(5)
食事が終わるとスィベルに寝る場所を一通り案内してもらい、ファランとゲラントはそのままもう部屋で休むと言い出した。部屋数の都合上ショノアとゲラントは同部屋だったが、何かと質問されても困るためショノアは部屋に留まらずにまた入口のある最初の部屋に戻ってくる。しかしそれを追ってきた人物がいた。スィベルだ。
彼も警戒すべき人間ではあるが、今の所ショノアと直属部隊に接点があることは知らない。セレンの話を振られることはないだろう。あまり露骨に逃げ回るとそれも怪しまれる要因になるかもしれない。暇つぶしに蔵書の一つにでも目を通していたら、思った通りスィベルが話しかけてきた。
「……なあ。ガレス人にとって…ヘルドル人ってどういう存在なんだ?」
「……」
唐突に切り出された話の内容は恐らくヴァレリアという女性絡みの話だろう。彼はひどく自分の人種に劣等意識を抱いているようだったので、ガレス人で話が聞き出しやすそうなショノアに狙いを定めたのだろう。それでも答えが聞けるのかどうか不安なのか、かなり様子を伺いながらだ。
「俺達の祖先が治癒魔法を得意としていたガレス人のとある一族だって話は他の人種にはあまり知られていない…。人為的に力を封じたために魔力は高くとも…俺達の力は本当に薬を作ることでしか発揮されない。薬馬鹿を結婚相手に選んでくれる人間なんか…植物馬鹿って言われてるプラニッツ人くらいだ…」
魔力の高さだけで言えば魔法具師が一番低く、次いで魔獣造成師だ。しかし彼らの能力は工夫次第でかなり様々なことが可能になる。そのため騎士や貴族の中にも混血が多くいる。だがヘルドル人やプラニッツ人の混血は少なく、ファランはかなり珍しい王族なのだ。
「薬馬鹿に植物馬鹿か…。それで言ったら俺達ガレス人なんか自分馬鹿だな…。自分が好き過ぎて自滅してばかりいる」
思わず浮かんだ冷笑にスィベルは深刻な顔をして黙り込んだ。
「確かにガレス人は自分が一番な人間が多い。それが高じて自分より劣る人種の血など一滴たりとも入れたくない…、そんな発想になったんだろう。だがそこまでして求めた力の向上は激しい内乱を引き起こしただけだ」
そして結果王家は滅亡してガレスはミレノアルに併合された。併合後も他の人種を拒んできたガレス人達は完全に孤立し、同族であるはずのデルフィラによって良いように利用されているだけだ。
「しかしガレス人だってみんながみんな、それで良いと思ってたわけじゃない。戦う力を自ら放棄したり、嫌悪する人間もいる。そんな人間の中にはヘルドル人やプラニッツ人の祖先のようなガレス人もいるんだ」
実際にひどい虐待を幼い頃に目にしたガレス人は治癒魔法に特化する人間が多い。強烈な人間関係に疲れ、1人になることを自ら望んだガレス人は植物の育成が得意になるという説もあるのだ。
「外の薬草…、ここに住んでたその女性が維持してたんだろう? だとしたら彼女は他のガレス人とは上手くいかなかったはずだ」
ルシェリの話では薬草を育てていたのはガレス人の女性だ。本来ガレス人には不得手な植物育成を手掛けていたなら、彼女は人と接するのが苦手な性格だった可能性が高い。
「けど俺はガレス人の男と彼女が市場で話してたのを何度も目にしてるんだ…。ヴァレリアが…あんなに嬉しそうにしてる顔なんて…俺は初めて見た…!」
浮気の現場というやつだろう。しかし疑いを持って見れば、好きな女性の周りにいる異性は誰でも浮気相手に見える。ショノアは大抵その浮気相手と勘違いされて喧嘩を売られてきた人間だ。だからよくわかる。
「…まあ、相手の男がどんな奴だか俺は知らないから何とも言えないが…。あんた彼女に直接話を聞いたことがあるのか? 何を話してたのかとか…」
色々な情報を元に考えてみれば、スィベルの一方的な誤解だった可能性は高いのだ。しかしそれを言った途端、彼は立ったまま机に突っ伏してしまった。
「聞けるわけないだろう⁈ …あの人と話してる方が俺よりずっと楽しいとか、そもそも俺なんかを好きだと本気で信じてたのかとか言われた日には…、もう俺は…生きてはいけない…!」
「……」
要はスィベルの勇気が足りなかっただけだ。そこにヘルドル人としての劣等意識が彼の自信を完全に奪い、自分を選ぶはずがないと卑屈にさえなってしまっている。
「俺だって…彼女に相応しい人間になろうとしたんだ…! とにかくヘルドル人の中で最高の薬師になれば彼女に釣り合う人間になれる! いや…それより俺が祖先のように治癒魔法を使えるようになれば、もうガレス人と同格だろう⁈」
スィベルはそのために歴代最高の薬師と言われるグレシルに目を付けた。彼を超えれば自分が歴代最高の薬師だ。しかし彼を知ろうと文献を読み漁っていけばいくほど、どんどん彼の凄さがわかっていく一方だ。気が付けばグレシルを超えるどころか師と仰ぐまでになっていた。
しかし自分の価値を高めることを諦めきれないスィベルは、今度は治癒魔法の会得に躍起になった。魔法書を読み、何度も試してみるものの上手くいくはずもない。苛立ちと焦りは募り、あろうことかやめてほしいと懇願してきたヴァレリアにその苛立ちをぶつけた。それから数日後、彼女とよく話していたガレス人が家に現れ、彼女を連れて行ってしまったのだ。
「…なあ、それ…、ガレス人とかヘルドル人とか以前にあんたが悪くないか?」
「……」
そもそも目の前でガレス人に伴われて去っていくヴァレリアを彼は引き止めなかったのだ。その時点でスィベルはそのガレス人の男性に負けを認めたことになる。彼女としても引き止めてほしかった面もあるだろう。だがスィベルは期待に応えてはくれなかった。
「俺に…泣いて縋れって言うのか? 行かないでくれと懇願しろと⁈ それこそ馬鹿にされる!」
「…いや、単に行くなって言えば良かったんじゃないのか…? 俺の側にいろとか、お前が必要だとか…。言い方は色々あったと思うが…」
ショノアが言い返せばスィベルは恐怖に慄くような顔をした。
「そんな…格好付けた言葉を俺が言えると思うのか…? 俺はあんたみたいに綺麗な顔はしてないんだぞ? ましてヘルドル人だ…!」
結局そこに返ってくるのだ。彼が今までどんな経験をしてきたのかは知らないが、今日ここで少し話したくらいで彼の劣等意識は無くならない。そしてガレス人が他の人種を下に見てきた謂れもここ最近に生まれた話ではないため、彼女の潔白を示すのも難しい。
「……まあ、とにかく。彼女のことが本気で好きだったなら一度その…彼女を連れて行ったっていうガレス人に話を聞いてみたらどうだ? 馬鹿にされて追い出されたらあんたの思ってた通り彼女は不実な人間だった。そう思えば良い…」
そもそもスィベルは彼が言うほど見た目が悪いとは思わない。清潔感のある短髪に眼鏡をかけたその顔は知的にも見えて、情報屋でもあるせいか眼差しは鋭く少し危険な香りもする。こういう男性はむしろ中性的だと言われるショノアの顔より女性に好まれるものだ。しかしその容姿の良さもこんな卑屈なことばかり口にしていれば半減するというものだろう。
「あいつに直接…? そんな無茶な…!」
別に無茶を言ったつもりはないが、スィベルにとっては一大事なのだろう。彼はあり得ないとばかりに首を横に振る。
「けどこのままだと埒が明かないだろう? 俺が一緒に行っても構わないが…、それだと聞かれたくない話もあるだろうしな?」
「……」
スィベルは完全に動きを止めてしまった。彼の受け入れられる心の容量を完全に超えてしまったのかもしれない。ショノアはため息を吐くと席を立った。
もう彼に話せることは何もないし、聞いてもこないだろう。だがスィベルのいるこの部屋ではショノアが1人になって落ち着ける場所とは言い難い。もう諦めてゲラントのいる部屋に帰ろうか。それなりに長い間話していたのでゲラントももう眠っているに違いない。だとしたら色々と聞かれずに済む。完全に部屋に1人というわけではないが、起きている人間と一緒にいるよりは良い。
ショノアはスィベルを置いて、自分にあてがわれた部屋に足を向けた。しかし2階への階段を登り終えたところで足が止まる。廊下にルシェリを相手に何か懸命に話しかけているファランの姿があったからだ。
ショノアはここにも安住の地はないのかと再度ため息を吐いた。この家の中は広さの割に人間の数が多過ぎる。
「どうしたんだ?」
観念してファランに話しかければ、彼女は驚いたように顔を上げた。
「あ、ショノア…。良かった…。どこにも行ってなかったんだ…」
「?…何の話だ?」
ホッとしたように胸を撫で下ろすファランに確認すれば、ゲラントが先程ショノアが部屋に戻ってこないと心配して出てきていたらしい。恐らく彼だけはショノアが死ぬ気であることを見抜いている。だからこそ心配してくれていたのかもしれない。
「ゲラントの怪我はまだ治り切ってないし、明日のことを考えたら早く休んでいてもらいたいし…。だから私が代わりに探しに行くからって宥めて部屋に戻したの。だけどそしたら今度はルシェリが…」
ルシェリは部屋の扉の前で座り込んでいた。泣いていたのか目が赤い。そもそもファランが寝る予定の部屋は元々ルシェリの部屋だ。部屋数が足りなかったためにスィベルがまだ幼い彼女を自分の部屋で寝るようにと伝えていたように思うが、何か問題でもあるのだろうか。
「スィベルと寝るのが嫌なのか?」
「……そういうことじゃないと思うんだけど…」
ルシェリは体を目一杯縮めて顔を伏せた。何だかその様子にかつての自分とセレンのことが思い出されてきた。
「寂しい…のか?」
一緒に過ごしていた母親が亡くなってまだ1年。新しく暮らすことになった家には父親がいるが、彼は自分を父親とは認めていない。食事の際に見せたスィベルの高圧的な態度は他にも色々あったのだろう。そこにファランが優しくしてくれたのだ。縋りたくなってもおかしくない。
ルシェリはショノアの言葉を裏付けるように、目の前で屈んでいるファランの手を両手で握った。
「とにかく部屋に入らない? ここに居たらスィベルが怒りそうだし…」
その言葉に彼女は怯えた様子で顔を上げた。そして渋々ファランから手を離す。
「部屋には…入ってはいけないって言われた…」
スィベルはルシェリがファランに迷惑を掛けないように部屋には近付くなと言い置いておいたのだろう。幼い子供には酷な言いつけだ。
「そんなの、後でどうとでも言い訳できる。気にしなくていい」
ショノアはこのままではルシェリが動きそうにないので少し強引に彼女を抱き上げた。彼女の体は本当に軽い。セレンもこうして何度も縋り付く自分を抱き上げてくれた。
ファタルであった頃、彼はあまり両親に甘えた覚えがない。魔法の使えない自分自身に、一刻も早く自立しなければと子供ながらに焦っていたからだろう。しかし2人がいなくなり世間からの風当たりを直接受けるようになると、寂しさは耐え切れないほどに膨れ上がった。そんな中で差し伸べられたセレンの手。ショノアには今のルシェリの気持ちが痛いほどよくわかるのだ。
部屋に入るとあまり内装は子供部屋らしくはない。先程までショノアがいた居間には動物の形の玩具が置いてあったが、それはここにもいくつかある。しかし子供部屋らしいのはそれだけだ。他の家具は全て大人用でとても幼い子供の部屋には見えなかった。
「随分と…大人びた部屋なんだな?」
思ったことを素直に口にすれば、ファランが代わりに答えた。
「この部屋多分…ヴァレリアって女の人の部屋だったんだと思う…。衣装棚には大人の女性物の服が掛けてあったもの。彼女の持ち物は捨てずに置いてあるみたい。きっと…帰ってくるの待ってたんだね…。だけどルシェリにはどれも大き過ぎる」
ファランがベッドに腰掛けるとその大きさはしっくりくる。だとしたらルシェリには随分と大きなものになるのだ。母親が生前使っていたそのままの部屋に娘を住まわせて、まるでスィベルはヴァレリアという女性に関わるもの全てをこの部屋に封印したかったかのようだ。
「この子のこと…どうにかしてあげないと…」
ファランはショノアが彼女の隣に降ろしたルシェリの頭を撫でた。ルシェリはというと、ファランを何処にも行かすまいとその腰にしがみ付いている。
「他人の親子のことに首を突っ込んでる余裕は今のあんたには無いと思うがな? ルシェリのことは…時間が解決するだろう。一応自分の娘だと認めずにはいられない状況になってきてるんだから」
「…そうだけど。でも何だか…スィベルのこと、他人とは思えないの。私もずっと…一生結婚相手には困るって父親に言われ続けてきたから」
彼女の場合はプラニッツ人であること以上に口が利けず、魔法も使えないと思われていたことが更に避けられる要因となっていたらしい。今の彼女は魔法も使えて普通に話もできる。だがそれでもまだプラニッツ人であるという難関が立ち塞がるのだそうだ。
「植物を育てる力って大事じゃないの? 実際に今のミレノアルを支えているのはプラニッツ人よ? デルフィラの襲撃を受けて怪我をしたらみんなヘルドル人に治してもらってるのよ? なのにどうして嫌がられるの?」
「……ファラン…」
彼女の目には誰か過去の人物が見えているのだろうか。挑むように空を見つめる彼女の顔にショノアの脳裏にも昔見た光景が蘇ってくる。
ショノアが18歳の時城で目にした彼女は同年代の子供達に意地悪を言われて泣いていた。相手は彼女と同様身なりの良い2人の少女で、恐らく親戚か何かだったのだろう。ファランは逃げ出すこともできたはずだが、2人を泣きながら悔しげに睨み付けていた。
しかしそれが不満だったのか、いじめていた側の少女の1人がファランを押し倒して顔を叩き始めた。もう1人の少女はそれを見てただ笑っているだけだ。不愉快に感じたショノアは大きな熊の魔物の幻を出して脅かした。少女達はすっかり怯えて腰を抜かしその場にへたり込んだまま逃げることもできなくなる。もう少し脅かしておくかと熊の幻影に彼女達を襲わせようとすると、ファランが心の声でそれを引き留めてきた。
その声は正にナビル達を殺そうとしたショノアを止めた声と同じもので、彼は驚いて熊の幻影を消してしまったくらいだ。ファランは更に少女達に向き直ると手で追い払うような素振りを見せた。すると少女達は慌てて逃げ出していったのだ。もしかしたらセレンの声のように彼女の心の声が少女達の勇気を奮い起こさせたのかもしれない。
「嫌がられても…あんたは負けてない。あんたの存在が…いずれ二つの人種の地位を向上させるかもしれないだろう?」
「それは私にそれだけの力があればの話。ゲラントやあなたに守られて命を繋いできた私に、大した力があるとは言えない」
ミレノアルでは魔物の脅威はすぐ身近にある。魔物を無傷で倒すような力があれば傷薬はいらない。そして食糧危機はデルフィラを倒す力さえあれば解消される。ヘルドル人の力もプラニッツ人の力も所詮セレンのような人間がいれば無くても問題がないと思われてしまいがちだ。
「そう言えば…まだ助けてもらったお礼を言ってなかったね…。ありがとう。私達を助けてくれて…。あなたがいなかったら今頃ゲラントは殺されてた…。グリフは放置されて死んでただろうし、私は…」
ファランはそこで一度言葉を切った。そして何かを思い直すように天井を仰ぐと再び強い視線でショノアを見つめてくる。
「家に連れ戻されて、好きでもない相手と無理やり結婚させられてた。…私の場合はそれだけ。ゲラントの払うはずだった犠牲に比べたら…全然大したことじゃない…。王家の人間の特権よね」
ファランはそう言うと大きなため息を吐いた。どうにも彼女も自分の力の無さには辟易しているようだ。
「けどあんたは純粋なプラニッツ人じゃないだろう?」
彼女は心の声をショノアにはっきりと伝える力があるのだ。それはプラニッツ人の力ではあり得ない。
「確かにお父様はどちらかと言うとディプス人の血が濃い方ね…。王族はそれでもミレノアル人の血が濃いって言われてるけど、ここ数年ミレノアル人らしい能力を持って生まれてきた王族はいない。きっと本当はミレノアル人の血なんて残ってないのよ。貴族達が私達王族の機嫌を取るために言ってるだけ…」
「いや、違う」
うんざりした様子で話すファランの言葉をショノアは遮った。どうやら彼女は自分の力に全く気が付いていないらしい。
「あんた…俺に実際の声とは別に、心の声も飛ばしてきてる。多分…他の人にも飛ばしてるはずだ。言葉まではっきりと聞き取れるのは俺だけみたいだけどな?」
「…え…? ちょっと待って…。それって私の考えてること全部だだ漏れってこと…?」
「……いや、それとはちょっと違う」
心のことは魔法と同様に想像しづらい世界なのだろう。彼女は自分の考えていることが何でもかんでも他人に伝わってしまっていると考えているようだが、むしろ彼女の心の防御はベリルやセレンに匹敵する。その上で伝えたいことを矢のように相手に飛ばしてくるのだ。それを説明すると、彼女はホッとしたように力を抜いた。
「……そうか。それであなたは私の願った通りにしてくれたんだ…。何かごめんね…。まさかそんなに無理強いしてたなんて…知らなくて」
「無意識でしたことだ。確かにあんたの声には毎回驚かされるし圧力もあるが、俺はその言葉によって自分の意思を曲げたわけじゃない。あくまでここに居るのは俺の意思だ」
「…そう…、なら良かった…。でもこれから気を付けないとね…。あなたは大丈夫だったけど、もしかしたらゲラントは違うかもしれない」
それは大丈夫な気がしたがショノアが断言できることではない。ファランは自分の中にある新たな力に戸惑いが隠せないようだ。恐れていると言っても良い。だが王女である彼女にとってこの力は大きな意味を持つはずだ。
「別に他人を操るわけじゃない。あんたの思いが言葉以外の力になって他人に伝わるだけだ。たとえあんたが一言しか発しなかったとしても、相手は何故あんたがその言葉を発したのか、より詳しく強く思いが伝わる。説得力が増したり、感銘を受けてくれたりしやすくなる程度だ」
彼女はこれまで口が利けず、相手に自分の意思を伝える術がなかった。それでも彼女の中に訴えたい思いは山ほどあって、それが心の声になって伝わっていた可能性はある。ただその彼女の訴えに応えてくれるような人間は今まで周りに1人もいなかったのだろう。
ファランはショノアが知っている王族の中ではどうやら一番まともだ。彼女が周りを鼓舞するような演説でもすれば、今の状況に憤る人間達は必ず力を貸そうとするだろう。スィベルも既にその内の1人なのかもしれない。
彼は確かに情報屋だが、利を求めるだけの人間ではないように思えた。彼の中にあった何かに対する希望。それは決して後ろ暗いものではなかった。
「モンドレルでセレンを見つけたら…あんたはどうするつもりだ? …あいつを助けたいと言ってただろう…?」
「……」
ショノアは少しだけ自分の中に淡い期待が膨らんできているのを感じていた。セレンが生き返っていて、彼女が王となるならミレノアルの未来は決して暗くはないのだ。
しかしファランは深刻な顔で黙り込んだ。そして隣ですっかり眠りこけていたルシェリを辿々しい手つきでベッドに寝かしつける。
「それは…お父様が関わっていないとわかってからになりそう…。もしお父様がセレンを監禁していたのだとしたら、そんな人間の娘に協力なんてしてくれると思う?」
「目的にも寄るだろう。あんたが人々のために立ち上がろうとしていてセレンの力を必要としているなら…、問題ない。必ず手を貸してくれる」
「……そうだと良いけど…。でもそもそもセレンが手を貸してくれても、私達の抱える問題が解決するかどうかは曖昧なの。だって…セレンは50歳よ?」
彼女がセレンを助けようとしていた目的は恐らくゲラントの提案によるものだろう。彼の存在によって人々の心をまとめ、デルフィラに対する一つの大きな力にするのだ。そうすれば少なくともブラドの力は削ぐことができるに違いない。
「でも結局ネメアが私達の前に立ちはだかる…。デルフィラだって倒せるとは思えない…。彼女も確か…セレンと同じくらいの年齢でしょう? ガレス人は歳を取るほど力が増す。でもミレノアル人の力は老いによって衰えるのよ?」
「……」
ショノアは黙るしかなかった。セレンが生き返っていたならデルフィラもネメアも今の彼は倒すことができる。ましてショノアもネメアなら倒せるのだ。彼女の予想より遥かに状況は良くなる。だがその全てが今は話せない。
「ショノアは何故ネメアを攻撃できるの?」
黙っていても彼女は疑問に思ったことを尋ねてくる。当然だろう。今のこの世界にネメアを倒すことのできる人間などいなかったのだから。
「それは…少し説明が難しいんだが…」
本当は隠していたかったが、この力はあまりにも怪し過ぎる。もし彼女に自分がデルフィラ側の人間だと疑われたとしたら、それはとても危険な気がした。ショノアは心に決めるとファランの反応を見ながら話し始める。
「俺は本来…ネメアになっていたはずの人間だったんだ…。ネメアは生まれたばかりのガレス人の子供に寄生して成長する魔獣。その寄生された子供というのがかつての俺だ」
「⁈…」
ファランはあまりの悍ましさに息を飲んでいる。魔物に寄生された人間の末路など説明するまでもなく、この世界の人間なら大体想像は付くのだ。
「放っておけば俺の中から成長したネメアが出てきて俺は死んでただろう。だが色々な奇跡が重なって…俺は逆にネメアの力を自分のものにできたんだ。ネメアの力は同種の存在なら攻撃が可能になる。だから俺はネメアを攻撃できる」
「……それは…本当に奇跡ね」
ファランは驚きにそれ以上何も言えない様子だった。この様子なら何が原因でその『奇跡』が起きたかまでは尋ねて来そうにない。どうやら上手く説明できたようだ。
「ねぇ、ショノア…」
彼女はしばらくすると顔を伏せた。しかしそのまま何も言わない。
「何だ? ちゃんと聞いてるぞ?」
ショノアが催促すれば、彼女は合わせた自分の両手をもじもじと動かし始める。
「その…あなたは私に協力してくれる気はない? ゲラントは少しの間一緒に旅をしようって言ってたけど、私はあなたとずっと…」
「それはモンドレルでセレンが見つかるかどうか…だな…」
セレンが生き返ったのでなければショノアはまたブラドを殺害してデルフィラに1人で挑むという当初の予定に戻るだけだ。今回のことはあくまで彼女達と利害の一致を見ただけに過ぎない。
「……。そ、そうよね…。ご、ごめんなさい。勝手なこと言って…」
「いや…、俺の方こそ悪いな…。良い返事ができなくて」
「し、仕方ないよ。私が結論を急いでしまっただけなんだから…」
顔を上げたファランは何故か泣きそうな顔をしていた。彼女ももしかしたらショノアが死ぬつもりだということに気が付いているのだろうか。何しろ異空間でゲラントとしばらく一緒にいたのだ。彼から何か聞いていたのかもしれない。
「少なくとも…モンドレルで真実を確かめてからまたこの街に戻ってくるくらいの間は一緒にいる。それはどんな結果が待っていたとしてもだ」
「…うん…、ありがとう…」
ファランは本当に落ち込んでしまったようで、視線も合わせずにそろそろ寝ると告げてきた。この感じは先程のスィベルとよく似ている。どうもショノアは短い時間で2人の人間を再起不能になるくらいに落ち込ませてしまったようだ。
「ルシェリは俺がスィベルの部屋に連れて行く。もし彼が部屋に戻っていたとしても俺が魔法を教えていたとでも言っておくから安心しろ」
「ごめんね…。本当に色々面倒かけて…」
「気にするな」
ショノアとしては思ったことを口にしただけだが、彼女をひどく落ち込ませたのは確かだろう。これくらいどうということはない。彼はすぐにも熟睡しているルシェリを抱き上げた。彼女は寝ぼけながらもショノアにしがみ付いてきたので運ぶのは楽そうだ。
部屋を出てスィベルの部屋に向かえば丁度彼が戻ってきたところに鉢合わせした。スィベルはショノアがルシェリを抱えているのを見て明らかに怒りの表情を浮かべたが、ルシェリが眠っているのだからとショノアが静かにするよう身振りで示せばすぐにおとなしくなる。
「勿論一緒に寝てやるんだよな? あんたかルシェリが床で寝る…なんてことはしないんだろう?」
「……」
ショノアはスィベルに眠っているルシェリを手渡した。彼は苦虫を噛み潰したような顔で渋々彼女を受け取る。するとルシェリはショノアにしたようにスィベルの首にもしがみ付いた。
「…寂しいんだよ、この子も。こんなに幼いのに母親を亡くしたんだ…。誰かが支えてやらないとな?」
ショノアには本当の両親も育ての親であるマリウスももういない。父親のように慕っていたセレンも失ってしまった。だがルシェリには本当の父親がまだ生きている。それなら仲良く暮らしていてもらいたいのだ。
彼がルシェリの頭を撫でながら小声でそう言えば、スィベルも恐る恐る彼女の顔を見つめた。その顔には戸惑いの表情が浮かんでいるものの、迷惑そうではない。ショノアの言葉が彼の心に少しは響いたようだ。
安心したショノアは自分の寝る部屋に向かった。ゲラントはもうさすがに眠っているだろう。まさか起きてショノアが戻るのを待っている…なんてことはさすがにないと信じたかった。
色々と…前フリ?のような話でした。
ショノアは旅の仲間を得て少し前向きになれたようです。何よりセレンの噂を確かめるまでは死にません。
次はモンドレルです。




