4話 止まり木亭での厨房生活
さてと、明日はギルドに顔を出すとして今夜の宿だが、
「おーここだ、ここだ」
『止まり木亭』
駆け出しのころ定宿にしていたんだよな。
飯代がないときには皿洗いもさせてもらったっけ。
「お嬢さん、部屋、空いてるかい。」
店番の娘さんに声をかける。
「ごめんなさい。今満室になってまして御泊めすることはできません。」
ダメもとで入ってみたがやはり満室か。昔っからこの宿は人気だったからな。
別の宿を探すか。
「懐かしい声が聞こえたから来てみればシルド坊じゃないか。」
「ご無沙汰してます。おばちゃん。」
この宿のおかみさんのテナーさんが奥から出てきた。
「クラン立ち上げてからめっきり顔を出さなくなっちまったが、どうしたんだい。クランおん出されちまったのかい。」
「はい、文字どうり。」
「ありゃまあ、冗談で言ったのに本当だったとは。…何か訳ありの様だね。」
「ええ、明日には街を出る予定です。」
「そうかい、何だったらウチで働くかい?」
「いえ。田舎に帰ってのんびり暮らそうかと。」
「そうかい、残念だねぇ。そうだ、一泊なら昔みたいに屋根裏でよければ泊めてあげれるよ。おまけに厨房手伝ってくれるんなら宿代もタダだ。」
「助かります。」
金がないわけでは無いが、こういった好意には甘えておこう。
「荷物置いて身ぎれいにしてから厨房に来ておくれ」
勝手知ったる我が家のごとく屋根裏部屋へ向かう。
この屋根裏部屋も久方ぶりだ。
埃も積もってないし、真新しい荷物もある。
おばちゃんは、昔の俺らみたいな駆け出し冒険者をここに住まわせているな。
確か水場はこっちだったな。
この宿は敷地内に井戸があり宿泊者は自由に水を使うことができる。
一応衝立はあるので、すっぽんぽんになってもまあ…大丈夫だろう。
井戸から水をくみ上げて『ヒート』をかけお湯にする。
まずは一杯頭からかける。
それを何度か繰り返してから。次に『ドライヤー』で温風を作り体を乾かしてゆく。
そこで持ってきた洗濯済みの衣装に着替える。
元、着ていた衣装は札付きの袋に入れて洗濯ポストへと入れておく。長期滞在者向けのシステムでここに入れておくと洗濯してもらえるのだ。ただし料金は割高で受取は2日後だが。
身ぎれいになったので厨房へ向かうと、厨房に着いて早速、
「今日の献立はシルド坊に任せようかね。」
おばちゃん。『手伝い』じゃなかったの?
「20を超えたおっさんに『坊』は 止めとくれよ。」
「何言ってんだい。どんなに時が経とうとあたしにとってはあんたは『坊』だよ。で、ここにある材料は何使ってもいいから30人分作っとくれ。」
丸投げである。
クランでのレイド戦では50人分の野営食賄ったこともあるし、ここは設備の整った厨房だ。何とかなるでしょ。
野菜はある。
パンは焼き立て。
だが肉は固い赤身肉。
「普段は薄切り肉にして焼いてるんだけどね。」
昨日の残り物のパンと、脂身…とくれば
「わかりました、早速始めます。」
まずは残り物のパンを牛乳に浸してふやかしておく。
次には2丁包丁で赤身肉と脂身をミンチだ。
その間、厨房の子に
「野菜を切って茹でてもらってくれ。スープも忘れずに頼む。」
と指示を出しておく。
後は、ふやかしたパン、ミンチ肉、塩とハーブを混ぜひたすら捏ねる。
捏ね終われば、一人分ずつ手早く小判型にまとめてゆく。
俺の十八番料理の一つ。ハンバーグだ。
出来たものから冷蔵室へしまってもらう。
街の宿屋では氷式の冷蔵室を持っているところが多い。
氷屋と契約して定期的に氷を納品してもらってるのだ。
嵩増しした分、倍は出来たな。
これで下ごしらえは終了。
いったん休憩だ。
「つっかれた~。女将さん。飯頼む。」
「あいよ、二人前だね」
宿泊者たちが帰ってきた。
第二ラウンド開始だ。
帰ってくる人数を足音から把握し順次ハンバーグを先焼きしてゆく
そのおかげで、
「あいよ!2人前上がり!」
と注文が来てすぐに料理が出せるのだ。
「今日はやけに早いな。今日の献立は…見慣れない形だな。これは挽肉か?」
「挽肉~?そんなくず肉なんて食えるかよ!」
この世界での一般常識。挽肉は剥き身等を集めたくず肉という認識だ。
「でもよう、この存在感。焼き立てのジュージュー音。そしてこの香り。くず肉でも構わねえ。俺は腹ペコなんだ!食うぞ!ハグッ!……」
「どうしたんだよ固まって。まずい肉に声も出ねぇか?」
「う、う、う、う・ま・い・ぞーーーー!」
そんな料理漫画な表現しなくとも…
「お、お、お、おい!」
「お前も食ってみろよ。これ!くず肉なんかじゃねえぞ!」
「おっ、おう!……ハグッ!…う・ま・い・ぞーーーー!」
「だろっ!うめぇよ、うめぇよ。女将さん、御代わりできる?」
「できるけど、御代わりからはお金取るよ。」
「構わねえよ、も一つ追加!」
「おっ俺も!」
こういったやり取りが続き危うく賄分まで出してしまうところだった。
客もはけて来たし、賄分を厨房の子らに振舞うと、テナーさんが
「いいかいお前たち。味は覚たかい?手順は見ていたね。」
この世界。一般的には『見て覚えろ』『技は盗め』の世界だ。
「おばちゃん。レシピは書き出しとくから心配しなくてもいいよ。」
「そうかい。わるいねえ。」