11.大浴場に、行きました
”結婚とは、愛のないものだろう”――
伯爵の言った言葉に打ちひしがれて、エレイナは、泣いた。
泣き疲れて、黙り込んで、暗~く過ごす事、小一時間。
はっと気が付くと、部屋は真っ暗だった。
このまま寝てしまおうか。でも、朝、泣き腫らした顔になっているのは嫌だ。
エレイナは、大浴場に行くことにした。
大浴場は、源泉かけ流しだった。
お湯には、美肌効果があるという。
ここのお湯につかれば、顔が腫れずに済むのではないか。エレイナは、そう考えながらローブを脱ぎ、脱衣所を出る。
大浴場に中に入った。
床は、黒っぽい石が敷き詰められて出来ていた。
壁の複数の据え付け型のランプに火が入り、うっすら暗いぐらいの、丁度良い明るさだった。
数人の若い女性が、黒い石造りの湯舟につかっていた。皆、気持ちよさそうだ。
湯舟の上の壁の四角い穴からお湯が流し込まれている。
大浴場は、部屋が半分しかなく、もう半分は、野外と繋がっていた。そこは、大小様々な庭木が植えられていて、生け垣もあり、外から中を見る事が出来ない様になっていた。
庭に面した場所からは、降るような星空が見えた。
外からは冷気が入って来るが、お湯からは湯気が立ち昇っている。
エレイナは、ぶるっと震えると、かけ湯が出来る所に移動する。
ふいに、脱衣所の方から、賑やかな声が聞こえて来た。
何か、きゃあきゃあ騒いでいる様な声だった。恐怖とかでなく、はしゃいでいる様な声だ。
「何かしら」
ぽつりと呟いた時、脱衣所から、女性たちと犬耳の男の子が入って来た。
「アル?!」
エレイナは、びっくりして、声を上げた。女性たちと入って来たのはアルだった。
アルは、エレイナに気付くと、目を見開いて、顔を真っ赤にする。
「あらっ? この子、貴女の子供?」
女性たちの一人が、エレイナに声を掛ける。
「えっと、そ、そうです」
「かわいい子ね。親子水入らず、一緒に入ったら」
そう言って、アルをエレイナに預けた。彼女たちはきっと、子供(犬耳と尻尾は飾りかなんかだと思っているのだろう)が、一人でいたので心配して連れて来たのだろう。
「ありがとうございます」
エレイナは、礼を言って、アルを引き取った。
アルは、目のやり場に困った様に、顔を伏せ、しゅんとしている。
「どうしてここに?」
アルは、答えなかった。だが、彼の犬耳は素直に後ろに寝て、尻尾はふりふりと嬉し気に揺れていた。
エレイナは、微笑んだ。
「一緒に体を洗いましょう」
二人は、体を洗って、湯舟に入った。
「はーっ。ほっとするね」
エレイナが、言った。
アルは、黙って俯いている。
エレイナは、無理に訊く事も無い、と思い、自分も黙った。
エレイナは、顔を上げた。満点の星が見えた。
「綺麗だね」
エレイナが、呟いた。
アルは、顔を上げたが、星では無く、エレイナを見た。
不安と希望の入り混じった横顔。
星空を吸い込んで潤んだ、碧玉色の瞳。
濡れて、はらりと頬に張り付く、炎色の髪。
アルは、苦しそうに顔を歪めると、また俯いた。
「ごめん……」
そう、小さく呟いた。
エレイナは、その呟きを辛うじて聞き取った。アルに顔を向ける。
「どうして、謝るの?」
「俺が、エレイナに、寂しい思いをさせているから」
「え?」
エレイナは、きょとんとなる。
「何の事?」
「俺が悪いんだ。俺が」
エレイナは、過去を振り返った。しかし、アルに謝られるような事は、されていないと思った。いや、一つだけ、あるとしたら。
「キスした事を謝ってるの?」
ピクニックに行った時、アルは、急に、エレイナにキスをした。
でもあれは、嫌では無かった。
アルは、苦々しく微笑む。
「俺は、エレイナに、嘘を付いている」
「嘘って?」
首を傾げるエレイナ。
アルは、エレイナを見た。
「言ったら、きっと怒るよ」
「怒らないわよ」
エレイナが、当然の様に言った。
すっかりのぼせた女性たちが一人、また一人、ゆっくりと湯舟から出て行った。
気が付くと、大浴場には、エレイナとアルだけになっていた。




