1.捨てられ令嬢、家族に捨てられる
エレイナは、王家に仕える呪術師であるブレスディエス家に生まれた。
エレイナは、幼少の頃から英才教育を受けるが、呪術を行うにあたって必要不可欠の力・呪力をいつまで経っても目覚めさせることが出来ずにいた。
妹のヘレナは、何の苦も無く呪力を開花させ、呪術を覚えて行く。
姉は、いつまで経っても、呪力を目覚めさせることが出来ない。
「まったく、お前は何をやっているんだ。この恥さらしめ」
「おかしいわ。この腹を痛めて産んだ筈なのに。ほんとに私の子なの」
エレイナは、自分は不必要な存在と思うようになり、家族の作る”さっさと嫁に行って消えてくれ”空気の中で、何も感じない様に生きていた。
エレイナが結婚適齢期を迎え、家族は浮足立つ。
今こそ、無能な長女を捨てる時。
「エレイナ、喜べ!結婚が決まったぞ!」
父が、喜び勇んで戻って来た。
相手は、田舎の貴族、アンダロス。
エレイナに、反論など許されない。
「どの様な、お方なのですか」
恐る恐る訊く、エレイナ。
「うむ。良い方と聞いておるぞ」
「良い方……」
情報がふんわりだ。
「お父様、私は?! どうしてこんな役立たずの方が先なのよ!」
二つ下の妹が、噛み付く。
「まあまあ。今、もっともっと良い方と話を進めておるからな」
「まあ。流石、お父様!」
勝ち誇ったように斜め上から見下ろしてくる妹。
「私は、お部屋に……」
居づらくなり、部屋へ戻る。
「はあ」
溜息が漏れる。
「まあ、ここを出られるなら、その方が良いか」
準備は着々と進み、嫁ぐ日の前日となった。
エレイナは、一人、部屋の鏡台の前に座る。
それは、祖母の形見であった。
遺言によって貰い受けた時は、妹にあれやこれやと文句を言われた。だが、今となっては、妹は真新しい、流行りの鏡台を買い与えられ、何も言わなくなった。
祖母の鏡台は、もう古い。あちこち欠けたり、錆びたりしている。だが、優しかった祖母との大切な思い出の品だ。
エレイナは、くすんだ鏡を見つめた。ゆるやかにうねる赤みの強い金髪、碧玉色の瞳、そして冴えない顔をした地味な女の姿が、うっすらと映っている。
いいのよこれで。自分の暗い顔をはっきり見ずに済むわ。エレイナは、そう思った。
コンコン。
ノックの音が聞こえた。
「お嬢様」
侍女のリーナの声だ。
「はい」
エレイナが、応えた。
リーナは、ドアを開けて入って来ると、鏡台の前に座るエレイナの背中を見る。
「何?」
エレイナが、鏡の方を向いたまま、言った。
リーナは、エレイナの幼馴染だった。共に育った。大きくなるに従い、リーナは、側仕えとしてエレイナを支える様に育てられ、エレイナは、呪術師になる為の教育を受けた。だが、エレイナは、遂に呪術師になれなかった。
リーナの、大きな黒い瞳が潤む。
「今まで、ありがとうございました」
リーナが、言った。
リーナは、エレイナの結婚に伴い、辞める事になっていた。父が彼女に暇を取らせたのだ。
リーナは、エレイナに付いて伯爵の屋敷に行くことを望んだが、父はそれを許さなかった。
「何があっても誇りを失わない、お嬢様の凛とした姿……。私の心の支えでした。これからも私は、記憶の中のお嬢様の姿を支えに生きて参ります」
エレイナの両肩が上がった。歯を食いしばり、顔を伏せる。
私は、強くない。全然、凛としてなんかいない。そう思ったが、言えなかった。
「失礼致しました」
そう言って、出て行こうとするリーナ。
エレイナは、思わず立ち上がり、振り返った。
「リーナ!」
リーナが、立ち止まった。エレイナの顔を見て、息を呑む。
エレイナの目には、大粒の涙が浮かんでいる。
「リーナっ」
エレイナは、叫んで、リーナに駆け寄った。そしてリーナを抱きしめた。
「リーナっ。リーナぁ」
「お嬢様」
ごめんね。リーナ。ずっと、私なんかの世話させて。私なんかの為に、辞めさせられて。
「ごめんね。私、こんなんで、ごめんね」
エレイナは、泣きながらリーナに言った。
「お嬢様」
リーナも、泣きながら、エレイナの背に腕を回した。
二人は、抱き合って泣き続けた。