17.リンゴ売りのおばあさんからリンゴを貰い……
満月の夜。アルから自分こそ本物の旦那様、アンダロスだと秘密を打ち明けられたエレイナ。
まるで魔法の様にアルの姿から、大人の男になったかと思うと、また次の瞬間には子供の姿に戻っていた。
驚く事ばかりだったが、エレイナは、嬉しかった。
やっと、旦那様に会えた、と、そう思った。
その夜は、夫のベッドで共に寝た。夫は子供の姿なので、見た目ちょっと親子みたいだった。
エレイナは、
子供の姿の旦那様、可愛い!!
と、思うと、興奮してなかなか寝付けなかった。
そんな夜も明けて。
二人は、アンダロスの部屋で、朝食を摂った。
アンダロス直属の侍従長は、前当主の時から、この城で当主直属で働いていて、秘密を共有していた。
「エレイナ様、どうか、旦那様の事、宜しくお願い致します」
年配の侍従長は、まるで子を案じる父の様な様子で、エレイナに頭を下げた。
「こ、こちらこそ。宜しくお願い致します」
エレイナは、慌てて頭を下げた。
アンダロスの前の当主は、アンダロスの母のリーシアだったという。
「お母様は、どうされたんですか」
エレイナは、どちらにともなく訊いた。
侍従長が、静かに微笑んで答える。
「お亡くなりに……」
「そうだったんですね。私、何も知らずに」
エレイナは、夫を見る。
「お墓はどちらに?」
「城の、裏庭にあるよ」
どこか、申し訳なさそうに、アンダロスが答えた。
「私、お墓参りしたいです」
「じゃあ、一緒に行こうか」
「はい」
二人は身支度を整えて、城の裏庭へやって来た。
そこには、カルヴァリオン家の代々の墓があった。
多くの墓石が、整然と並んでいる。まるで、戦没者の墓地の様だった。
血こそ流さずとも、王家の為、ひいては国の為に、犠牲になった人たちなのだと、エレイナは思った。
墓地は建物の陰になっていたが、草木が生い茂る事も無く、綺麗に手入れされていた。
エレイナは、その中の一つ、リーシアの墓石の前に跪く。
「お義母様。エレイナと申します。頼りない妻ですが、宜しくお願い致します」
エレイナは、そう言って、頭を下げた。
傍に立つアンダロスは、悲しそうに顔を伏せる。
彼には、まだ、妻に話していない秘密があった。
――まだ、言えない――
アンダロスは、そう思った。
母の墓石と向き合っている妻を見て、ふと、女同士の話がしたいのかな、と思ったアンダロスは、
「先に、行ってるね」
と言って、玄関の方へ向かった。
「あ、はい」
エレイナは、振り返って、夫の小さな背中を見送った。
それから墓石に向き直る。
「私、アンダロス様と出会えて、アンダロス様の妻になれて、とても幸せです」
エレイナは、言った。墓石は、当然、返事をしない。
「カルヴァリオン家の重い役目を思えば、こんな事、言っていいのか分かりませんが、アンダロス様を産んで下さって、ありがとうございます」
墓石は、当然答えない。
「私、お義母様にお会いしたかったです……」
エレイナは、しんみりとなって、呟いた。
当然、墓石は答えなかった。
エレイナは、微笑んで、立ち上がる。
「また来ます」
エレイナは、そう言って、玄関の方へ向かった。
「お嬢さん」
ふいに、しわがれた声がした。
エレイナは、どきりとして声の方を向いた。
そこには、土色の農民が着る衣服に身を包んだ、背中の丸まった人物が立っていた。右腕はリンゴが入った籠を抱える様に持っている。顔はフードに隠れてよく見えなかったが、雰囲気から老女の様に見えた。
エレイナは、少しほっとする。一瞬、幽霊かと思ったのだった。
「おばあさん? どうしましたか?」
「リンゴをお一つ、どうですか?」
と、老女は答えると、籠からリンゴを一つ、持って掲げた。
カルヴァリオン家の領地でリンゴを作っている者は少ない。とても希少だった。
「まあ。とても大きくて、赤いですね」
エレイナは、老女に歩み寄ると、リンゴを受け取った。
「試しに召し上がってみて下さい」
老女が、言った。
「いいんですか」
「ええ、どうぞどうぞ」
「では、頂きます」
エレイナは、そう言って、リンゴにかじりついた。
かりっと、いい音がする。
エレイナは、一口頬張って、思わず笑顔になる。
「うわあ。とても甘いです。美味しいですね」
「そうです。そうです。うちのリンゴは甘くて美味しい。一口食べれば天国です」
老婆は、嬉しそうに、口元をにやつかせた。
その時、エレイナの手から、リンゴが落ちた。
エレイナが、苦しそうに首を手で押さえながら、がくりと跪く。
「あっ……くっ……っ」
エレイナの顔は蒼白く、唇は紫色になっていた。
苦しく、もがくが、傍にいる老女は助けもせず、エレイナを見下ろしている。
エレイナは、やがて、力尽きる様に、地面に倒れた。
それっきり、動かない。
傍にいた老女は、暫く、動かなくなったエレイナを眺めていたが、やがてクククッと肩を震わせて笑い出した。
「ふふふ。はははは!」
老女は、勢い良くフードを取った。現れた顔は、エレイナの妹、ヘレナだった。
ヘレナは、呪術市でも披露した持ち前の演技力で、リンゴを売りに来た老女の振りをしていたのだ。
「ふふふっあーおかしい。この女、ほんとに馬鹿ね」
ヘレナは、エレイナを見下ろして、自慢げに呟く。
「リンゴには呪いが掛けられていたのよ、エレイナ。見抜けないあんたがクズ過ぎるのよ」
ヘレナは、動かないエレイナの腹部を蹴り上げる。
「ざまあみろ、クズ!」
ヘレナは、そう言いながらも、今まで何度もエレイナに呪いを掛けて、やっと殺せた事を思い、顔を暗くする。
――呪力の無いクズのくせに、ここまでてこずらせやがって。ほんとムカつく――
「まあいいわ。用が済んだら長居は無用よ。さっさと帰りましょ」
ヘレナは、手早く落ちたリンゴを回収すると、その場を立ち去った。
倒れたエレイナ以外、誰もいない裏庭に、さわりと風が吹く。
「ぐふっ」
エレイナの身体が、びくりと動いたかと思うと、口から、かじったリンゴを吐き出した。
「ゲホッゲホッ」
エレイナは、むせて咳き込んでいたが、やがて呼吸が落ち着いて来た。
「はあっはあっ」
落ち着くと、自分が倒れていた事に気が付く。
「私、一体……?」
記憶をたどり、リンゴをかじった事を思い出す。
「あれ? あのおばあさんは?」
裏庭には、エレイナ以外には、誰もいない。
「せっかく、美味しいリンゴだったのに」
エレイナは、リンゴが買えなかった事を残念に思った。




