23.ヘレナ、婚約?
国王の別荘地では、狩猟大会が催されていた。
大会四日目となるこの日。
ヘレナが国王の別荘の城にやって来た。
「お父様」
「うむ」
先に来ていた父アセルと落ち合うヘレナ。ヘレナも観覧客として国王に招待されていた。
「おお。ヘレナ! 良く来た!」
国王が、ヘレナを出迎えた。
他の招待客が、感嘆の声を上げる。
「さすが、一、二を争う呪術師の家の後継者ですわね。お姿もお美しい」
「お父上に似て、既に風格が漂っておられる」
「将来が楽しみですわね」
父アセルは、悠然と微笑みを浮かべる。
「娘は、若く、まだ未熟者。これからですよ」
そう言いつつ、内心ハナタカだった。
「ヘレナに息子を紹介したい。こっちだよ」
国王が、ヘレナを別室へ案内する。父アセルは、それを微笑んで見送る。
「え? ご子息ですか?」
ヘレナは、戸惑いつつ、内心で叫ぶ。
うそ!? 息子?! 陛下の息子ですって?!
それって!! それって!!
玉の輿?! 政略結婚!! 大出世!!
ヘレナの期待は一気に膨らむ。
とある部屋の前で国王が足を止めた。
侍従二人が扉を左右に開く。
キイィ。
一瞬、輝かしい未来の光がヘレナの目をくらませた。
微笑むヘレナ。
が。
ヘレナの顔は、一転して、魂を吸い取られたような、燃え尽きた顔になる。
「コーデリオス!」
王にそう呼ばれた人物は、ゆっくりと振り返った。
全身鎖帷子を着てその上から白い貫頭衣を着た、古い時代の騎士の格好をしたその人物は、頭には目の部分しか開いていない兜をかぶっている為、顔が分からなかった。
兎に角、ヘレナの目には、田舎臭く、あほっぽく見えた。
「父上」
くぐもった声で、コーデリオスが応えた。
父王が顔を歪める。
「お前、何をしておる。なんだその恰好は?!」
「何って、観覧の準備です。流れ矢が当たったら痛いでしょ」
「観覧席に飛んでくる訳なかろう! 大体、お前の席は一番上ではないか!」
「え、でも念の為」
「全く、狩りに参加するどころか……お前と言う奴は」
「用意周到」
「臆病者だ! やがては軍の将たる立場に立つと言うのに、何だその様は」
「ぼかあ、血生臭いのが駄目でしてぇ……」
「そうであろうな! いいからお前、兜くらい取らんか! 客人の前だぞ」
国王は、誤魔化す様な微笑みを浮かべてヘレナを見る。しかし、ヘレナの答えは既に決まっていた。
ヘレナは、何事も無かった様に、ゆったりと微笑む。
「陛下、私、急用を思い出しましたので、これにて失礼致します」
「あ、いや、ヘレナ」
ヘレナは、国王が言いあぐねている間に、丁寧に一礼し、部屋を出て行った。
ヘレナは、怒りの収まらない様子で、居間に入る。
観覧客が狩りの始まるのを待って、各々くつろいでいる中に、一人掛けのソファに座り、にやにやしてこちらを見ている父アセルがいた。
ヘレナは、顔を歪めて、父の向かい側のソファに座る。
「何なんですか、あの男は」
「国王の五男だ。もう適齢期を過ぎているが、相手がなかなか決まらないらしい」
「五男……」
ヘレナからすれば、出番のない男だった。
一瞬でも、王妃を夢見た私が馬鹿だったわ。
ヘレナは、そう思った。
アセルは、ヘレナの内心を読み取った様に言う。
「兄弟が病で死ぬのはよくある事だ」
「え」
ヘレナは、探る様な目で父を見た。
言葉通りに聞けば、一般論だ。兄弟でなくとも、人が病で死ぬのは当たり前にある。
だから、呪術師が必要とされている。
大商人や貴族たちは、お金に物を言わせて、呪術師を雇い、死の呪いから逃れようとする。
町で使われている呪術は、ほんのおまじないの様なものだ。
本物の呪術は、決して表には出て来ない。
ヘレナは、父の言葉の裏を読む。
”五男とて、他の兄弟が死ねば、王になる機会が巡って来る”
もしくは、
”お前が、エレイナに呪術を掛けて殺そうとしていた事を知っている”
ヘレナは、緊張した顔に、誤魔化すように微笑みを浮かべる。
呪術師が身内に呪術を掛けるのは掟破りだった。
父アセルには、娘を愛する父の顔と、氷の冷たさを持った呪術師としての顔の、二つの顔がある。ヘレナは、そう思っていた。
姉エレイナが父に逆らえないのは、また別の理由だが、ヘレナにも何処か、父に逆らえない所があった。純粋に、呪術師としての父が怖かった。
「婚約しろと、仰るんですか」
ヘレナが、慎重に訊いた。
アセルは、微笑んだ。
「お前の好きにするといい」
実際、アセルは、他にも婚約者候補を見繕っている。
「少し、考えさせて下さい」
ヘレナは、答えた。
アセルは、頷いた。
「狩猟大会は、まだ二日ある。じっくり考えなさい」
アセルは、父の顔で、そう言った。




