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捨てられ令嬢は、呪われ伯爵と幸せになる  作者: セイバン・キイタ
25/55

25.焼き菓子の約束

 夕刻前。


 野盗三人組の隠れ家に、ボラが帰って来た。


「話付けて来ましたよ」

帰るなり、ボラが言った。


 野盗三人組は、エレイナに話を聞かれない様、林の中へ入っていく。

 既に拘束を解かれていたエレイナは、大人しく小屋の中で待った。

 

 ボラは、雇い主のヘレナと話した内容をボムとボロに話して聞かせた。


「じゃ、殺さなくていいんか!」

親分ボムが、嬉しそうに言った。殺しの仕事を請け負った割には最初から殺す気が余りなかった。


 ヘレナは、呪術系の人脈はそこそこあったものの、直接殺しを頼める様なツテが無かった。その為、そうとは気付かず微妙な三人組を雇ってしまっていたのだった。


「良かったですね、親分。もういっそのこと、あの人と結婚しちゃえば」

「ば、馬鹿言うなよぉ、お前ぁ!」

親分が、照れ隠しに、平手で勢い良くボロの背中を叩いた。

「ぐふっげほっ!」

ボロが、無茶苦茶むせた。

 ボラは、黙っていた。


 ボラは、狩猟大会の観覧客用の食べ物を差し入れてくれたヘレナに、エレイナが既婚者であると聞いたのだった。

「相手はギエナ領伯アンダロスの妻よ。全て忘れなさい」

 ヘレナは、今後、エレイナと関りを持とうとしない様に予防線を張るつもりで言った。

 だが、ボラは、この事は言わずに置こうと思った。


 やがて、三人が小屋に戻って来る。

「あんた、帰っていいよ」

親分が、言った。

 エレイナは、驚く。

「いいのですか?」

「もう、あんたはお役御免だ」

 エレイナは、”もう不要”と言われて、複雑な気持ちになった。


 ――帰っていいと言われて嬉しい筈なのに、何だか寂しい――


「あの、焼き菓子、本当に今度、持ってきますね」

エレイナが、言った。

 親分が、微笑んだ。

「無理せんでいいですよ。俺たちゃ、お尋ね者の流れ者ですから」

「親分……」

ボロとボラが、親分を見た。


 エレイナは、良く分からないまま涙ぐむ。

「では……では、餞別に持ってきます」

 親分は、驚いて、苦笑を浮かべた。

「そこまでおっしゃるなら、是非」


 エレイナは、ほっとした様に微笑んだ。

 

 ――私、侍女のリーナや旦那様や家族以外の誰かに何かするの、初めてかも知れない……――


 いつまでも呪力を目覚めさせる事が出来ず、父に見放され、家族にのけ者にされたエレイナは、いつしか自分を価値ある者と思えなくなった。

 自分は不要な人間だから、と思う事でしか、周りからの言葉の凶器で切りつけられる痛みに耐える事が出来なかった。自分を不要と思っている人間には友達も、想い人も、恋人も、作れない。


 自分が他者の為に、出来ることがあるのだ、と思えない。


 ――きっと、私の、初めての、友達……――


「親分さん、必ず持ってきますね」

「ありがとうございやす」

「いつ、出て行かれますか?」


 親分は、ボラとボロを見た。

 ボラが、呟く。

「明日、金を貰ってから……」

 ボロが、心配そうに親分を見る。

 親分ボムは、

「明後日の夕刻に」

と、答えた。


「明後日の夕刻……」

エレイナは、呟いた。今から徒歩で帰るとして、かなりギリギリになると予想出来た。

「必ず間に合わせます。きっと持って来ます! だから」

「だから……?」

思わず、親分が訊き返した。


 エレイナは、涙目で言う。

「だから、勝手に行かないで下さいね」

「ねえさん……」

親分は、思わず呟いた。

 親分は、ふいに、別れてそれっきりになっていた恋人の事を思い出した。


 嫌いで別れた訳じゃなかった。

 戦争で、死ぬかもしれないのに、待っていてくれとは言えなかった。

 まさか、何年も経って、こんな気持ちになるとは……


「待ってますよ」

親分は、そう言った。

「はい! では明後日!」

エレイナは、駆け出した。少しでも早く帰って、間に合わせたい気持ちが、エレイナを走らせた。

「ねえさん! 気を付けてな! 無理せんで下さいよ!」

親分が、声を掛けた。

「はあい!」

走りながら、エレイナが答えた。


 エレイナの姿が見えなくなって。

 ボラが、親分を見た。

「本当に、待つ気がありますか?」

ボラは、親分が嘘をついたんじゃないかと思った。

「え?」

ボロが、親分を見た。

 親分は、何も言わない。


 親分の中に、エレイナを待ちたい気持ちは確かにあった。


 だが、仕事が終れば、長居は無用。さっさと移動した方が身の為だ。

 それに、野盗と知り合いになって、あの人に得があるか?

 きっと、あの人の迷惑になるだけだ。

 こちとら、脱走兵崩れの野盗だからな……

 

 親分は、そう思い、顔を空に向けた。

 空は、薄暗く、雲は茜色に染まっていた。


「シラけちまったな。俺ぁ、もう寝るわ」

親分は、そう言って、小屋の中に入った。

 ボラとボロも、小屋に入った。



 夕日が、山の稜線に沈みかけていた。


 

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