第35話 夢の中へ
これは夢だ。
すぐにわかった。
なぜなら、幼稚園バスに乗っているから。
窓の外には太陽にきらめく砂浜が続いていた。
車内には白人、黒人、ラテン、中東、ミックス……などなど、あらゆる人種の子どもがいて、シリコンバレーの土地柄を感じられる。みんな、親は同じ会社だ。世界最高の時価総額を誇るそのIT複合企業は、従業員への福利厚生の一環として、家族向けの幼稚園まで用意していたのだ。
ま、この頃の自分にそんな難しいことはわからなかったけど。
自分の手を見ると、もみじのように小さくて、ぷっくりとしている。
お母さんの長くてしなやかな指とは大違いだ。
あの指がトントンと包丁を使って、魔法みたいにおいしい料理を作ってくれるのを眺めるのが好きだった。
お父さんの手はごつごつですっごくおっきい。
なのに、ピアニストみたいにすらすら動いて、私がリクエストした絵をあっという間に描いてくれる。ペンタブレットとキーボードは、私の目には魔法の道具に見えた。
お父さんもお母さんも、私にとっては魔法使いだ。
自分も将来はあんな魔法使いになりたいと、なれると思っていた。
今日は私の6歳の誕生日だ。
家に帰ったら、いつもは1時間までって約束のキッズチャンネルで、正義戦隊ジャスティスイレブンの最終回を観るんだ。最終回は2時間だから、一気に観たくて誕生日まで我慢していた。お母さんのごちそうを食べながら、お父さんと一緒にジャスティスイレブンを応援しよう。
その頃のシスコでは特撮が流行っていて、何十年も前の日本の特撮番組がオンデマンドで放送されていた。大怪獣、変身ヒーロー、どちらともつかない不思議なもの。
ぜんぶ、ぜんぶ大好きだけど、一番はやっぱり戦隊ヒーローだった。
真っ直ぐなヒーローたちに、どこか憎めない悪の秘密結社。
なんてったって、斬殺怪人キルレインがカッコいい。
だって、日本のサムライみたいだったから。
2歳まで暮らしていたっていう、私の知らない、私の故郷。
仕事が落ち着いたら休暇をとって、ネット通話でしか会ったことのないおばあちゃんのうちに行こうってお父さんたちは言ってるけど、それはいつになるんだろう?
ポーチに付けたジャスティスイレブンのキーホルダーをいじりながら、そんなことを考えていた。
すると、急に身体が前へと押し出される。
バスが停まったんだ。
幼稚園はまだ先なのに、なんで?
ぱあん、ぱあんと風船が割れるような音。
ガラスが割れて、運転手さんと、警備員さんが、頭から血を流して倒れる。
目出し帽をかぶった人たちが乗り込んでくる。
「急に失礼するね、小さな淑女と紳士たち。私たちは《未来を守る会》だ。邪悪な巨大企業に洗脳されつつある君たちを助けにきた。だから、安心しておくれ」
知らない人たちがもつスプレー缶から、変な匂いのするガスが出て、私は意識が遠くなって――
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――
――先生は語る。
「ゆえに、20XX年、太陽磁気嵐によって現代文明は崩壊し、野生と暴力が支配する原始の世界が帰ってくる。わかったかな?」
ナイフを使った格闘術の授業。
ゴム製の模造品だが、当たると痛い。
斬られればミミズ腫れになる。
必死に練習した。
――先生は語る。
「電子制御される機械はすべてが使えなくなる。この事実が知られれば、株価が大暴落する。それを恐れ、政府や大企業はこの事実を隠している」
黒色火薬の調合。
炭をすり潰し、硫黄と硝石と混ぜる。
暗い場所でも作れるように、灯りのない洞窟で訓練した。
いまや匂いと指先の感覚だけで、思い通りの火薬が作れる。
時折爆音が聞こえて、仲間がひとり減ったことを知る。
――先生は語る。
「精密機械や兵器がなくなるとどうなるか? 剣と槍の交わる闘争が復活する。散兵戦術は有効性を失い、陣形をなした集団同士のぶつかり合いの時代に戻るのだ」
兵棋演習。
古い戦史を教材に、地図の上で駒を動かす。
一見遊びのようだが、負ければ食事を減らされるから必死だ。
面白いなんて思ったことは一度もない。
全軍突撃からの、決死隊での本陣急襲。
なんとか勝てた。
――先生は語る。
「外の世界には嘘しかない。嘘つきの政治家に、嘘つきのマスメディアに、嘘つきの大企業だ。彼らは三百人委員会の操り人形だ。彼らの言うことは一切信じてはいけない」
サバイバル訓練。
ナイフ一本で水も持たされず森の中で1週間耐える。
蛙も、ネズミも、イモムシだって貴重な食料だ。
蛇を見つけたときは小躍りしてしまう。
普段の食事よりずっとおいしい。
――先生は語る。
「君たちのパパとママは、脳にチップを埋め込まれて思考制御を受けていた。悲しいことに、彼らはもう人間ではなくロボットだったんだ。その証拠に、太陽磁気嵐が来れば脳が焼ききれて死んでしまう」
実戦投入。
ロボットになった人々を、先込め銃で狙撃する。
車に罠を仕掛け、手製の爆弾で爆破する。
待ち伏せて、ナイフで頸動脈をかき切る。
洗脳解除の実績が増えるたび、組織内での立場が高まる。
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今日の狙いは大物だ。
テロ撲滅を掲げるタカ派の上院議員で、《未来を守る会》を名指しで非難している。
私の先込め銃の先には、幼い我が子を抱きしめてソファに座る議員がいる。
今回の目的は、逮捕、収監された同志たちの解放だ。
早く洗脳を解いてやりたいが、そういう訳にはいかない。
大事な大事な、交渉材料だ。
リビングのテレビはつけっぱなしだった。
やることがないので、ついそちらに目を引かれてしまう。
どうやらキッズチャンネルのようで、何か見覚えのある番組だった。
色とりどりのコスチュームを着た人間たちが、奇妙なきぐるみたちと戦っている。
『覚悟しろ、キルレイン! お前との戦いもこれで決着だ』
『ふっ、ジャスティスレッド。まさか貴様に敗れる日が来ようとはな……。さあ、ひと思いに殺せ』
『……キルレイン、改心はできないのか? 俺にはお前が、根っからの悪党には思えないんだ』
『甘いことを言う。大義のためとは言え、私は罪を重ねすぎた。いまさら後戻りなどできぬ。さあ、早くやらぬか! それとも私は敵にトドメもさせぬ腰抜けに負けたとでも言うのか!』
『くっ……わかった。お前は間違いなく最強のライバルだった。お前の誇り、認めるわけにはいかねえが、たしかに見届けたぜっ!』
赤いコスチュームの男が、鎧武者の女に大砲のような銃を向ける。
引き金が引かれた、そのとき――
『キルレイン様、助太刀っす!』
『マサヨシっ!? なぜ、貴様!?』
黒い全身タイツの男が割って入り、その身を呈して女を守った。
私はそれを、食い入るように観ていた。
ああ、そうだ、これはジャスティスイレブンだ。
すべてが変わってしまったあの日、観るはずだったものだ。
正義戦隊ジャスティスイレブン、その最終回、2時間スペシャル。
ふふ、せっかくならはじめから観たかったな。
オンデマンドなら早戻しができるんだっけ?
テレビなんてずっと観てなかったからなあ。
使い方が思い出せないや。
「おい、11番。どうした? 催涙スプレーでも食らったのか? らしくないぞ」
リモコンを手にぼんやりしていると、声をかけられた。
11番ってなんだっけ?
ああ、私のコードネームだ。
本当の名前なんてとっくに忘れてしまった。
頬を熱い何かが濡らしている。
手で触れると、涙だとわかった。
そうとわかると、もはや歯止めが聞かなかった。
「11番、血迷ったか!? 何をする!?」
私は泣きじゃくりながら、仲間たちを全員ぶちのめして拘束した。
そして体育座りになって、最終回を頭から見直した。
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――
「これが君の新しい身分と自宅だ。合衆国にいるより安全だろう。一応は君の祖国だしな。だが、これからも監視は続けるし、行動にも制限がかかる。決して忘れるなよ?」
黒塗りの車に送られて、私はマンションの一室に入った。
渡された真新しい身分証によると、いまの私は18歳だそうだ。
司法取引の結果、得た報酬がこれというわけだ。
《未来を守る会》を裏切った私は、そのまま連邦捜査局に逮捕された。
組織の情報を洗いざらい話した。
捜査にも協力し、《未来を守る会》はほとんど壊滅状態になった。
だが、残党があちこちに散らばっているらしい。
財布を持って、買い物に出る。
道行く人々の言葉がまったくわからない。
お父さんとお母さんは、いつか日本に帰ったときに言葉を忘れていないよう、家の中では日本語を使ってくれていた……と思う。
だが、十年の歳月は私から祖国の言葉を完全に奪い去っていた。
まずは言葉の勉強からだな……。
書店で英語のわかる店員に、日本語の教本をいくつか選んでもらって帰った。
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22歳。
情報系の専門学校を出た私は、小さな広告代理店になんとか入社できた。
特撮を観まくって日本語を勉強したせいで、どうも言葉遣いが変らしく、それを逆に面白がられたようだ。
仕事は忙しいが、やり甲斐がある。
残業、飲み会、社員旅行、何気ない雑談。
ぜんぶの普通が、ぜんぶ新鮮だった。
けれど時々悪夢で目が覚める。
私が手にかけた……いや、正面から向き合おう。
私が殺した人々が、顔のない顔で私を見つめている夢だ。
いっそ罵倒でもしてくれればいいのに。
彼らのことを何も知らないから、夢の中でも想像すらできないんだ。
こんな悩みは誰にも相談できない。
職場の同僚から、「┓▓*▨さんって、なんか1枚壁がある感じがするよねー」と冗談めかして言われた。
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――
「お嬢様、お嬢様! 大丈夫ですか!?」
目を開くと、そこにはパルレの顔があった。
最悪の夢を見ていたけれど、おかげで少し気分が楽になった。
「ええ、大丈夫。私はどれくらい意識を失ってたの?」
「1時間ほどです。療術士は、傷は浅いから心配はないだろうと言ってましたが……もう、心配で心配で」
「ごめんね、パルレ。いつも心配ばっかりかけちゃって」
私はこの愛すべき侍従の頭を撫でるために、寝台から身を起こす。
「さっそくだけど、お願いごとがあるの。これから言うものを用意してくれるかしら?」
私は寝台の横にあったメモ帳に必要なものを箇条書きにする。
「鍛冶ギルドと錬金術ギルドに揃ってると思うわ。料理人ギルドや薬師ギルドも持ってるかも。運搬の人手は戦闘員を使いなさい」
「こんなもの、一体何に使うんです?」
「大事なことなの、お願い。私はこれからお父様に策を伝えに行くわ」
「そりゃお嬢様の言うことなら従いますけど……」
パルレは納得いかない様子ながらも、メモを片手に小走りで部屋を出ていく。
私も頭痛に耐えて歩きはじめた。
まったく、最悪の夢だったけど、おかげで戦い方を思い出した。
街にこもって防戦一方なんて私らしくもない。
ぼちぼち反撃開始といきますか!
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