19.エレイナ、行きます!
「エレイナ様!!」
伯爵の部下アネルスが、馬を飛ばして一人、城に戻って来た。
玄関で出迎えたエレイナに、アネルスは、蒼白い顔で報告する。
「伯爵が、病に倒れられました」
「えっ?!」
アネルスは、ろくに休憩もせず、馬を走らせていた様だった。よろりとふらついたのを見て、エレイナが、居間に連れて行き、ソファに座らせた。
給仕長が、夕食用の野菜スープを持って来て、アネルスに差し出す。
「どうか、召し上がって下さい」
「ありがとう」
アネルスは、一口飲んで、罪悪感を感じた様に項垂れた。
「アネルス」
エレイナは、心配そうにアネルスを見つめる。
「どうしたの」
アルの姿のアンダロスが、騒ぎを聞きつけて、顔を覗かせた。ぐったりとしているアネルスを見て、顔を悲しそうに歪めた。
アネルスが、アルの気配に気付いて顔を上げた。
アネルスは、伯爵の秘密を知っている協力者の一人だ。
アネルスは、アルを見つめる。周りにいる給仕長や、使用人たちは、秘密を知らないので、口には出せない。
――弟君をお守りすることが出来ず、申し訳ありません――
エレイナには、アネルスが、そう言っている様に見えた。
「何が、あったの」
アルが、訊いた。
アネルスは、一瞬、言葉遣いに悩んでから、話し出す。
「国王の別荘地に領主たちが招かれて、盛大に狩猟大会が開かれているのは、知っているよね」
「うん」
「一日目の狩りの後、伯爵が、倒れられて」
「えっ」
アルは、衝撃を受けた様に、目を見開いた。
「怪我でもされたのですか」
エレイナが、訊いた。
アネルスは、困惑して答える。
「それが、怪我らしい怪我もされておらず、原因が分からなくて」
「そんな……」
「高熱に苦しまれています。もう自分は駄目だと、お力を落とされて……」
「えっ!そんな」
――あの、優しいハルダロス様が、死ぬ?!――
エレイナは、咄嗟に、アルを見た。
アルは、何も言えず、辛そうに奥歯を噛み締めている。
「私、行きます!」
「奥様!」
給仕長が、ぎょっとした。
「当主不在時に城を守るのは奥様の役目です」
「分かっています。ですが、私が行かなければ」
エレイナの気迫のこもった目に、給仕長は圧された。
「奥様……」
「名代は、アルが」
「アルが?」
給仕長が、疑いの眼差しでアルを見た。
エレイナは、アルを見つめる。本物の当主である、アンダロスを。
「アルは、我が家の血に連なる者。若くても私より聡明です。資格の上でも問題ありません」
「ま、まあ、そう言われてみればそうですが……」
給仕長は、躊躇いながらも同意した。
エレイナは、アルに歩み寄った。しゃがんで、目線を合わせる。
ずっと辛そうな顔をしていたアルは、エレイナに抱き着いた。
小さく耳元で囁く。
「ごめん。俺が、こんな姿でなければ」
エレイナは、微笑んで、そっと囁く。
「大丈夫です、旦那様。私、元気なハルダロス様をきっと連れて帰ります」
エレイナは、力強く、夫を抱き締めた。
アネルスの休息と、エレイナの支度を整える為、出発は翌早朝となった。
夕食後、アルの姿のアンダロスは執務室でアネルスの報告を受ける。
「王家の方々は、お体にお変りも無く、健やかなご様子です」
「そうか……」
「陛下が、御心配されておられました。直ぐに、医師や薬師を手配して頂いて」
アンダロスは、心配を口にする。
「呪い、という事はないのか」
アネルスは、首を横に振る。
「分かりません。狩猟の森には危険な植物もあるという事で、草の毒に触れられたのでは、と、陛下もそれを疑っておられました」
「確かに、王家と我が家の繋がりを知らなければ、呪いを掛けようとは思わない筈だが……」
「あの、呪いと言えば、呪術家であるブレスディエス家の当主も、招待を受けておいででした」
「義父殿が?」
「はい。狩りには参加せず、御観覧だけのご様子でしたが」
アンダロスは、義父と妻の関係があまりよくない事を思い、一層不安になる。
「本当に、エレイナを行かせて大丈夫だろうか」
アネルスは、本物の主の気持ちを分かりつつも、普段傍にいるハルダロスへの肩入れをしてしまう。
「御心配は分かります。ですが、今のハルダロス様には、エレイナ様の励ましが必要と存じます」
アンダロスは、苦し気に、目を伏せた。
「……分かった。弟を死なせる訳にもいかない」
「はい」
夜は、更けていく。




