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捨てられ令嬢は、呪われ伯爵と幸せになる  作者: セイバン・キイタ
27/55

27.旦那様とお泊り、再び……

 エレイナは、野盗三人組に焼き菓子を持って行くと約束していた。


 だが、三人組は、既に姿を消していた。


 夕刻。


 ひとしきり泣いて、落ち着いたエレイナは、

「帰ろう」

と、ぽつりと呟いて、馬に乗った。


 ぽくぽくと、一人、道を歩いていると、

「エレイナ?」

と、少し距離のある所から聞き慣れた声が聞こえた。

「ほえ?」

今その声を聞けると思っていないエレイナは、驚きのあまり変な声を出してしまう。


 エレイナは、馬を止め、後ろを振り返った。


「エレイナ!」「奥様!」


伯爵――の振りをしている義弟ハルダロスと、部下のアネルスが道の少し後ろにいた。二人は、国王の別荘地で行われていた狩猟大会が終って帰る途中、エレイナと出くわしたのだ。


 明るい笑顔を見せる二人は、エレイナに追いつこうと馬を速歩にした。


 エレイナは、ほっとして思わず涙ぐんだ。

 だ、だめだ。ここで泣いたら、心配させてしまう。

 エレイナは、必死で目を見開いて、涙を乾かそうとする。


 ハルダロスが、エレイナの馬の傍で、馬の脚をゆっくりと止めた。

「エレイナ。ただいま。……どうした?」

ハルダロスが、ぐわっと目を見開いているエレイナを見て、戸惑う。

 エレイナは、ぎんぎんに目を見開いた状態で、

「何でもないです!」

と、答える。

「奥様、どうしてこんな所に?」

後ろに控えていたアネルスが、不思議そうに訊いた。

 何の答えも用意出来ていないエレイナは、

「へ? あ、あ、えと、散歩です!」

と、元気よく答えた。

「散歩……ですか」

「はい! 散歩です!」

エレイナは、笑顔で応えた。


 散歩にしては遠出過ぎる、と思いながらも追及する立場にないアネルスは、それで納得した。


 ハルダロスは、エレイナが馬の背に乗せている麻袋に気が付く。両手を広げた時に上にすっぽり乗る位の大きさの袋で、中には何か小さいものが沢山入っている様に見えた。

「それは?」

「え?」

エレイナは、袋を見た。三人組に渡せなかった焼き菓子が入っていた。

 エレイナの顔が、ずーんと暗くなる。

 

 ハルダロスは、しまったと思いながら、元気付けようとして、エレイナに微笑み掛けた。

「こうして帰りが一緒になるなんて、嬉しいよ。ゆっくり帰ろう」


 エレイナの顔が、ぱあっと明るくなり笑顔が浮かんだ。

「はいっ!」


 三人は、馬でゆっくりと帰路を歩いた。


 ゆっくりだった為、夜までに城に帰れない見込みだった。


 なので、城下の町より少し離れた所にある、山の中の温泉宿に一泊することにした。ハルダロスたちは、狩猟大会の前日にもここで一泊していた。


「伯爵様、ようこそおいで下さいました」

宿の女将が、笑顔で出迎えてくれた。

「今夜もよろしく頼むよ」

「はい。喜んで」

女将は、傍らにいるエレイナの姿を目に留める。

「こちらの方は」

「妻だよ」

「エレイナです。いつも夫がお世話になっております」

エレイナが、丁寧に一礼した。

 女将は、目を輝かせる。

「まあ! まあまあ! これはこれは! 可愛らしい奥様! 伯爵様も隅に置けませんね! このこのおっ!」

女将が、ぐいぐいと肘で押してくる。

「女将……」

ハルダロスは、宿は気に入っていたが、女将のこのノリにはいつも付いて行けない。

 

「失礼を。ほほほほ。今、お部屋に御案内致しますね」

係の者が荷物を持って部屋へと案内した。

 ハルダロスは、ここを定宿にしている為、常に部下の分と二つの部屋が用意されていた。


 アネルスは、1つ隣の部屋に入った。


「どうぞ」

係の者が、扉を開け、中を手で示した。

 エレイナは、部屋に入る。

 上がり口があって、靴をそこで脱ぐようになっていた。

 以前、ハルダロスと泊まった場所とは違い、この部屋は、広い畳の部屋だった。

 まるで香を焚いているかの様に、爽やかな、草の香りがする。

 部屋の四方は、壁に備え付けの燭台に火が灯り、ほのかに部屋を照らしている。

 部屋の中程には、既に一人用の布団が一組敷かれていた。

 

 荷物を部屋の片隅に置いて、係の者が尋ねる。

「奥様のお布団は、どうしましょうか。もう一組出しますか? それとも二人用に差し替えますか?」


 エレイナは、どきりとした。


 エレイナとハルダロスは、本物の夫婦ではない。本物の夫は、呪いの影響で犬耳の子供の姿になっているアンダロスだ。エレイナが、焼き菓子の約束を果たす為に、快く送り出してくれた。今も帰りを待っているだろう。


 夫には秘密があり、その秘密を守る為には、ハルダロスと夫婦の芝居をしなければならない。

 しかし、ハルダロスは、本当の夫では無いので、一緒に寝る訳にはいかない。


 一体、どうしたら……



「布団は、もう一組、用意してもらえるかな」

ハルダロスが、当然の様に答えた。

 それを聞いて、エレイナは、小さくほっと息をついた。


 係の者は、何事も無かった様に応える。

「畏まりました。先にお食事にされますか」

「うん。温泉は、その後に入ろうかな」

「畏まりました。ではお食事の用意が出来るまでお寛ぎください。お布団は、後ほど御用意致しますね」

「うん、頼むよ」

「はい。では、失礼致します」

係の者は、一礼して出て行った。


 エレイナは、ハルダロスを見る。

 ハルダロスは、穏やかに微笑む。

「彼らは、口が堅いから、無理して布団を一つにしなくても大丈夫ですよ」

「そ、そうですか……」

「夫婦仲が悪いとは思われるかも知れませんが」

「あぁ、……何だかすみません」

エレイナは、何故か思わず謝った。

 ハルダロスが、困った様に微笑む。

「どうして義姉(あね)上が謝るのですか。謝罪が必要なのは、こちらの方なのに」

「え……で、でも」


 戸惑うエレイナに、ハルダロスが、歩み寄った。

 ハルダロスは、揺らめく瞳で、じっとエレイナを見つめてくる。


 エレイナは、目が点になる。


 あれ?

 何でしょ、この空気……?

 えっと……え?

「ハルダロス様……?」


 エレイナの全身から、どっと汗が噴き出す。


 ――も、もしや、よ、よ、良からぬ事をお、おか、お考えにいいいぃい?!――


 ハルダロスは、エレイナの内心を弄ぶ様に、不敵に微笑む。

「きっと忘れられない夜になるよ」


ハルダロスが、そう言った。




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