21.エレイナ、拉致される
翌早朝。
エレイナは、国王の別荘地から独りで帰ることになった。
夫アンダロスの振りをしているハルダロスは、一時は高熱に倒れ、うなされてもう自分は駄目だと弱音を吐き、心配した部下が妻のエレイナを連れて来る程だったが、一晩で快復した。
国王の別荘地で開かれている狩猟大会は、まだ終わっていない。日程が二日残っていた。
狩猟大会に観覧客として招かれていたエレイナの父アセルは、エレイナに対し冷淡だった。
「婿殿は快復した。お前がここに残る理由はない。速やかに帰るが良い」
嫁に行ってもいまだに父が怖いエレイナに、反論は出来なかった。
「では、私がご一緒に」
伯爵の部下のアネルスが、そう言うと、
「アネルス殿。貴方は伯爵の部下であって、エレイナの部下ではないでしょう。伯爵の補佐を務めるのが筋ですよ。狩りと言うのは、独りでは出来ませんからね」
と、親が子を叱るように、言った。
「いや、しかし」
「陛下の別荘地から婿殿の領地はそう離れていません。領内は安全なのでしょう。一人で帰っても何も問題ないのでは」
アセルは、そう言って、ハルダロスを見る。
「それより婿殿は、最後まで日程をこなし、わざわざ大会へ招いて下さった国王陛下の期待に応えるべきでは。それが陛下よりギエナ領を賜った伯爵家としての務めでしょう」
反論の機会を伺っていたハルダロスは、観念するしかなかった。
義父殿に、ここまで言われたら、大会途中で帰るわけにはいかない。
ハルダロスは、そう思いながら、エレイナを見た。
「エレイナ。すまない」
エレイナは、気丈に微笑む。
「大丈夫ですよ、旦那様。父の言う通り、ギエナ領はすぐそこです。一人でも帰れますよ」
「分かった。気を付けて帰るんだぞ」
エレイナは、ハルダロスとアネルスに、狩猟地の外まで送られて、そこから独りで帰路についた。
国王の別荘地の山を下り。
ギエナ領内に戻ったエレイナは、人気の無い林の道を独り、馬と行く。
エレイナの乗る黒毛の馬は、まるでエレイナの沈んだ気持ちに共鳴する様に、とぼとぼと歩く。
「寂しいね」
エレイナは、ぽつりと馬に呟く。
馬は、ぽくぽくと歩く。
ガサガサッ!
ふいに、人の気配がしたかと思うと、林の中から三人組の野盗らしき男たちが現れ、短剣をかざしてエレイナの行く手を塞いだ。
エレイナは、慌てて、馬を止める。
「な、なんですか」
「ぐへへへ。大人しくしてりゃ、命は取らねえさ」
野盗の中で、一番体が大きく、一番年上の四十代くらいの男が、太い低い声で言った。
「い、命……?」
エレイナが、顔を強張らせる。
「兎に角、馬を下りてもらおうか」
野盗の言葉に、エレイナは、大人しく馬を下りた。
突然の状況に、馬が不安げにエレイナを見る。
エレイナは、微笑んで、落ち着かせる様に馬の身体をさすった。
「この子は傷付けないで下さい。いい子なんです」
「別に、あんたが来てくれりゃ、馬には用はないさ」
男は、そう言って、仲間を顎で動かす。
仲間の中の一番小さい男が、エレイナの手首を縄で後ろ手に縛った。
「おら、行けよ」
もう一人の仲間が、馬の尻を叩いた。
馬は、乗り手を失ったまま、ぽくぽくと歩き出した。
エレイナは、不安げな眼差しで、去っていく馬の姿を見つめる。
「ほら、来いよ」
仲間二人が、エレイナの身体を押して歩かせた。
野盗三人と、エレイナの姿は、林の中に消えた。




