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黒衣の守護者  作者: 樽吐
王の力を欲する者達
88/156

(3)

 それからモンドレルに向かって2人はひたすら進んだ。ショノアはもっと先に進んでいるに違いない。彼がどこまで進むのが速いかはわからないが、ゲラントはファランが言ったことが気になり、とにかく先を急いでいた。

 彼女の予想通りもしショノアがセレンを探して異世界に行ったのだとしたら、彼はセレンを連れ帰ってきたはずだ。まさかブラドの命令に従って聖剣だけを奪ってくるようなことはしないだろう。それはナビルに敵対していたことからも明らかだ。だがそれなら何故彼はセレンの話をゲラント達に一切しないのか。しかもあの未来を諦め切ったかのような絶望した様子は何故なのだろうか。

 少なくともセレンに会ったのだとしたらもっと未来に希望を抱いていても良いはずだ。実際に若い頃のゲラントはセレンに会ってそう感じたのだから。確かに今の彼は歳も取り、以前のような力は期待できないかもしれない。だがそれでも彼の存在自体が人に希望を抱かせる。それがセレンという人物なのだ。それをマリウスに育てられたショノアが感じていないはずはない。

 だがショノアがセレンを連れ帰ったとなれば、モンドレルで目撃されたというセレンをあんなにも積極的に見つけ出そうとしているのは何故なのか。セレンの目撃情報がスィベルの口から飛び出した時のショノアの食い付きぶりは尋常ではなかった。本人は必死で隠そうとしているようだったがゲラントの目は誤魔化せない。何しろそれ以降、ショノアの死んだような目に光が宿るようになったのだから。

 ショノアは少なくとも何かを隠している。それがセレンのことなのか、それ以外のことなのかはわからない。だがネメアを倒せる力を持っているような人間を敵には回したくない。まして彼はマリウスが大事に育てていた子供で、どうやらファランの想い人だ。どんな形であれ、彼がゲラントと目的を違えるようなことはしないと信じたかった。

 それでも顔を合わせていないと余計なことばかりが頭を過ぎる。彼もこの10年、人の裏切りに遭わなかったわけではない。絶望し切った人間が自棄(やけ)になり、信じていた人間の仕業で命の危険に晒されたことは一度や二度ではないのだ。ショノアがそうでないと言い切れるほどもゲラントは彼のことを知らなかった。

 しかし先は急ぎたいものの、ファランの奪還に失敗した騎士達に追い付いてしまいそうで、あまり最短距離は進めない。彼らはゲラント達より2日は早く王都に向かって帰路に着いているはずだが、馬での旅ならグリフの方が断然速い。いずれ追い付いてしまうことも考え、街道近くの上空は避けて飛ぶ。デルフィラの動きも気になったが、ガレスの方角から何か不穏な気配が近付いてくる気配はなかった。

 当初はネメアをショノアが倒してしまったことで、デルフィラが攻め寄せてくる可能性も考えたが、ゲラントがナビル達に襲われた場所周辺に辿り着いても特に何の変化もない。結局、王都周辺にまで戻ってきても近衛騎士の一団に追い付くことさえなかった。

「ナビル達…ちゃんと王都に帰ったのかな…? ここまで全然見かけなかったね?」

 ファランも少し心配していたのか、王都を通り過ぎたその日の野営でふと呟いた。

「ナビルだけが見当たらないってならまだわかるが、他の面々までいないってのは解せないな…。途中で行き先を変えたのかもな…?」

 街道を進むと言っても今の時期、魔物が襲ってこないとも限らない。最早道に敷かれた魔物避けの魔法石の効果など、デルフィラの放つ魔法生物の前では全くの無力だからだ。しかし彼らも貴族の子息達の集まりとは言え、ゲラント達を追ってかなり王都から離れた地域まで辿り着いた騎士達だ。無事に帰り着くくらいの戦力は備えているはずだった。

「それより明日の日暮れまでにはモンドレルに辿り着く。ファランとは…しばらく会えなくなるかもしれない。武器も薬もちゃんと持ってるよな?」

「うん、大丈夫」

 ファランは腰に下げていた袋と短剣を見せてくる。問題はないようだ。

 あの街ではゲラントが逃げるにしろ捕まるにしろ命の危険はない。とにかくモンドレルは人の死骸を出さないことを何よりも優先する。たとえユーラッドに捕縛するよう命じられている相手であろうと魔法生物に襲われないよう滞在許可証は渡されるのだ。むしろ一度捕まってから逃げた方が安全かもしれない。

 いつもは偽名に変装で街に入り、馴染みの魔獣造成師にグリフの健康状態を診てもらったりしていたが、明日は敢えて正体を晒して街に入るつもりでいた。

「ショノアは順調かな? まだ…少しも反応無いけど」

 ファランは怪訝そうに耳に付けた増幅器をいじくっていた。最悪ショノアがモンドレルに向かっておらず、街に入ってもずっと音沙汰がない…などということも考えられるため、彼女にも焦りが見える。

「ショノアのことだから心配はいらないだろう。それに…セレン様の捜索にはあいつもやる気だ。連絡が無いのは“何も問題がない”からかもしれないぞ?」

 そう言ってモンドレルの方角にゲラントが目を向けると、ふと視界の端に何かが浮いているのが目に入ってきた。

「……何だ、あれ?」

 見えているのは空を旋回しているグリフの視界だ。今いる場所は背の高い木が生い茂る森の中。立ち枯れたものも多い森だが、空が見渡せるほどではない。そのためファランには何も見えていないだろう。その浮いているものは大きな船のように見えた。しかも王族の使う御用船によく似ている。

「ファラン、ちょっと気になるものがあるから一緒に見てくれないか?」

 グリフに降りてきてもらうと、ゲラントはファランと一緒に乗り込んだ。グリフは再度空に飛び上がり、その船の見える方角に体を向ける。

「あそこに見えるの、何かわかるか?」

 船の姿はファランにもはっきりと確認できる大きさだ。空をかなりゆっくりとした速度でゲラント達と同じ方角に向けて進んでいるようだが、グリフに乗って飛んでいる間にあんな物は見かけていない。だとしたら下に降りてゲラント達が野営の準備をしている間に現れたのだろう。その船の後ろには高い山が(そび)えているので、山の向こう側から今現れたのかもしれない。

 ファランはゲラントが指差したその先を見て驚きの声を上げた。

「あれ、エリアナ伯母様の飛空船…。でもどうして? 伯母様は魔法生物なんて興味ないっていつも言ってるのに」

 飛空船が向かっている先、つまりゲラント達の向かう先にはモンドレルしかない。その向こうは果てしない海だ。その海の上には太陽も月も通り過ぎることはなく、光も魔力も存在しない場所。そんな場所に好き好んで行こうとする人間はこの世界にはいない。だとしたらその方角に向かっている時点で目的地は決まったようなものだ。だがあの街は魔法生物を購入するか、購入した魔法生物の健康診断や治療を目的としない限り行く必要のない場所でもある。まして今は目新しい魔法生物も造成できないため、家畜の購入が訪問者の主な目的になっている。

「あの飛空船…、私達家族は結構乗ったことがあるの。伯母様の設計で作り上げた自慢の船だから、完成当初からそれこそ毎年のようにね」

 彼女の伯母エリアナはアルカイスト人の母親を持つ魔法具師の王女だ。武芸には全く才能が無く、当然魔力も低い。そのため子供の頃には武芸も魔法も無難にこなす兄ダルチェスには随分いじめられていたそうだ。その彼女が心の拠り所としたのが魔法具の作成だった。

 彼女は魔法具師としてはかなり才能があり、手の中に収まるくらいの小さな工具から、何十人と乗ることのできるあんな飛空船まで作り上げる。王族の財力を活かして最高級の素材を集め、目的の物を作るためだけの工具でさえ手作りするのだ。当然彼女の作る魔法具は一級品揃い。だが彼女は自分が作った魔法具は一切手放さない。ただ周囲の人間にその性能の良さを見せびらかすだけなのだそうだ。

 地上に戻り、火の側に寄るとファランは昔を思い出すように目を伏せる。

「伯母様の持論は『魔法具こそ最強』ってことだから、当然モンドレルには来たこともない。魔法を込めた鉄で生きてるみたいに動く豹を作ったくらいよ。だから魔法生物目的でモンドレルに行くわけじゃないんだ…」

「だとしたら…」

「目的はセレンよ。王位を狙う人間なら誰だって彼を求める。だって彼は自分達の最強の剣と盾になってくれる。そして支えにもなってくれるんだから」

「……」

 ファランはエリアナの狙いをすぐに察したようだった。その言葉は同時に彼女自身にも当て嵌まるような気がしてゲラントは思わず黙り込む。

 セレンがいればファランの身の安全はゲラントが付いているよりも万全になるだろう。だがエリアナまでが噂を聞き付けてモンドレルに現れたとなれば、もうこれはセレンの奪い合いであり、王位の争奪戦だ。ファランはその内の1人に既になってしまっていることになる。

「厄介なことになったかも…。私、エリアナ伯母様には割と気に入られてる方だけど、セレンを自由にしてって頼んで聞いてもらえるほどじゃない…。伯母様にセレンを連れて行かれたらもう終わりよ?」

「それは確かにな…」

 大体エリアナはセレンの話を何処で聞き付けてきたのか。自分達のように情報屋から入手したのか。しかしこの時期というのが引っかかる。

「どうも気に入らないな…。どうして俺達と鉢合わせするような時期にエリアナは動き出した? 確かにセレン様の情報は最近のものだとスィベルは話していたが、それにしても出来過ぎだ」

 これでは噂の発端となる目撃者が何人もの情報屋に同時に情報を売り、それを同時に王女2人が手にしたことになる。そんな偶然など起きるものではない。

「誰かがセレン様の噂を餌にして人を集めてる…。ユーラッドが監禁していることを匂わせて…、王族を集めているんじゃないだろうな…」

「……罠だ…って言うの?」

 さすがにファランも顔を引き攣らせる。その対象には彼女も入っているのだ。

「…いや、罠かどうかもわからない。もし本当に王族を集めているのだとしても、目的がわからない。デルフィラならそんな回りくどい方法など取らずに各個撃破していけば済む話だしな?」

「うん、そうだよね…」

 ファランは浮かない顔でモンドレルの方角に視線を向けた。

「ショノアは…大丈夫かな…?」

「王族目当てならむしろファランが標的だ。気を付けるのはあんたの方だと思うがな?」

 ゲラントは何かとショノアを案じるファランに静かに忠告する。セレンを餌にしたからには、ショノアが標的になることはまずあり得ない。たとえ彼が異世界に行き、セレンを連れ戻す予定だったガレス人でもだ。そもそも彼はこの世界に戻ってきたセレンに用はない。

「ねえ、ゲラント。私達、あの飛空船に明日追い付ける?」

 飛空船は今はゲラント達のいる場所にほぼ並んでいる。だが夜になっても動き続けるからには明日の朝には彼らの先を行っているはずだ。

「何をする気だ?」

 ファランは迷いのない目でゲラントを見つめてきた。こんな勇ましい表情を見せるファランは久しぶりだ。この所、ショノアのことでは気を揉むばかりでずっとすっきりしていない様子だった。しかし彼女の何らかの決意は大抵ゲラントには受け入れ難い内容であることが多い。少し警戒しつつも尋ねてみれば、やはり彼女はとんでもないことを言い出した。

「伯母様と直接会って話してみる。そしたら全部わかるでしょ?」

「……そいつは…。最悪、家に連れ戻されることになるかもしれないぞ?」

 一応エリアナはユーラッドの姉だ。弟の家出娘を目の前にして、放っておくことはしないだろう。ましてあの飛空船に乗せられたら、脱出はかなり難しい。ゲラントが手を貸せるかどうかも定かではない状況になる。

「伯母様は私がお父様を嫌ってるって所を気に入ってるみたいなの。だからお父様のためになるようなことを、あの人がするはずない。だから多分大丈夫。むしろ…ゲラントの方が危ないかも…」

「……ああ、あんな飛空船に追いかけられたら少し厳しいかもな…」

 あの飛空船の性能がどれほどのものかは想像も付かない。何しろあんな物は今まで見たことも聞いたこともないのだ。だが気が強く好戦的なエリアナ王女が、あの程度の緩やかな速度でしか飛ばない飛空船など作るはずもない。

「あの飛空船、攻撃もできるのか?」

「うん。確か岩の巨人を一撃で倒す火の玉を撃ち出すって聞いた。飛ぶ速度もすごいよ? 実際に見たことはないけど…最速で王都からガレス王都までの距離を3日で行くって話。ただ…最速を維持できる距離はまだわからないらしいから、一瞬だけって可能性もあるけど…」

 それにしてもゲラントにとっては脅威的な速度だ。短距離戦ならグリフの足でも逃げ切れないということになる。

「小回りで勝負するしかないってわけか…。まあ、なるようになるだろ」

 そもそもエリアナは敵というわけではない。彼女にもブラドに配慮する意識があるなら話は別だが、これからセレンに会いに行こうというこの状況で、彼のかつての部下を捕らえようとするだろうか。ゲラントは状況次第では味方になるかもしれない存在なのだから。

 だが彼女がダルチェス同様セレンを力尽くで自分に従えようとする気でいるなら、ゲラントの存在はむしろ邪魔になるだろう。いつでも逃げられるよう考えておくことは必要なことなのだ。

「しかし父親と対決する前に、あの鉄の王女とご対面か…。苦労するな?」

 昔セレンが王子王女達と顔を合わせる度に心底疲れた様子を見せていたことを思い出し、ゲラントは彼女に心から同情する。

 エリアナに関してはその頑固さと気の強さから昔から『鉄の王女』と呼ばれているほどだ。ファランも負けていないとは思うが、彼女の場合は性質が違う。ファランがエリアナと全く違う所は基本的に優しいということだろう。

「また、話せない方が静かで良かったのにって言われちゃいそうだよね?」

「確かにそんなことを言ってきそうな相手だな…。だが黙って何でも頷いてるお姫さんが良いとは俺は決して思わない。そういうことを言われたら相手があんたに負けてきてる証拠だ。ざまぁ見ろって思ってりゃ良い」

 ファランに対して黙っているよう強要してくる相手は大抵正しくないことをしている人間だ。そんな相手に傷付けられる彼女を見るのはゲラントとしても我慢ならない。憤慨して見せれば、ファランは少しだけ笑った。

「ありがとう。あなたにそう言ってもらえると自信が湧くな…」

 ファランはずっと他人から馬鹿にされて生きてきた。そんな彼女がダルチェスと王位を巡って争いを続けているエリアナを相手に生まれて初めて渡り合おうと言うのだ。不安がないはずはない。

「俺は今回ほとんど力になれそうもない…。せめてあんたやショノアが情報を集めやすくなるよう街を掻き回すくらいだ。セレン様がいるかもしれないってのに、役に立てなくてすまん…」

 ファランが何かに立ち向かおうという時、逃げる才能しかないゲラントにできることなど限られている。お尋ね者としてモンドレルの衛兵達の注意を引ければまだ良いが、あの街は特殊過ぎて思ったほども注意を引けない可能性もある。

「ゲラントは私にいつも勇気をくれる。私のことを一番に考えてくれる…。私には…それが最も大切なこと」

「…ファラン…」

 そんな嬉しいことをゲラントに言ってくれる王族も彼女だけだろう。やはりファランにここまで付いてきて良かったと心から思う。

「いつも助けられてばっかりだったんだもの。たまには私が自分で頑張らなきゃ」

「あんたはいつも十分頑張ってるよ…」

 頑張り過ぎてむしろ最近ではゲラントの方が置いていかれているくらいだ。チェリクスに行くまではそれが心配だったが、今は違う。ファランはスィベルの心を掴み、ショノアの心を動かした。もう彼女の味方はゲラント1人だけではないのだ。これはもしかしたらミレノアルにも本当の希望の光が見えてきたかもしれない。

 ファランはゲラントのすぐ側まで近寄ってくると、彼の腕を力強く掴んできた。

「本当に…ゲラントがいてくれないと私ってダメなの。忘れないでね?」

「…それは光栄なことだな…。よく肝に銘じておくよ」

 ファランはきっとゲラントを心配してくれているのだろう。そんな不安は微塵も見せずに彼女はただ頼りにしているのだとゲラントに伝える。だが“主君を守る騎士”にとってこれほど嬉しい言葉はなかった。

 明日は必ずエリアナに追い付きファランの望みを叶えよう。そうゲラントは心に誓った。


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