第36話 反撃開始!
籠城4日目。
突貫で準備を終えた私たちは、北門上の城壁で待機している。
あちこちから雄叫びや悲鳴、魔物の吠声が聞こえる。
城壁に取り付く魔物に石を落とし、熱した油をぶちまけ、弓で射る。
登ってきた魔物は槍で叩き、剣で切りつけ、時には蹴って地面に落とす。
この4日間、ずっと続いてきた光景だ。
援軍が来るまで持ちこたえられれば……と信じて戦ってきたが、そろそろ体力的にも精神的にも限界を迎えつつある。
人間同士の戦争ならば、わずか4日でこれほど消耗はしない。
日が落ちれば、ほとんどの場合は戦いが中断するからだ。
しかし、魔物には昼も夜も関係ない。
文字通り昼夜の別なく押し寄せてくる魔物の大群に、兵はすっかり疲弊していた。
――だからこそ、いまは反撃が必要だ。
目的は3つ。
ひとつ目は士気高揚。
ひたすら防戦一方ではどうしたって士気の低下は免れない。派手な戦果をあげれば、精神面はかなり回復するだろう。
ふたつ目は戦況に波を作ること。
一本調子で攻め立てられていると休む間もない状況に陥ってしまうのだ。痛撃を与えることで、わずかな間でもいいから攻撃の手をゆるめさせたい。
みっつ目はずばり斬首戦術だ。
変異種は同種であっても群れをなさない。それが共食いもせず、一丸となって王都を攻めているのはなんらかの力で操られているからに間違いない。
では操っているのは何者か。問うまでもあるまい。巨大な赤子に変異したイログールイの王冠に立つ、混沌の魔王とおぼしき男だ。大将を討つことで、魔物の統制を失わせる作戦である。
ふたつ目までは確度が高いと思う。
みっつ目については……正直、賭けだ。しかし、その喉元に迫るだけでも、その後は守りにも意識を割かざるを得なくなるだろう。それで攻撃の圧力が下がれば万々歳である。
太陽が沈む。
レヴナントが蝙蝠怪人バット・バッデスと化すのを皮切りに、他の怪人たちも一斉に変身していく。
蜘蛛怪人スパイディ・ダーマは八本の手足を構え、
深海怪人ダイオウ・テンタクルスは無数の触手をうねらせ、
猛虎怪人ティガ・タイガーは不敵に牙を剥き、
獅子怪人ライオニダスは地平線まで届く咆哮を上げ、
関取怪人オーゼキングは大地を揺らす四股を踏み、
蟷螂怪人マンティス・シザースは鋭い前肢で空を切り、
妖艶怪人ドライラウネは色とりどりの花びらを舞わせる。
「皆の者、準備はいいか!」
『イーッッ!!』
全身タイツを鞣し革や金属片で補強した六十名の戦闘員たちも、右手を垂直に掲げて一斉に鬨の声を上げる。
「では将軍怪人オトーサマー! ……じゃなかった、ヴラドクロウ公、頼む!」
「うむ、任されたぞ、斬殺怪人キルレイン殿」
うっかり怪人名と呼び間違えた私に、お父様は余裕綽々で軽口を返す。
イザベラ・ヴラドクロウがキルレインの正体であることはもはやバレバレなのだが……こういうのは気分の問題なのだ。悪の秘密結社が開き直って秘密を暴露していいのは、最終回付近に「冥土の土産」と称してペラペラしゃべるときだけなのだ!!
「秘められたる力よ、いまこそ解放せん。我が呼びかけに応えよ、炎龍殺し!」
お父様が家宝の宝剣を掲げる。
発動句に反応した魔剣がその刀身を赤熱させ、炎を吹き出しはじめる。この魔剣は、初代ヴラドクロウが炎龍を仕留めた剣だ。炎龍の心臓を貫いたことで、その力を宿したと言われている。
大量の魔力と生命力を注ぎ込むことにより発動する大技が――
「我が焔炎にひれ伏せ! 《灰は灰に》!」
熱波が頬を打つ。
閃光が瞼を焼く。
轟音が大気を震わせる。
炎龍殺しから発せられた大火球が、城門の前に群がっていた魔物を数百匹まとめて吹き飛ばす。着弾点には、まるで太陽が落ちたような煮えたぎるクレーターができていた。
「穴は穿った! 者共、門前を確保せよ!」
『応っ! 応っ! 応っ!』
正門が開き、飛び出していくのはヴラドクロウ家及びその一門の郎党約200。
全身鎧に身を固めた金属塊が、大盾を持って突進していく。
騎士も従士も全員徒士だ。
騎馬では役割が果たせない。
揃いの斧槍を振るって魔物の群れを押し返し、盾の尻を地面に突き立てる。瞬く間に鉄壁の布陣が出来上がっていく。
「よーし、お次はあっしらの出番だね! おらっ、てめぇら! 行くぞ!」
『うぉぉぉおおお!!』
門前にできた空白に、今度は長身の女を先頭にした男たちが駆け込んでいく。
その姿は騎士たちとは異なりてんでバラバラで、薄汚れた革鎧、破れのある鎖帷子、金属片を縄で身体に縛り付けているものなど。得物も統一されておらず、先の欠けた長剣なんてマシな方で、ツルハシに鍬や鋤、釘を打ち付けた棍棒など雑多そのものだ。
それらがひとかたまりになって、一本の錐となって、魔物の大群に突き立てられる。
雑多な寄せ集めで出来た錐の先端にいるのは《黒百足の》バハト=ニシュカ。
巨大な戦斧を振るうたび、魔物が数匹ずつまとめて吹き飛んでいく。
「ヒャッハー! 汚物はぶった切るぜぇー!」
「ヒャッハー! てめえらの血は何色か見せろやぁー!」
「ヒャッハー! こんなにでけえ犬頭矮人がいるかっつうんだ!」
率いるは冒険者という名のチンピラオールスターズ。
凶暴すぎてジャークダーに勧誘されなかったものたちである。
ニシュカの背中を追いながら、一振りごとに魔物を仕留めている。
うーむ、人格面の問題さえ無視すれば非常に頼もしい戦力だな。
「おらっ、敵が薄くなってきたぞ! 嬢ちゃんもぼちぼち続きなっ!」
「承知! 皆の者、続けい!」
『イーッッッ!』
私とドライラウネの支援魔法の重ねがけにより強化されたジャークダー全軍が、一斉に城壁から飛び降りる。手に手に道具を抱えながら、ニシュカが作った道を駆け抜けていく。
目指すは一直線に魔王のもと――ではない。
魔王のいる北ではなく、東に向かって駆けていく。
囲みを抜けて、魔物の少ない場所まで出るのが最初の作戦目標だ。
「おい、うしろから大物が追ってくるぞ。足止めに戦力を割くか?」
レヴナントの言葉に振り返ると、巨大な何かが向かってくるのが見えた。
四つ目のサイを思わせる頭部に、奇妙な斑点模様のイモムシがくっついた巨体の変異種だ。それが暴走する大型トラックさながらに、魔物を轢き潰しながらこちらに向かっている。
くっ、厄介なのに目をつけられたな。
戦力の分散は避けたいのだが……あんなデカブツに背後を突かれたらそれどころではなくなってしまう。アレを止めるには、パワータイプの怪人が最低2人は必要だろう。こちらの手駒は3枚。大樽を担いで走るティガ、ライオニダス、オーゼキングを見る。1人なら割けるか……? ああ、でも1人で止められるとは思えない。
くそっ、手駒が足りない……!
私が舌打ちをしかけた、そのときだ。
「ここは俺に任せろ! ジャークダー!」
「俺たちに、でしょ。手柄の独り占めはさせないわよ」
「もう、クレイは本当に後先を考えないんですから」
巨大変異種の前に3人の少年少女が立ちふさがった。
そう、彼らの正体は――
「「「ジャスティス・チェンジ!!」」」
その叫びとともに、彼らは変身する。
現れたのはジャスティスサンライズ!
赤、青、緑の全身スーツを身に着けた彼らが、巨大変異種へ駆けていく。
「ちょっ、君たちじゃ無理だって!」
距離が遠い。支援魔法が届かない。
いまのクレイ君たちがまとっているのはパワーアップ効果を持ったマジックアイテムではなく、ただのコスプレなのだ。あのデカブツは新米冒険者が相手にできるようなものじゃ――
「うおおお! 爆裂斬撃!!」
ジャスティスレッドの斬撃が、爆発を伴ってサイの角を砕く。
あれは魔法剣!? 武器に魔法をまとわせて放つ高等技だ。我が家の騎士団にだってできるやつは何人もいないぞ!?
「邪魔だから寝てなさい! 水霊の制裁!!」
ジャスティスブルーの短杖から、九つの水流が迸る。
こっちは高等魔法!? 《激流の鞭》を同時に複数発動し、敵を打ち据える水魔法の大技だ! 直撃を受けたデカブツが、土砂を巻き上げながら横倒しになる。
「大地に還り、森の恵みとなりなさい。《岩穿つ生命の根源》!!」
ジャスティスグリーンの足元から植物の根が無数に伸び、横倒しになった巨大イモムシの腹を次々に貫く。さながら穂先を揃えた騎兵の馬上槍突撃だ!
世界樹信仰はそれほど詳しくないけど……たぶんこれ、最高位クラスの奇跡なんじゃないかなあ。
「キルレイン、何をぼやっとしてる! ここは俺たちに任せろ!」
「ジャークダーと共闘なんて想像もしなかったけど、ま、悪くないじゃない」
「エイスは英雄物語が大好きですものね。ま、私も嫌いじゃありませんけど」
ジャスティスサンライズが、他の魔物の追撃も阻止してくれている。
いやあ、さっきの大物、どう考えても新米冒険者が相手にできるようなものじゃなかったんだけどなあ。
日頃から普通の冒険もがんばってたみたいだし、知らぬ間に想像以上の実力を身に着けていたのか、それともこの土壇場で真の力に覚醒したのか……うん、後者ってことにしよう!
ピンチに覚醒するのは正義のヒーローの特権だ!
そうだ、君たちはそれでいいっ!!
「よっしゃ、囲みを抜けたぜ! 背中はあっしらに任せな!」
「恩に着るぞ、黒百足!」
「ハッ! 抜け荷はあっしの十八番よ。恩に着られるほどのことはしてねえや!」
「じゃ、いつかの店でモツ煮食べ放題!」
「おいおい、酒もつけてくれよ?」
軽口を交わして、ニシュカを追い抜いていく。
辺りに魔物はいない。
追撃はニシュカ率いるエリートチンピラーズが食い止めてくれている。
よし、ここいらで作戦の第二段階に突入だっ!!
作品がお気に召しましたら、画面下部の評価(☆☆☆☆☆)やブックマーク、感想などで応援いただけると幸いです。




