黙があり、ハルダロスが、がばりと顔を起こした。

「おまえ、ちゃんと聞いてるか!?」

 アネルスは、落ち着いている。

「聞いてますよ。もう、だめなんでしょ」

ハルダロスが、泣き顔になる。

「そおいう訳にはいかねえだろうがよぉ」

「そうですね」

「おまえ、聞いてるか?!」

「聞いてます。どうしますかね」

 ハルダロスは、静かに俯く。

「兄上の呪いをどうにかしないと……」

「そうですね……」

 ハルダロスが、がばっと天井に顔を向ける。

「俺の方がどうにかなっちまうよ!!」

 アネルスが、気の毒そうに苦笑を浮かべる。

「そうですね」

「おまえ、聞いてるか」

「聞いてます。好きなんでしょ、エレイナ様を」


 ハルダロスは、全ての感情が抜けきった様な、無感情な顔になると、ぐったりとテーブルにうつ伏せになった。

「もう無理だよ、おれ……」

ハルダロスは、力無く、呟いた。

 アネルスが、申し訳なさそうに微笑む。

「こればっかりは、私は、お力に成れそうにありません」

 ハルダロスは、部下の気遣いに、小さく微笑んだ。

 

 ハルダロスは、兄とエレイナの姿を思い浮かべる。

 ハルダロスは、兄もエレイナも失いたくなかった。

 だが、エレイナは、諦めなければならない。


「全部片付いたら、誰か紹介してくれ」

ハルダロスが、呟いた。

 アネルスは、はい、と答えた。


 ハルダロスは、あと何杯か麦酒を飲んで、やっと、眠りについた。


 空が次第に白く明るくなるのより、少し前の事だった。



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