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笑劇の鼓笛隊長! ‐The impact of smiles.‐  作者: 羽波紙ごろり
君を奏でるために、ここへ来た
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安静にすればいいのに

「よし。じゃあ帰ろうか」

「わかった」


 研究施設から出た後、城門の前でリールにそう呼びかけ帰路に就く。


「チョージは、どこに住んでいるの?」

「パン屋の二階に住まわせてもらっているよ」


 城から離れ、しばらく歩く。すると前方に商店街が見えてくる。今日もにぎやかで騒がしい。でも、不思議とこの音は嫌いになれない。


「ただいま、っと」


 相変わらずこのパン屋、客がいないな。経営は大丈夫なのか。


「お前がもう少し真面目に働いてくれれば苦労しないのよ」


 そう言いながら店の奥から出てくる老婆。


「チョージ、こちらの方は?」

「ゼルネス・フライパー。ちょっとお茶目でパンが好きな婆さんだ」


 昔はかなりの美女だったらしいが、パンを食べすぎて今はもう――


「うん? チョージ! その子は――まさか!」


 ゼルネスがリールに駆け寄り、心配そうに見つめる。


「あんた、大丈夫かい⁉ この男に何かされなかったかい⁉」

「するわけないでしょ! パスタちゃんじゃないんだから!」

「チョージ! あんたシェルちゃんに振り向いてもらえないからって、こんな幼い子を誘拐してくるなんて! 見損なったよ!」


 ちなみにシェルちゃんとはパスタちゃんのことである。時々忘れそうになるが、パスタちゃんの本名はシェルレッティである。彼女の本名は決してスパゲッティではないのだ。


「人の話を聞け! 大体、こいつはそこまで幼くないでしょ!」


 王女の話では、リールは外見年齢十五歳程度を想定して造られたらしい。全然アウトでは――アウトではない、はずだけど、あれ? 十分アウトか?


「あんた! チョージに何て言われてついてきてしまったんだい⁉」

「チョージは私を奏でてくれるって、言ってくれた」

「奏でる? チョージが、あんたを? どういう意味だい?」

「ゼルネス。少し話がある、ジーガルを呼んできてくれないか?」

「お前は相変わらず笑顔だけど――わかった。そこまで真剣なら聞こうじゃないか」


 ゼルネスがパン屋の奥に向かう。その間に僕はリールに彼について話しておく。


「これから会う人はこのパン屋の主人、ジーガル・フライパー。今は三流のパン屋だが、昔は一流の軍人だった。そして僕の――恩人だ」

「チョージの、恩人」

「ああ。だからきっと、お前のことも受け入れてくれるさ」


 しばらくして、大柄な男が店の奥から出てくる。パンを作っている途中だったのか、両手には少し粉が付いている。今も衰えていないその筋骨隆々の身体を見ると、驚くパン屋の客もいるが、僕は違う。彼の姿を見ると、安心できる。国の平穏を守る、それを第一に考え生きてきたジーガル・フライパーの証、それがあの身体なのだから。


「チョージ。帰ってきてすぐにすまないが、その子について話をしてくれないか」

「ああ」


 僕は全て話した。王女が極秘裏に進めていた計画のこと。ロストテクノロジの解析が進んだこと。パスタちゃんはやはり変態だったこと。そして――《音楽姫(ビートマタ)》のこと。


「そういうことか。ロストテクノロジが……」

「ジーガル……ごめん、二人とも」

「気にしないでおくれ、チョージ。昔の話なんだから」


 二人は娘を戦争で亡くしている。戦争に関わるロストテクノロジの話はまずかった。


「その子は本当に機械なのかい? とてもそうは見えないけど……」

「機械だけど、人間みたいな生活を送ることができるらしいよ。だから、さ」

「わかった。その子はウチに住んでも構わない」


 それだけ言うと、ジーガルは奥の厨房に向かった。


「ごめんなさいね。あの人、口下手だから。あ、そうだ」


 ゼルネスがリールを店内のテーブルに案内する。


「せっかくだからウチのパンを食べてほしいんだ。持ってきてもいいかい?」


 リールは機械人形だが、なんと食べ物を食べられるようだ。他にも風呂に入ることや、眠ることもできるらしく、ここまでくると人間との境界がわからなくなる。

 ロストテクノロジ、おそるべし!


「チョージも一緒に食べよう?」


 そんな不安そうに聞かなくても、もちろん食べるさ。


「ジーガルの焼くパンは美味しいからね。後は客さえ来てくれれば、経営が安定するけど」


 この店に客が来ない理由、それは皆がジーガルを恐れているからである。ジーガルは退役した今でもトレーニングを続けており、その身体は衰えを知らない。そのような爺さんがパンを焼くのはすごくユニークだと思うのだが、皆はそう思わないようだ。おかしいな。


「ジーガルは優しいね」


 そうだね。リールのことも認めてくれたし。


「ああ、もちろん。強くて優しい――」

「優しいのよ! あの人は!」


 しまった。ゼルネスのスイッチが入ってしまった。また昔の惚気話を聞かされるぞ。


「ジーガルは昔から口下手で不器用だったけどね、良いところいっぱいあるのよ? 当時絶世の美女と言われた私が街で転んだとき、ジーガルはそっと駆け寄ってきて、ハンカチを差し出してくれたの! それが私とジーガルの出会いだったわ! その日から私のアプローチが始まったのよ! ああ! 今でも鮮明に覚えているわ!」


 そんな絶世の美女も、愛しのダーリンが作るパンの食べすぎで幸せ太り。おかしいな。


「あ! そうだ。僕、リールを部屋に案内してくるよ! パン、ごちそう様!」


 このままゼルネスの話を聞くのは精神的にツラいので、リールを連れて二階の部屋に逃げ込むことにした。もうお年寄りなのだから、安静にすればいいのに。


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