14話 ある農民の生活
この前の収穫分は、半分しか引き取ってもらえなかった。
皆で頑張って育てたというのに。
残りの半分は、虫食いだの形が歪んでいるだの言われ
「二束三文なら引き取りますよ」
などと。
そんな値段で売るのなら自分たちで食べた方がましだ。
可能な半分のみの出荷を承諾すると。
「頼んだ半分の量しか用意できなかったのです。お約束していた半額。では引き取れませんな。せいぜい銀貨2枚ですな」
口惜しいが売れないよりましと、泣く泣く承諾するしかなかった。
農作業から帰ると、共同倉庫の鍵に違和感を感じ中を確認すると、例の「二束三文」の野菜が一切なくなっていた。おまけに台車も。
「泥棒に入られたか?」
とも思ったが、中の様子は『荒らされた』というより単に『運び出された』事を示していた。
鍵自身もかかってはいたが、子供の足跡?
息子のラビトの仕業ではないかと推測していると、
「お父さん、ただいま。」
ラビトが帰ってきた。
「お帰り、ラビト。倉庫に野菜がないが、ラビトが運び出したのか。」
「うん、馬車塚に居たシルドっていうおじちゃんが『売り物にならない野菜でいいからかき集めてきてほしい』って頼まれて運んだんだ。」
勝手なことを…。これは次の収穫までに食つなぐ分だったのだ。それを知らないわけでは…いや…もしかして
「う、売れたのか?」
「うん。お父さん売れなくて困ってたでしょ。もっていったら全部買ってくれたんだ。お金は、運び賃も含めて1人銀貨2枚ずつもらったけどもらいすぎだし、別にお駄賃もらったから、そのお金、全部ボクが預かってるよ。はい、銀貨8枚。」
なんと…商人と契約してた額より多いじゃないか。
「それよりおなかペコペコ。おじちゃんがパンと肉をくれたんだ。お母さんに肉、焼いてもらおう。」
なんと奇特な方もおられたものだ、ぜひとも会ってお礼を言いたいところだが、今から馬車塚へ向かうと帰りはもう真っ暗だ。塚へは早朝向かうとしよう。
一応、村民たちと情報を共有しておこう。
板っ切れを拾いそこに『回覧板:夕食後、打板の音を合図に村長宅へ集合』と書き。
「ラビト。おなかすいてるとこ悪いがこれをすぐ隣の家へ持って行ってくれ」
「うん、解った。お父さん、コレ、お母さんに渡しておいて。じゃあ、行ってきます。」
渡された肉と思われる包みをかいでみたが少し酸っぱいにおいがした。「腐ってる。捨てようか。」と思ったが、その後の食欲をそそられる匂いに思いとどまった。
妻に渡すと自分と同じことを思ったのだろう、一瞬顔をしかめた後、おや?という顔になった。
「コレは何ですの?」
「ラビトが冒険者からもらった肉だそうだ。焼いて食べるように言われたらしい。」
「まあ。それでしたら早速焼いてみましょうね。でラビトは」
「隣へ使いを頼んだ。すぐ戻ると思う。」
「ただいま。シキイちゃんちもういいにおいがしていたよ。お母さん早く肉焼いて。」
「ハイハイ。すぐ焼きますから、ちゃんと手を洗ってから配膳手伝って。」
「はーい。」
「「「『聖クッタベルタ様。今日の糧を与えて下さり感謝いたします。』」」」
一通り食事の準備は出来ていたので、肉は焼き立てが食べられる。
<ハグ>「う!うまい!」
なんとも柔らかく、そしてまぶしてあるハーブが食欲をそそる。
そういえば…
「この肉、なんの肉か聞いたかな?」
「ううん。言ってないよ。多分…大きな熊の肉。」
「えっ?……」
野獣の肉って臭くて食べれたものではないはずでは…
冬場の角兎なら脂がのってうまいが…これが…熊の肉?
「そのおじさん。熊に何かしてなかったか?」
「えーとね、樹につるした後、熊におじちゃんが手を当てると熊の口から血がたくさん出ていたよ。」
どうやったかわからないが血抜きをしっかりしたようだな。
「あと野菜を運んだら熊はいなかったよ。おじちゃんは駄賃だといって樽の白い液体の中からこの肉を取り出し持たせてくれたんだ。だから多分これ、熊の肉」
「そういえば焼く前に肉は白く濡れてたわね。洗って流しちゃったけど。洗わない方がよかった?」
「いや、十分おいしいからいいよ。」
その白い液体がこの美味さの鍵か。
そしてこのパン。
なぜかイースト臭がしない。それなのにふわふわだ。
「僕、こんなパン初めてだ。」
この貧しい村ではド麦だけのパンなど焼けない。
いろんな雑穀を混ぜた固いパンしか手に入らないのだ。
しかし、
ド麦粉があったとして、果たして野営時にこんなパンが焼けるだろうか?
それにこの形。
「このパンはどうやって焼いていた?」
「ん?木の棒に巻いて焚火で焼いていたよ。」
ますますわからん。窯でなくともパンは焼けるのか?
多少の疑問はあるが、その方のおかげでうまい夕食となったのは事実だ。
「「「『聖クッタベルタ様。今日の糧、おいしくいただきました。感謝いたします。』」」」
打板を鳴らし皆を集め今日の報告をする。
「今日ラビト達が馬車塚で、先日の売れ残りの野菜を全部売ってくれた。」
「んだ。息子から聞いただ。そのうえにパンと肉をもらったと。」
「そうだ、あのパンと肉、うまかったべ。」
「うちの子は下の子に飴もらって帰ったぞ。」
「ほう、よかっただな」
「んだんだ」
それそれ話し始めて収拾が付かなくなる前に
「そのおかげで、次の収穫までの生活費を稼ぐことができた。なんと銀貨8枚だ」
報告を続けることにした。
「えっと、確か商人との取り決めでは6枚だったべ」
「んだ。それをいちゃもん付けられ半分を2枚。もう半分はタダ同然だっただな。」
「そのタダ同然の半分を銀貨8枚だって。」
皆が驚いている。私もだが、ここはまとめ役としてちゃんと決めたことを発表しよう。
「今季で計銀貨10枚の収益があった。ここで各家には銀貨1枚ずつ。残り銀貨6枚を今後のため村で預かるとする。よろしいかな?」
「よろしいも何もそれはムーラに任してるべ。」
「んだ。今日は売れてもこの先どうなるかわかんねえだしな。」
「ムーラさんが預かっていていて下さい。おまかせします。」
了承してもらったところで、
「明日早朝、買ってくださった方にお礼を言いに馬車塚まで行ってくる。だから朝仕事は少し抜ける事になる。」
「それなら気にせんでええて」
「んだ。儂らの分も礼を言っておいてくれ。」
「パンと肉、飴のお礼も。」
「わかった。」
早朝、空が白み始めた頃に村を出立。この時間ならもう、夜間の魔獣はほぼ出てこない。
なんとか日の出前に馬車塚に付くことが出来たのだが…はて?
シルドという方は大きな隊の一員だと聞いていたが、今塚にあるのは馬車が数台。それもどうやら1台単位の別隊の様子。
とりあえず朝食の準備をしている隊に聞いてみよう。
「失礼。私この先の村で村長をしておりますムーラといいます。シルドという方をご存じないでしょうか。」
「あっ。シルドさんの所属する隊ならもう出立なされたよ。」
もうですか?
「昨日はシルドさんのご厚意でごちそうをよばれました。あの野菜は貴方の所でとれたものですか?」
「はい、買っていただいたシルドさんに一言お礼を言おうと赴いたのですが…」
「それは残念でしたね。いやしかし、おいしい料理でした。野営であんなおいしい食事は初めてです。素材が良かったのでしょう。売ってくださりありがとうございます。」
売っていない方にまで感謝される等。私の所で作った野菜は何の変哲もないただの野菜のはず。
それをおいしい料理にする等、シルドという方は冒険者と聞いてましたが、「料理人」の職も持っておられるのでしょうか?
「シルドさんはどういった方なのでしょう。」
私は素直な疑問をこの方に投げかけてみた。
「見た目はそう強くない普通の冒険者ですね。盾職の。年齢的にはベテランの域でしょうが、そう感じなかったのです。そのため私は墓穴を掘るところでしたよ。」
「墓穴とは。」
「あちらを見て下さい。」
傍では職人さんが頭付きの熊の毛皮を下処理中だ…なんて大きさだ。
「このような大きな魔熊をほぼ無傷で討伐されるお方です。そんなお方が『普通』なわけはないでしょう。そんな方との交渉に最低価格を提示してしまったのです。いやあ、あの時は心臓が止まるかと思いました。」
確かにこんな熊を相手をされる方なら、威圧も相当なものだったのでしょう。
「咄嗟に新たな価格提示したところ納得してもらえたようで、その後は元の『普通の冒険者』に戻られました。その後子供達には『優しいおじさん』の態で話しかけられてましたね。」
普段はラビトから聞いた通りの人柄の様だな。
「そのうえ、料理ができれば私たちにも声をかけて下さり、お相伴にあずかった次第なのですよ。」
「そうですか。色々とお話、ありがとうございました。」
「いえいえ。あっ。まだ名乗ってはいませんでしたね。私、毛皮商を営んでおりますフェィク=ファーと申します。ムーラさんの村では何か狩りで仕留められてますかな?」
「いえ、まだ小さな村でして、狩人をするものがいないのですよ。」
「それは残念。それでしたら私どもが懇意にしている狩人を、冬場にそちらに派遣してもよろしいですかな?」
「一人か二人なら御泊めすることは可能ですが。」
「わかりました。そちらへ出向くよう声をかけておきましょう。いや、いい話をありがとうございました。」
「こちらこそ。それでは失礼します。」
確かに冬場だけでも狩人が来てくれると助かるのだが。
帰り道、子供たちとすれ違った。
「お父さん。おじちゃんに会えた?」
「もう出立した後だったよ。」
「う~ん。残念。」
「こずかい稼ぎはいいが、昨日は特別だぞ。くれぐれも怖い冒険者や気位の高そうな騎士様には声を掛けないように。」
「わかってるよ。お父さんも畑仕事、頑張って。」
「ああ。」
「ムーラさんどうでした。」
村に帰ると、朝の農作業も一段落し一服している最中だった。
「会えませんでした。」
「そういうときもあるべな。」
「んだな。」
「それとは別にそこで知り合った毛皮商の方が冬場に狩人を派遣してくれる話をしました。」
「いい話ですね、それは。」
「んだ、肉が食えるべ。」
「んだらその方たちのためにしっかり蓄え作っとかねば。」
もうじきあの商人が買い付けにやってくる時期だ。
そんな早朝、
「こちらは村長宅でよろしいですか?」
訪ねて来られた方がいた。
こんな時に訪ねられるという事は、まだ暗がりに馬車塚なりを出立したという事だ。
魔獣が出なかったのだろうか?
「はい。私が一応村長という事になってます、ムーラといいますが、あなた様は?」
「失礼、私、コウフィン商会で働いておりますキンド=グロップといいます。」
コウフィン商会ってフィーン王国に本拠を持つ大手中の大手な商会ではないですか。そんな大手がこんな辺鄙な村になぜ?
「少し確認したいのですが、この村にラビト君は居りますかな。」
「ラビトは私の息子ですが。」
ラビトが馬車塚で何かやらかしたんだろうか?
いや、ラビトからはそんな報告は受けていないが…
「お父さん、どうしたの?」
ラビトが顔を出した。
「君がラビト君かい?」
「うん、そうだよ。」
「家の手伝いや、小遣い稼ぎ、頑張ってるかい?」
「うん。これから馬車塚へ行くんだ。」
「頑張ってる君にシルドさんからの預かり物があるんだよ。はい。」
キンドさんから革袋が渡される。
「シルドって…あのおじちゃん? これって」
「開けてみて下さい。」
「はい。…わぁ飴だ!」
「『これからも頑張りなさい』って言ってましたよ。」
「うん、。おじちゃんにありがとうって言っておいて。これ、みんなに配ってくる。」
というが早いか、隣の家に向かって飛び出していった。
「元気のある子はいいですね。」
「貴方はシルドって方のお知り合いか何か?」
「はい、シルドさんとは同じ館で育った身でして兄のように慕っておりました。先日久しぶりに会ったところ『あそこの村の野菜は美味い!』と連呼されてましてね、興味を持った私が訪ねさせてもらった次第です。」
「そうですか。立ち話もなんです。中にお入り下さい。」
あの時には会えませんでしたが縁は続くものですね。
「笹茶ですがどうぞ。」
妻がさっそく笹茶を入れてくれた。
「これはこれはご丁寧に、ありがとうございます。では一口。」
「小さな村ですのでこういったものしか出せなくて。」
「いえいえ。十分おいしいお茶ですよ。」
妻は短時間ながらもおいしい笹葉を摘んでくれたようだな。
「ちなみにもうじき野菜の収穫時期ですよね。どこか納入先は決まっているのでしょうか。」
「はい、エー=チゴヤって方が買い付けに来られます。」
「…チゴヤ商会か…」
「何か?」
「そのエーさんとの契約書、見せてもらえますか?」
「いえ…実は…契約書は作ってもらえなかったのです。」
「ほほう」
「『私が信じられないのですか』の一点張りで…」
「…わかりました。次の収穫分以降、私の所で買い取らせていただきましょう。もちろん契約書も作成して。そうですね、まずは1年契約で…」
「ちょっと待ってください、そうなるとエーさんとの契約が…」
「ムーラさん。我々商人の間では『口約束も約束の一つ』という教えがあります。これは自分が交わした約束は必ず守れという、我ら商人に対する戒めです。
それとは別に『親しき中にも契約書』という教えもあります。これはどんなに親しかろうと、契約書という形にすることで相手に安心させろという、これも我ら商人に対する戒めとなっています。
売買契約を結びながら契約書を交わさないなんて、商人としてはあるまじき行為。こちらが先に契約書を交わしてしまえば、相手は何も言えません。」
「ですが…」
「『口約束』をご心配なさるのもごもっともな事。その件に関しましては当方で対応いたしましょう。」
キンドさんはどうしてここまでしてくれるのだろうか?
「キンドさん。なぜそこまで…」
「これはシルド兄が…失礼。あの人も私から『さん』付けで呼ばれたくないでしょうから…シルド兄が ここの野菜が気に入ったからですね。」
それだけの事で?
「私も商人ですからね。利のない所には出向きません。『シルド兄が目をつけた』という事は私にとっては『そこには利がある』という事なのですよ。」
キンドさんのシルドさんへの信頼度が途轍もないという事か。
「わかりました。まずは次の収穫分納入を契約しましょう。それで気に入っていただければ年間契約も考えていただきたい。」
「ムーラさんも慎重ですね。わかりました、それで詳細を決めましょう。」
「みんな-ちょっと休憩しないか。」
「「「わかった~」」」
遅いながらも畑に行って、休憩がてら報告することにした。
「ムーラさんとこに誰か訪ねて来たなすったが、あれがシルドさんけぇ?」
「いいや。商人のキンドさんだ。そのシルドさんの知り合いだそうだ。」
「商人? あのエーっていうやつの仲間けぇ?」
「いや、別の商会だそうだ。そのキンドさんから野菜の納入契約をもらったところだ。」
「納入って、今作ってるのはエー宛ての分ですよね。他の納入分なんてないですよ。」
「そのエー宛ての分全部、キンドさんが買い取ってくれる形となった。」
「じゃあエーさんへは?」
「キンドさん曰く『契約書のない契約は無効です。』とおっしゃってた。エーさんとの折衝もしてくれるそうだ。」
「なんかうますぎる話でねーか?」
「今回は契約書を作ってもらったから大丈夫だ。今回はどんな野菜でも全てで銀貨6枚で買い取ってくれる事になった。」
「全てけ?」
「そうだ。それで先方のお眼鏡にかなうものなら年間契約となる。」
「そんならなお一層、いい野菜作るべ」
「突っ返されない野菜、じゃなく今後も売れる野菜か。」
「頑張るだ!」
「それとは別にキンドさんから村の名前の提案を受けた。」
「そだな、今までただの村…でなく4軒の集落だべ。」
「『ムーラさんの村』っていうのもおかしいですよね。」
「でだ、前回この村が存続できたのはシルドさんのおかげ。キンドさんが訪ねてこられたのもシルドさんの縁だ。冬にはもう少し先だが狩人の派遣もシルドさんが毛皮商をもてなしてくれたのが縁だ。だからこの村を『シルド村』としようと思うがどうだろう。」
「んん、いい名前だ。」
「会った事ねぇ人だども悪い人じゃなかんべ。恩人の名前ならいう事なかっぺ。」
「賛成です。」
村の名前も決まり、今日から新たな、村の出発となる。
「名前のない村は不便ですね。いっその事この村の名前を『シルド村』としてはどうですか?」
(シルド兄の名前の付いた村があるって聞いたら、兄、どんな顔をするかな)
その時だけキンドさんの顔が『悪徳商人』の顔に見えた。




