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第7話 決めろ、名ゼリフ!

「あんた、本当にあの(・・)イザベラ・ヴラドクロウなのか!?」

「へっ!? あ、はい。あの(・・)かどうかはわからないですけど、イザベラ・ヴラドクロウですけど」


 ニシュカはそれまでの雰囲気から一変し、椅子からガバッと立ち上がって赤銅色の目を輝かせた。

 背が高い。体格が良い。見上げなければ目を合わせられない。身にまとう筋肉も厚く、体重は私の倍以上はあるだろう。


「おうおう、えらい有名人が来てくれたじゃねえか。握手してくれよ、握手。なあ、いいだろ?」

「も、もちろんかまいませんけれど……」


 たくましい右手を握ると、ニシュカはさらに左手で包んで上下にブンブンと振った。たまらず身体が前後に揺れる。本気でやられたら、腕が引っこ抜けるんじゃないだろうか?


「そ、それで、どうしてニシュカ様はわたくしをご存知なのですか? ヴラドクロウ家はともかくも、その娘にすぎないわたくしをご存知なのは少し解せないのですが……」

「ああン? 自分が噂になってるのも知らなかったのかい? あのアホボン王子に一発かました豪傑令嬢だってすっかり評判なんだぜ!」

「アホボン王子?」

「イログールイのことよ。阿呆のボンボンだからアホボン王子ってな。わざわざ名前で呼ぶやつなんざ、少なくとも裏町にゃあ一人もいねえぜ」


 イログールイはたしかに決して賢いタチではないが……平民にここまで悪し様に言われるとは、一体何があったんだろうか?


「あー、その顔はわかってねえな? まあ、平民のことはお貴族様にはなかなか伝わらねえからなあ。3年前にひでえ凶作があっただろ? みんな飢える寸前で、明日のおまんまの心配をしてたときだ」


 うん、それならおぼえている。

 ヴラドクロウ家でも備蓄を放出し、領民たちに食料を配った。私も炊き出しに参加し、あの悲惨な光景を目の当たりにしたのだから忘れようもない。魔虫に食い荒らされた農地が見渡す限りに広がるさまは、まさに悪夢としか言いようがなかった。


「そんときに、アホボンは何をしたと思う? 視察とか言いつつ、菓子を食いながら馬車でのんきにあちこちを回ってな、おまけに昼下がりになったらテーブルセットを広げて優雅にティータイムだ。ボロボロになった畑を見物しながらな!」


 ニシュカの額に赤黒い血管が浮かんでいる。

 当時のことが相当に腹に据えかねていたのだろう。しかし、バハト=ニシュカという女、チンピラたちの頭目とは言うものの、こんな義憤を燃やすあたりは根っからの悪党ではないようだ。


 しかし、あの馬鹿王子はそんなことをしでかしていたのか……。

 王族がそんな真似をしたら、下手をしなくても一揆になるぞ。ゲームでは、少し抜けたところはあってもそれが愛嬌になるタイプのイケメンとして描かれていたが……あれは学園の中のことしか基本的に描かれてないからなあ。バックストーリーではじつは変わらずこんなバカだったのかもしれない。


「それで、豪傑令嬢というのは?」

「おう、イザベラ様はあのアホボンからいきなり婚約をなかったことにされたんだろう? 普通のご令嬢ならその場で泣き崩れたっておかしくないところを、『はいはい、そーですか。こっちもいい加減愛想が尽きてたんでかまいやしませんよ』ってなもンで、平気の平左で帰っちまったって言うじゃねえか。アホボンは鳩が豆鉄砲食らったようなツラで『ままま待ってくれ!』って泣きながら追いすがる始末。これじゃあどっちがフラれたんだかわかんねえってんで、すっかり評判なんですぜ? いやあ、あっしもそれを聞いたときは胸がスーッとしたねえ!」


 お、おおう。

 間違ってはいない。大筋では間違ってはいないが……そんな噂になっていたのか。

 夜会の去り際にあちこちから忍び笑いが聞こえたけれど、ひょっとしてあれも私を笑ったんじゃなく、イログールイを笑ったものだったのか?


 貴族に伝わりづらい平民の噂話と違って、貴族社会の噂話はメイドや掃除婦、洗濯婦を通じて市井に広がっていくものだ。そういう風に教わってはいたものの、それを実感するのははじめてのことである。噂というのは、こうやって尾ひれがついていくんだなあ……。


「おおっと、すっかり話がそれちまった。で、天下の豪傑令嬢様がこの黒百足に何の御用だい? おっと、あっしのことはニシュカでいい。『様』なんてつけられたらむず痒くってしかたがねえ」


 最初の剣呑な雰囲気はどこへやら、名乗っただけで好感度マックスだ。

 交渉内容は事前にいろいろ考えていたのだが……私なりにカッコいい決め台詞なんかもあったんだけど……言い出せる雰囲気じゃ……いや、逆に、いまなら何を言っても許される? 受け入れてもらえる可能性はむしろ高い? せっかく考えてきたんだし、言ってもいいかなあ。すごく言いたいんだよなあ!


「ではニシュカ、あなたは王都の裏町の女王様……そんな小さな器で満足してらして?」


 言っちゃったー!

 言っちゃったー!

 言っちゃったー!

 ニコニコだったニシュカの表情が固まって、片眉を吊り上げてるよー!

 超怖いよー! 怒らせちゃったかな……?


「……そのへんの三下から出た言葉なら、いますぐ首の骨をへし折ってやるとこだが。……他でもねえ、あんたの言うことだ。続きを聞かせてくんねえかい?」

「冷静でよかったわ。さすがは裏組織の頭目を務めるだけはあるわね。ニシュカ、あなたはもっと大きなものが欲しくない? たとえば――」


 私はここで、たっぷりと間を溜める。

 そして、ニシュカが焦れてきたところで重々しく口にした。


「――この国なんて、いかが?」


 言えたー!

 言えたー!

 言えたー!

 徹夜で考えてきた台詞を言えたー!


 ニシュカは再び表情を強張らせ、それから目を丸くし、そして全身を震わせながら腹を抱えた。おまけに「くくく……うっひっひっひ……ギャハハハハハ!」と大声を上げて笑い出す。

 あれー、これ既視感あるな。お父様のときのおんなじパターンじゃない……?


「いやあ、さすがは豪傑令嬢様だ! この国ときたか! 詳しく話を聞かせてくれや。そんなでっけえ話を聞き逃したとあっちゃあ、この黒百足様の名が(すた)るってもんだぜ!」


 こうしてジャークダー戦闘員リクルート作戦は最初の関門を無事突破した。

 ちなみに、パルレは緊張に耐えられず立ったまま失神していた。本当にすまん……。

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