10.旦那様とのお泊りは、最悪でした
小一時間して、伯爵が、食べ物屋台の辺りに戻って来た。
少し歩くと、すぐエレイナを見つけた。
エレイナは、屋台の長椅子に座って、隣に座るおばちゃんと仲良く串肉を頬張っていた。
「美味しいです!」
「美味いねえ」
炭火で焼く、肉のかぐわしい匂いが辺りに漂っていた。
エレイナとおばちゃんは、幸せそうに肉を食べている。
伯爵は、思わず笑みを溢した。
だが、その笑みはすぐに消える。
――僕はもう、この笑顔を見る事が出来なくなるかも知れない……――
もう、日が傾き始めていた。
夕刻を迎えると、呪術市は初日を閉じ、人々は帰路についた。
エレイナと伯爵も、宿へと向かう。
伯爵は、予め王都の宿を押さえていた。かなり大きな宿で、三階建ての建物が二棟あった。
二人の部屋は東棟の二階にあった。
二つの部屋が続き部屋になっている部屋で、どちらの部屋も広く、ベッドがあった。
部屋に入って中を見たエレイナは、日が沈む様に暗い顔になり、黙って俯いた。
伯爵は、エレイナの様子に気付かない振りをする。
「一階に大浴場があるよ。男と女で分かれているから、安心して入るといい」
伯爵が、隣の部屋に行こうとする。エレイナは、伯爵の服の袖を掴まえた。
伯爵は、動きを止め、エレイナを振り返る。
「エレイナ」
エレイナは、初めての旦那様とのお泊りに、緊張しつつも何処か心待ちにしていたのだった。
――旦那様に嫌われているなら分かる。でも、いつも、あんなに優しいのに。
どうしていつまでも、一緒に寝てくれないの――
エレイナは、涙を溜めた目で夫を見上げる。
「旦那様は、どうして……」
伯爵は、胸を痛めた様に顔を歪める。
「私の事、やっぱり嫌いなのですか……」
はらりと、エレイナの目から涙が零れた。
伯爵は、心が凍るような思いで、微笑む。
「結婚とは、愛のないものだろう」
するりと、心にもない言葉が、口から零れた。
エレイナは、目を見開いた。
「愛の、ない……」
力無く、呟いた。
あぁ。私、馬鹿だ。
エレイナは、思った。
――私は、無能で。不要な人間なんだから。旦那様に愛される訳が無い――
エレイナは、そう思いながらも、涙は次々と零れていく。
伯爵は、エレイナの悲しむ顔から目を背ける様にして、自分の部屋に向かった。
そして、扉を閉めた。
エレイナは、力尽きる様に膝を折り、むせび泣いた。
馬鹿だ。馬鹿だ、私。本当に馬鹿。
エレイナの悲しみを飲み込む様に、夜の帳が下りていった。




