14.旦那様が、旦那様?
今夜は、見事な満月の夜だった。
良く晴れて、漆黒の空に金色の大きな月が煌々と輝いている。
エレイナは、城の渡り廊下を渡って、アルの部屋へ向かっていた。
アルは、エレイナたちとは別の小さな棟の中に住んでいた。
アルには専属の使用人がいて、寝起きや食事は、この棟の中でしていた。
「こんな所に住んでいたのね」
エレイナは、嫁いできてすぐの頃、城のあちこちを見て回っていたが、城の構造を良く分かっておらず、別棟には行っていなかった。
だから、今更ながらアルとあまり会えないのはこう言う事だったかと、気が付く。
使用人たちにアルの事を聞いても、余り知らない。
本当に親戚の子なのか。
そうじゃないのか。疑惑は棚上げになっていた。もう、どちらでもいいのかも知れない。
――そりゃあ、アルが旦那様の隠し子だったら、やっぱりショックだけど。でも、私が結婚する前の事だし。アルは、可愛いから。それでもいいかな――
伯爵のいない、いつもと違う夜に、不安を覚えながらも。
アルの事を思うと、可愛く、良く分からない期待が膨らんだ。
――”今度の、満月の、夜に”――
アルの、話す秘密を想像すると、やっぱり不安になる。
どんな、話なんだろう。
「僕の部屋は、別棟の最上階の奥だよ」
夕食後、アルはそう言って、先に部屋へ戻って行った。
エレイナは、湯あみをし、身支度を整え、アルの部屋へ向かった。
階段を上がり、奥の部屋の前に来た。
「ここね……」
コンコン。
軽く扉をノックをする。
「どうぞ」
中から、アルの声がした。
扉を開け、中へ入る。
そこは、こじんまりした部屋だった。
アルには丁度いい広さかも知れないが、窓際に置いてあるベッドは、大人用の大きなものだった。
窓からは月の光が降り注いでいる。
「アル、その格好……」
ベッドの前に立っていたアルは、何故か、白い絹のローブ姿だった。アルの体には似合わない、大人用のローブで、半分以上ダボついて裾が床に広がっていた。
「どうして、そんな格好しているの」
エレイナが、不思議そうに訊くと、アルは、微笑んだ。
「秘密を見せるよ」
アルは、そう言って、窓から月を見た。
月の光を浴びて、佇むアルは、まるで天使の様に美しかった。
エレイナは、もしや、何か見えるのかしら、と、少し窓辺に近づく。
と、アルが、苦しみだす。
身体を丸めて、跪いた。
「アル?!」
エレイナは、慌ててアルに近寄る。
アルは、顔を歪めながらも、エレイナを見て微笑む。
「大丈夫だよ」
「でも」
ふと、エレイナは、違和感を覚える。
なにか、アルの身体が、さっきより、大きくなったような?
「そんなこと、ある訳な……」
言っているそばから、アルの身体が、膨らんでいく。
「えっ?!」
錯覚にしては、生々しい。
アルの身体は、どんどん大きくなる。
「う、うそ」
アルの頭から、いつしか犬耳が無くなっていた。
月の光の中にうずくまっていたのは、大人用のローブがしっくりくる、程よく筋肉の付いた、大人の身体をした男性。
以前にも、エレイナが寝ていた時に、窓辺に現れた、あの男だった。
痛みが落ち着いたのか、男は、薄い青の混じる灰色の瞳で、エレイナを見つめた。
エレイナは、言葉が出ない。
目の前で見たことに、頭が追い付かない。
男は、微笑んだ。
「驚かせて、すまない」
「あ……」
エレイナは、何か答えなければと思うが、声が出ない。
男は、それが当然であるかの様に、エレイナを抱き締めた。
エレイナは、目を見開いた。逞しい身体の感触に、胸が激しく鳴り出す。
「ずっと、君をこうして抱き締めたかった」
男が、そっと囁いた。
エレイナは、のぼせた様に体中熱くなって、声が出せなかった。
男は、そっと腕をほどくと、エレイナを見つめた。
「俺が、君の夫だ」
そう言った。
エレイナは、一瞬、聞いた筈の言葉を理解出来ない。
今……?
「え?」
「俺が、君の夫の、アンダロスだ」
男は――アンダロスは、噛み締める様に、ゆっくりと、答えた。
エレイナは、固まる。
思考停止した。
真っ白になった頭の中で、夫だと名乗る男の声が、何度も繰り返す。
”俺が、君の夫の、アンダロスだ”
”俺が、君の夫の……”
”君の夫の……”
”君の”
”夫の”
”アンダロスだ”
「ええええぇえぇぇー!!?」
エレイナは、今まで生きて来た中で、一番の大声で叫んだのだった。




