27.旦那様とお泊り、再び……
エレイナは、野盗三人組に焼き菓子を持って行くと約束していた。
だが、三人組は、既に姿を消していた。
夕刻。
ひとしきり泣いて、落ち着いたエレイナは、
「帰ろう」
と、ぽつりと呟いて、馬に乗った。
ぽくぽくと、一人、道を歩いていると、
「エレイナ?」
と、少し距離のある所から聞き慣れた声が聞こえた。
「ほえ?」
今その声を聞けると思っていないエレイナは、驚きのあまり変な声を出してしまう。
エレイナは、馬を止め、後ろを振り返った。
「エレイナ!」「奥様!」
伯爵――の振りをしている義弟ハルダロスと、部下のアネルスが道の少し後ろにいた。二人は、国王の別荘地で行われていた狩猟大会が終って帰る途中、エレイナと出くわしたのだ。
明るい笑顔を見せる二人は、エレイナに追いつこうと馬を速歩にした。
エレイナは、ほっとして思わず涙ぐんだ。
だ、だめだ。ここで泣いたら、心配させてしまう。
エレイナは、必死で目を見開いて、涙を乾かそうとする。
ハルダロスが、エレイナの馬の傍で、馬の脚をゆっくりと止めた。
「エレイナ。ただいま。……どうした?」
ハルダロスが、ぐわっと目を見開いているエレイナを見て、戸惑う。
エレイナは、ぎんぎんに目を見開いた状態で、
「何でもないです!」
と、答える。
「奥様、どうしてこんな所に?」
後ろに控えていたアネルスが、不思議そうに訊いた。
何の答えも用意出来ていないエレイナは、
「へ? あ、あ、えと、散歩です!」
と、元気よく答えた。
「散歩……ですか」
「はい! 散歩です!」
エレイナは、笑顔で応えた。
散歩にしては遠出過ぎる、と思いながらも追及する立場にないアネルスは、それで納得した。
ハルダロスは、エレイナが馬の背に乗せている麻袋に気が付く。両手を広げた時に上にすっぽり乗る位の大きさの袋で、中には何か小さいものが沢山入っている様に見えた。
「それは?」
「え?」
エレイナは、袋を見た。三人組に渡せなかった焼き菓子が入っていた。
エレイナの顔が、ずーんと暗くなる。
ハルダロスは、しまったと思いながら、元気付けようとして、エレイナに微笑み掛けた。
「こうして帰りが一緒になるなんて、嬉しいよ。ゆっくり帰ろう」
エレイナの顔が、ぱあっと明るくなり笑顔が浮かんだ。
「はいっ!」
三人は、馬でゆっくりと帰路を歩いた。
ゆっくりだった為、夜までに城に帰れない見込みだった。
なので、城下の町より少し離れた所にある、山の中の温泉宿に一泊することにした。ハルダロスたちは、狩猟大会の前日にもここで一泊していた。
「伯爵様、ようこそおいで下さいました」
宿の女将が、笑顔で出迎えてくれた。
「今夜もよろしく頼むよ」
「はい。喜んで」
女将は、傍らにいるエレイナの姿を目に留める。
「こちらの方は」
「妻だよ」
「エレイナです。いつも夫がお世話になっております」
エレイナが、丁寧に一礼した。
女将は、目を輝かせる。
「まあ! まあまあ! これはこれは! 可愛らしい奥様! 伯爵様も隅に置けませんね! このこのおっ!」
女将が、ぐいぐいと肘で押してくる。
「女将……」
ハルダロスは、宿は気に入っていたが、女将のこのノリにはいつも付いて行けない。
「失礼を。ほほほほ。今、お部屋に御案内致しますね」
係の者が荷物を持って部屋へと案内した。
ハルダロスは、ここを定宿にしている為、常に部下の分と二つの部屋が用意されていた。
アネルスは、1つ隣の部屋に入った。
「どうぞ」
係の者が、扉を開け、中を手で示した。
エレイナは、部屋に入る。
上がり口があって、靴をそこで脱ぐようになっていた。
以前、ハルダロスと泊まった場所とは違い、この部屋は、広い畳の部屋だった。
まるで香を焚いているかの様に、爽やかな、草の香りがする。
部屋の四方は、壁に備え付けの燭台に火が灯り、ほのかに部屋を照らしている。
部屋の中程には、既に一人用の布団が一組敷かれていた。
荷物を部屋の片隅に置いて、係の者が尋ねる。
「奥様のお布団は、どうしましょうか。もう一組出しますか? それとも二人用に差し替えますか?」
エレイナは、どきりとした。
エレイナとハルダロスは、本物の夫婦ではない。本物の夫は、呪いの影響で犬耳の子供の姿になっているアンダロスだ。エレイナが、焼き菓子の約束を果たす為に、快く送り出してくれた。今も帰りを待っているだろう。
夫には秘密があり、その秘密を守る為には、ハルダロスと夫婦の芝居をしなければならない。
しかし、ハルダロスは、本当の夫では無いので、一緒に寝る訳にはいかない。
一体、どうしたら……
「布団は、もう一組、用意してもらえるかな」
ハルダロスが、当然の様に答えた。
それを聞いて、エレイナは、小さくほっと息をついた。
係の者は、何事も無かった様に応える。
「畏まりました。先にお食事にされますか」
「うん。温泉は、その後に入ろうかな」
「畏まりました。ではお食事の用意が出来るまでお寛ぎください。お布団は、後ほど御用意致しますね」
「うん、頼むよ」
「はい。では、失礼致します」
係の者は、一礼して出て行った。
エレイナは、ハルダロスを見る。
ハルダロスは、穏やかに微笑む。
「彼らは、口が堅いから、無理して布団を一つにしなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうですか……」
「夫婦仲が悪いとは思われるかも知れませんが」
「あぁ、……何だかすみません」
エレイナは、何故か思わず謝った。
ハルダロスが、困った様に微笑む。
「どうして義姉上が謝るのですか。謝罪が必要なのは、こちらの方なのに」
「え……で、でも」
戸惑うエレイナに、ハルダロスが、歩み寄った。
ハルダロスは、揺らめく瞳で、じっとエレイナを見つめてくる。
エレイナは、目が点になる。
あれ?
何でしょ、この空気……?
えっと……え?
「ハルダロス様……?」
エレイナの全身から、どっと汗が噴き出す。
――も、もしや、よ、よ、良からぬ事をお、おか、お考えにいいいぃい?!――
ハルダロスは、エレイナの内心を弄ぶ様に、不敵に微笑む。
「きっと忘れられない夜になるよ」
ハルダロスが、そう言った。




