8話 ギルドでの生活
今はギルド職員の出勤時間でまだ窓口は開いていない。
冒険者は数人いる事はいるが、今日の段取りの打ち合わせ等で早く集まった者たちのようだ。
朝の準備をしていた猫獣人の受付嬢に声を掛ける。
「おはよう、ニャルムさん」
「あっ、おはようございますニャ。シルドさん。…あのう…昨日はご愁傷さまですニャ。」
いや、誰も死んでないって。でもこういう言い方をするって事は…
「俺がクランを抜けたって事はすでに?」
「ハイですニャ。あっ、でもこの事はまだ職員しか知っていませんニャ。」
「そうか。ギルマス呼んでくれないか。相談したいことがある。」
「その事でしたらマスター室に案内する様、ギルドマスターから既に承ってますニャ。」
話が早い。
「じゃあ案内してくれ。」
「はいニャ。」
「ほら、アートも一緒に」
「はい。」
<トントン>「ギルドマスター。シルドさんをお連れしましたニャ。」
「わかった、入れてくれ。」
<ガチャ>「どうぞニャ」
「おはようございますギルドマスター。」「お、おはようございます。」
「おはようシルド君、と、そちらはアート君だったかな。」
「は、はい。」
「緊張しなくてもいいよ。二人とも、こちらに来て掛けたまえ。ニャルム君、ここはいいから通常業務に戻りたまえ。」
「わかりましたニャ。失礼しますニャ。」(ちぇっ。さぼれると思っニャのに~)<ガチャ>
「シルド君を呼んだのはクラン脱退の件で話すためだが……シルド。またかよ。」
「そう言わずに頼むよ。オーサ兄。」
ギルドマスターのオーサン=ジラールは孤児院の先輩だ。
俺たちは先輩を頼って、田舎から出てきたんだが、その当時の先輩はクランから独立したばかりで俺たちの面倒見てくれる余裕はなかった。
仕方なく俺たち二人だけで頑張った結果、この街での3大クランを担う一角になったわけだが。
オーサ兄はその後ソロでSランクにまで登り、今では引退しギルドマスターの地位に納まっている。
苗字が違うのはその際に前ギルマスの養子になったからだ。
「ったく。新人冒険者は犬や猫じゃねえんだぞ。そうポンポン拾ってくるなよ。」
「磨けば光る期待の新人君だよ。それに、これが最後だから。」
「何度『これが最後』を聞いた事か。といってもほんとにこれが最後になるようだな。とその前にアート君。君もどこかのパーティーに入って基礎を固めなさい。そうだな、パーティーへの編入依頼をギルドから出しておこう。」
「そんな。ギルドにそこまでしてもらうなんて…。」
「いいかいアート君。今回は『おっさん達』のお節介だが、それをモノにできるかどうかは君の頑張り次第だ。」
「はい。」
<サラサラサラ><チーーン>
オーサ兄はさっとメモを取り呼び鈴を鳴らした。
<ガチャ>「呼びましたかニャ。ギルドマスター。」
と、間を置かずにニャルムさんが入ってきた。
「ったく。扉の外で休んでやがったな。」
「そんなわけないですニャ。『もうそろそろお呼びがかかるかニャ』って戻ってきたばかりですニャ。」
「足音がしなかったんだが。」
「私は猫獣人ですニャ。忍び足は得意ですニャ。」
「まあいい。これを今回の依頼に加えてくれ。後、こちらのアート君を控室に待機させておいてくれ。」
「わっかりましたニャ。では失礼しますニャ。アート君、こちらへ。」
「はい。」
アートが立ち部屋から出るところで、
「アート。頑張れよ。」
「…。ハイッ!」<バタン>
いい返事だ。これで彼に道が開けるといいんだが。
「今回の依頼料はお前の預金から差っ引くとして…本題に入ろうか、シルド。おまえ何やらかした? 昨日夕方。フラムの嬢ちゃんがお前の脱退伝えに来たのには驚いたぞ。」
「副リーダー自らとは恐れ入るな。」
「しかもだ、お前には依頼を受けささないよう圧力かけてきやがった。『そんなことをしたら今後、ギルドからの依頼は受けませんわよ。』ってな。」
「そんな報復、お互いに利はないだろうに。何考えてんだ?」
「でだ。そこまでするって事は、お前がよっぽどのことをしたか、あるいは…」
「レードのいないうちに目障りな俺を追い出したかったんだろう。」
「やっぱりそうか。」
「さっさとこの街からも出てって欲しいんだろう。」
「ったく。クランを大きく出来たのが誰のおかげか判っちゃいないのかねぇ」
「まぁ俺もわからないように動いていたからね」
「でも、お前が育てた連中は判っているようだがな。それにお前が拾った連中も。」
「そうか…。」
「でだ、こんな話をしに来たわけじゃあるまい?」
「うん。今日、南へ出立する商隊がないか教えて貰おうと思って来たんだ。二ーフ村に戻ろうと思ってね。」
「おいおい。今日出立ならもう護衛依頼は締め切り済みだぞ。」
「わかってる。交渉は直に自分でするよ。」
「本当は教えちゃなんねぇところだが、お前にはこのギルドも世話になったからな。」
オーサ兄がギルマスになってから、俺個人でギルドの裏の依頼をいくつか請け負ったことがある。
『裏』といっても暗殺等の血なまぐさい依頼ではなく、貴族がらみや迷宮入り案件等のギルドとしては表に出せない依頼だ。
「商隊じゃねえが南へ行く一団が一つある。」<サラサラサラ>「ここへ行ってみな。」
と、渡されたメモには『ウーズメ一座』?演劇団か?
「オーサ兄。恩に着る。あっ、預けてある俺の預金だけど、今日みたいに新人のために使ってくれないか?」
「わかったそうさせてもらう。」
「じゃあ早速行くよ。」
「ちょっと待て。」
オーサ兄はおもむろに立ち、飾ってあった盾に手をかけそれを俺に投げてよこした。
「『盾』職が盾を持ってないと様にならんだろ。持ってけ。」
「でもこれって兄の大事な物じゃ…」
「大事な物でも使われなきゃ意味がねぇ。埃をかぶらせとくより使われる方が喜ぶってもんさ。」
埃も被っていない常に整備されてる盾に対して言われてもなぁ。
でもここは、有り難く受け取っておこう。
「ありがとう。」
「ああ。村に戻ったらオヤジによろしく言っといてくれ。」
「ああ。」<バタン>
マスター室を出るとそこには、職員一同が勢ぞろいしていた。みんな仕事は?
「やっぱりこの街を出て行かれるんですね。」
「寂しくなりますワン。」
「ケッコー頼りにしてましたのに。」
どうやら、俺は慕われていたらしいな。
<バタン!>「お前らー!仕事はどうしたー!」
「「「「「ひぇーーーーー」」」」」
ギルマスの怒鳴りに皆が退散するなか、ニャルムさんだけが残ってた。そして
「お元気で、ですニャ。」
抱きついて来た。
「ああ。ニャルムさんも。」
いつも元気娘のニャルムさんに、こんなしおらしい面もあったんだな。
口説いとくべきだったかな?
少し残念だ。