第5話 人生で大切なことは特撮から教わった
扉の影で息を殺していると、3人の男が入ってきた。
2人は先ほどのモヒカン。もうひとりははじめて見る男だ。多少はよい身なりをしていることや、モヒカンたちの態度を見るに兄貴分か上部組織の人間といったところだろう。
「おい、1人しかいねえぞ。ちゃんと縛ったのか?」
「そ、そりゃもうぎっちりと……ぐわぁっ!?」
「どっ、どうやって縄を解きやが……うぎゃっ!?」
私の姿がないことに気がついたモヒカンたちが動揺した瞬間、影から飛び出して一気に奇襲を加えた。1人目は延髄への飛び蹴り。2人目は間合いを詰めてから顎先に右アッパーを一撃だ。格闘戦隊バキレンジャーの動きを真似たものである。支援魔法による強化も相まって、効果は抜群だ!
なお格闘戦隊バキレンジャーとは、その名の通り格闘をテーマにしたシリーズだ。
いかにも特撮然とした「映え」を意識した殺陣をやめ、本物の格闘技の動きを追求した異色の作品である。空手、ボクシング、柔道などのメジャーどころはもちろん、カポエイラ(蹴りを主体とした南米の格闘技)やカラリパヤット(インド南部の総合武術)、クラヴマガ(イスラエルの軍隊格闘術)など、マイナーな格闘技も登場する。
リアリティのある戦闘シーンは普段特撮を見ない格闘技ファンをもうならせるほどだったが……肝心の子どもたちと、ママ層のウケがひっじょーに悪く、24週で打ち切りになった不遇の名作だ。円盤も発売されていない。全話録画しててよかったぜ。そりゃ怪人に馬乗りになってパウンドを繰り返すヒーローとか――
「おい、女。お前は何者だ!」
「あっ、ええっと、はじめまして」
おっと、いかんいかん。つい特オタの血が暴走して脳内で早口語りしてしまっていた。ここからが本番じゃないか。
目の前では、兄貴分風の男がナイフを抜いて油断なく構えている。しかし、腰が若干引けているあたり、荒事は苦手な頭脳派タイプなのだろう。うん、ビンゴだ。
「わたくしはとある高貴な方からの使い。名を……名を……」
いかん、偽名を考えてない。
肝心なところでつっかえてしまった。
「くそっ! もったいつけてんじゃねえぞ! 早く名乗りやがれ!」
「きっ、キルレインと申しますの」
こらっ、急かすんじゃない!
咄嗟にジャークダーの女幹部、斬殺怪人キルレイン様のお名前を借りてしまったではないか!
「キルレインだとぉ? そんなやつぁ、聞いたこともねえぞ」
「ふふふ、それはそうでしょう。我らは闇に潜むもの。あえて名前を売るようなことはいたしませんわ」
「なっ、まさかテメエ、『夜の種族』か!?」
「うふふ、そんなおとぎ話の中の存在ではありませんわ。しかし、闇に棲まい、闇に耽るものたちですわ」
おおっと、夜の種族と誤解されるとは考えてもなかったな。
夜の種族とは、吸血鬼や人狼など、人界に混ざって生活をしている……とされる、人外の化生たちだ。あの乙女ゲームでは攻略キャラにも存在していたけれど、現世ではおとぎ話と怪談くらいでしか聞かない。そもそも実在しているんだろうか?
「それで、そのキルレインさんとやらは何が目的なん……ひいっ!? な、な、なんだそのツラは!?」
男が短く悲鳴を上げた。なんでじゃ?
私の顔に何かあるんだろうか。自分の手で触って確認すると、口角がこう……なんとも気持ち悪い感じで上がっている。憧れのキルレイン様の名前で呼ばれてつい特オタスマイルが飛び出してしまったようだ。そのまま顔を揉み、口角を正位置に直す。
「これは失礼しましたわ。今宵はあなた方の頭目とお話をしたくて参りましたの」
「黒百足のお頭とだと……? 一体何の用があるってんだ」
「先ほどから質問ばかりですのね。申し訳ありませんが、あなたのような下っ端と話していてもラチが明きませんわ。それに、これは直接でなければお話できない内容ですの」
「ふん、お前のような怪しいやつをお頭に会わせられるか」
「そうですか。できれば自主的に案内していただきたかったのですけれど……いまから、自主的に案内したくなる気分に変えて差し上げる必要がありそうですわね」
私はあからさまに拳を握りしめ、歩幅を広く取って構える。右手を軽く前に出し、左手を引く。空手のもっとも基本である右構えだ。なかなか堂に入っているだろう。
バキレンジャーの物真似は鏡の前でさんざんやったからな。型は完璧なのだ。
じりじりと間合いを詰めていくと、男の額から脂汗が流れはじめた。
その目は地面に倒れている2人のモヒカンと私との間をひっきりなしに往復している。やはりこいつは武闘派ではないようだ。じつは強キャラで、脅しが効かずに戦闘になったらどうしよう……と心配していたのだが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
「わ、わかったから暴力はやめてくれ。それにあんたは得体が知れねえが、そのぶん儲け話の匂いもする。お頭のところに案内するからよ、くれぐれも変な真似はよしてくれよ」
「うふふ、ありがとうございます。こちらこそ、紳士的なエスコートをお願いいたしますわ」
私は空手の構えを解くと、スカートの両端をつまんで膝を曲げ、一転して優雅に貴族令嬢らしい挨拶を披露する。
平民のする所作ではない。より不気味な印象を与えられるのではないかとダメ押しでやってみたのだが、男の表情は完全に引きつっていた。ちょっと怖がらせすぎてしまったか?
「パルレ、無事交渉がまとまりましたわ。参りますわよ」
「はっ、はい! お嬢様!」
気絶したふりを続けていたパルレを引き連れ、私はビクビクしながら歩く男のあとを着いていった。
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