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黒衣の守護者  作者: 樽吐
開戦
63/156

(5)

 それからしばらくしてからセレンは目が覚めた。場所はどうやらテントの中のようだ。周囲は慌ただしい人の声や物音で溢れているようだが、彼の周りは割と静かだ。人の姿が見えたような気がしてそちらに顔を向ければ、その人影はすぐに近付いてきた。

「あ、目が覚めた! 隊長、リーンさんが目を覚ましました!」

 セレンを上から覗き込んできたのはセシルだ。彼女の声に反応したのか、次に現れたのはベリルだった。セレンが起き上がろうとすれば、彼女に肩を押さえられてすぐまた元の姿勢に戻される。

「まだ寝ていろ。傷は治っているが、消耗がひどい」

 指摘されてこれまでのことをセレンは一気に思い出す。確かネメアと戦っている途中にヘイムの様子がおかしくなり、聖剣と一体化したのだった。あれだけ長い時間一体化を続けたことはなかったが、最後の方はもう痛みも何も感じなくなっていて、かなり危険な状態だったということだけはよく覚えていた。

「ショノアが荷車に乗って突っ込んできた時には大騒ぎだったそうだ。まして…意識のないお前とミーガン様の遺体を連れてきたともなればな…」

「……」

 その言葉にセレンは思わず両目を腕で覆った。やはりミーガンの死は夢ではなかったのだ。あの時感じた絶望がまたひしひしと心に迫ってくる。

「お前がいつまでも後衛に居座ったのはミーガン様のためか?」

 ベリルは隣にいたセシルに何かを命じると、セレンの隣に腰掛けた。

「はい」

 本来ならば最前線か或いは王のいる部隊より前衛にいるべき立場でありながら、彼は独断で後衛の補給部隊に入った。諜報部隊の騎士は戦争では特にどの部隊に所属するとも決まっていない。必要に応じて部隊を転々とするものだから、セレンも特に誰にも咎められずに済んだのだろう。結果的にネメアが後衛から襲撃してきたためセレンはその持ち場を責められることはなかったが、それは偶然でも何でもなく必然だ。アルゴスは彼が後衛にいたからこそネメアを差し向けてきたのだから。

「…愚かな真似をしたことは…よくわかっています。もう二度と…勝手な行動は致しません」

 結局そこまでのことをしてもミーガンは死んでしまった。むしろ自分が無用に関わり合いを深めてしまったがためにミーガンはセレンを守るために命を犠牲にしてしまったようなものだ。どうして彼に近付いてしまったのか。何度後悔してもし足りない。

「ミーガン様はこの戦いで死ぬと…未来でも伝わっていたのだな? それを…変えたかったのか?」

 手を下ろすとそこには遠くを無表情で見つめるベリルの顔があった。彼女も未来と過去の関係が決して動かすことのできないものであることを知っているはずだ。だからこそか、その顔には無念の表情が色濃かった。

「……無駄とわかっていても…動かずにはいられませんでした…。私はあの人から危険を遠ざけようとしました。ですが結局…あの人にとって最大の災厄は私自身だったのです…!」

 ネメアが後衛から襲ってきたことも、ミーガンがセレンやショノアを助けようとして囮になったことも、全てはセレンが彼に近付かなければ起きずに済んだことだ。そもそもマリウスの先祖だと思うからこそ親近感が湧いた。それさえなければ彼は死なずに済んだのではないのか。不毛だとわかっていても考えずにはいられない。

 寝返りを打ち、ベリルから体ごと顔を背けてしまったセレンに呆れたようにベリルが息を吐く音が聞こえてくる。

「未来が変えられぬと言うのなら、お前との関わりさえ変えることのできない未来の一部だろう? 言いたいことはわかるが、無用に自分を責め過ぎるな。お前の悪い癖だぞ?」

「…はい」

 わかっているが、どうしてもセレンは納得することができなかった。ヘイムが突然正気を無くしたのは間違いなくアルゴスの仕業だ。それは間違いない。セレンはネメアと戦う最中、鳥のような形をした黒い霧を目撃している。伝わってくるのは紛れもなくアルゴスの気配だった。ヘイムはアルゴスが一度面識のあった者の気配は辿ることができると話していたが、セレンもまたアルゴスの気配を完全に読み取ることができるようになっていた。あれは恐らくアルゴスの使い魔だったのだろう。

 あの鳥がヘイムの周りを飛び回るようになると突然ヘイムの様子がおかしくなった。あの時のヘイムはアルゴスの力によって優勢を強めた竜によって意識を完全に乗っ取られていたのだ。だからこそセレンと一体化した聖剣を突き刺そうとヘイムは正気を取り戻せなかった。ヘイムの意識は故意に抑えられてしまっていたからだ。

 そんなアルゴスの影響を撥ね退け、彼はショノアに剣に変えられる時間を作った。それはセレンが伝えた激しい感情の動きがきっかけだったと考えている。ミーガンの死がセレンの心に激しい衝撃を与え、それがそのままヘイムにも伝わったのだろう。あの一瞬、セレンはヘイムの尾にミーガンと共に叩き潰されても良いとまで思っていた。そこまで絶望していたのだ。だからこそヘイムは最後の最後で意識を取り戻し、セレンを助けた。ファタルがセレンに迫る危機によって女王の支配を断ち切ったようにだ。

 だとしたらミーガンの死が無ければヘイムは意識を取り戻さなかったことになる。過去があるからこそ未来がある。全ては既に決まったこと。それはわかっているが、そこにミーガンの死やいずれはマリウスの死にさえ繋がっていくのかと思うとどうしてもやり切れなくなってしまうのだ。

 背中を向けたまま動かないセレンの肩にベリルがそっと触れる。

「今日はこのままゆっくり休め。もう日も暮れて、城に攻め込むのも今日はやめることに決まった。明日になればまたお前は忙しくなる。今の内に回復しておかねば後悔することになるぞ?」

 休める内に休むのは騎士にとって必要なことだ。過去のことを引き摺って明日に響くような事態はあってはならない。しかしこのままでいても、とてもではないが眠れそうにはなかった。

「ミーガン様のご遺体は…今何処に?」

 確かショノアがセレンと共に連れ帰ったと先程ベリルは言っていた。

「…あの方のご遺体は今は少し離れた遺体安置所にある…。今日だけでかなりの犠牲者が出たのでな…。他の遺体は今日にも火葬することになるが、あの方のご遺体だけはそのまま母国まで送り届けることになる。急がずとも顔を見ることはできるぞ?」

 ここはガレスだ。遺体をそのまま置いておけばどんな形で利用されてしまうかわからない。まして死者の数が多いともなれば、それを全てミレノアルまで連れ帰ることはできないのだ。だがミーガンは上位貴族。彼の遺体だけならば然るべき処置をして連れ帰ることも可能なのだろう。

「……今すぐ会いに行ってはなりませんか? でなければ…心に区切りが付けられないのです」

 セレンはマリウスの死を見届けることができなかった。だからこそどこか彼の死をまだ受け入れきれていない自分がいる。ミーガンのことも、セレン自身の意識がかなり朦朧としていたので実感が今ひとつ湧かないのだ。

「……仕方ない。セシルに付いて行かせよう。だが決して長居はするな? 無闇に心をすり減らしている暇は今のお前には無いのだからな?」

「肝に銘じます」

 心の活力は体内の魔力にも影響する。ミーガンの遺体に会いに行ったことでセレンの心に区切りが付けばそれで良いが、あまり長くその場に居座ればまた要らぬ後悔に苛まれることだろう。

 セレンはベリルに助けてもらい、何とか立ち上がる。戦っている間は何も感じなかったが、今となっては全ての行動が意識していなければできない状態だ。遺体安置所までは少し離れていると言うが、果たして辿り着けるだろうか。

 テントを出ればすぐ近くでセシルが立っていた。彼女はセレンの世話をするよう命じられていたのかもしれない。だからこそ外でずっと待っていてくれたのだろう。ベリルに伴われて現れたセレンを見ると、彼女はすぐにセレンを反対側から支えてくれた。ベリルはセシルに行き先を告げ、短時間で戻ってくるようにと厳命する。今のセレンがミーガンから離れられなくなることは既に織り込み済みなのだろう。

「迷惑をおかけして、すみません…」

 ベリルが離れ、歩き始めればセシルにかかる負担は大きくなることだろう。気遣えばセシルは笑顔でセレンを見上げてきた。

「大丈夫です。リーンさん、すごく軽いですし」

「…ああ…、そうでしょうね。確かに…」

 魔力は減っているが、ガレス人と同じような特性も備えた彼の体は意識していなければ軽いものなのだ。少しでも自分で歩こうとしていたなら体格に見合った重さになってしまうのだろうが、むしろセシルに頼りきりな今は重くなる必要がない。ほぼ彼女に持ち運ばれている状態では歩くのもあまりつらくはなかった。

 黙って歩いていると目的のテントらしきものが見えてきた。周りには多くの人が集まっているが、皆表情は暗く悲しげだ。泣き崩れている者を別の人間が慰めている様子も見える。

「……」

 セシルもその様子を目にしたのか、足取りが重くなる。明らかに行くのを躊躇(ためら)っているようだ。

「気が進まないのであれば私1人で行きますよ? あまり…進んで近付きたい場所でもないでしょうし…」

 まだ若く、初めて大きな戦いに参加するセシルにはこの場所は刺激が強過ぎることだろう。事故や災害、戦いで死んでしまった人を見るのは病気で人を亡くすのとはまた違う。昨日まで、いやつい一瞬前まで普通に言葉を交わしていた相手が次振り返った時には動かない(むくろ)となっている。その衝撃は大きいのだ。

 しかしセシルは気丈にも一緒に行くと告げた。

「…少し怖くなっただけです。でも早く慣れないと…」

 無理をして笑った彼女の顔が突然歪む。そしてその目から涙が次々と溢れ始めた。彼女は涙を拭いながらも恥じるようにセレンから顔を背けた。

「ごめんなさい…。だって…ミーガン様は大丈夫だって…信じてたから…」

「…そう…ですね…」

 本来、この戦場にあって王の次に安全なはずのミーガン。その彼が死んでしまった衝撃は残念ながらただの一兵卒の死に比べてずっと重いのだ。彼は生前それをわかってくれていただろうか。いや、わかっていてもやるべき時だからとセレン達を救ってくれたのだ。今はそう信じるしかない。

「無理をする必要はありません。焦って慣れるものでもありませんから」

「でも…姉さんも今日は親友を亡くして元気がないんです。私まで泣いてばかりいたら母は悲しむでしょう?」

 大きな戦いに参加するには経験がまだ浅かった2人の姉妹。姉のべリシアはまだしもセシルは明らかに早かった。その2人がこの戦いで大きな心の傷を負ってしまったら母親は後悔するに違いない。それをセシルは心配しているようだった。

「その気持ちだけで十分だと思いますよ? 悲しむ時は思う存分悲しんで、明日には前を向いていれば良いんです」

 それはセレンが今からやろうとしていることだ。泣く暇もない時はいずれやってくる。だが今はまだ、セレンはミーガンとヘイムを失った悲しみを発散できる。そうして明日は前に進むのだ。何年もセレンはそうやって人の死を乗り越えてきた。

 セレンはセシルを置いていこうと腕を彼女から離そうとしたが、それを引き留められる。

「やっぱり私も行きます。私、まだミーガン様にお別れを言ってないんです…。1人で行く勇気はないから…」

「そうですか。ならば一緒に行きましょう」

 セシルは決心が付いたことで気持ちも軽くなったのだろう。少しだけ足取りが軽くなっていた。

 入口の垂れ幕を(くぐ)るとそこには何とも言えない空気が漂っていた。血の臭いや焦げた臭いが充満していることは勿論だが、悲しみや怒りの負の感情が満ち満ちていて息が詰まるようだ。遺体は次々と外に運ばれては骨になって帰ってくる。それを同じ隊の人間達が粛々と見送っていた。すぐ外では火葬のために魔法生物がひっきりなしに火を吹いている音が聞こえてくる。その音に、セレンはミーガンの最期を思い出して目を伏せた。

「もう少しですから…」

 セレンがつらそうに目を閉じたので、セシルは彼が疲れてきたのではないかと心配したらしい。大丈夫だと答えながら目を開けると、一つの棺が見えてきた。周りには大勢の人が集まり、皆悲しんだり悔しがったりしている。その年齢層は幅広く、どれだけその棺に安置されている人間が多くの人に慕われていたのかを物語る。

 2人が棺に近付くと遺体の管理者が棺の蓋を開けてくれた。中には青白い顔をしたミーガンが横たわっている。

「…良かった…。あまり…苦しそうにしてなくって…」

 隣でセシルがホッとしたように呟く。確かにミーガンの表情は静かに満足しているようにさえ見える。ここに来るまでに見た遺体のほとんどが損傷の激しいものばかりだったため、彼女も少し不安になっていたようだ。

「一瞬でしたから…ご本人も苦しむことはなかったと思います。ですが…こんなにも満足そうに…」

 そう口にした途端、意図せず涙が流れ出した。驚いたセレンは慌てて涙を拭う。こんなことは初めてで、彼はただ必死で涙を拭うことしかできない。隣にいたセシルもすっかり動揺してしまってオロオロするばかりだ。

 どうしてこんなにも涙が止まらないのか。彼の体が弱っていることもあるだろうが、ミーガンの死がマリウスのことと重なってどうしても涙を止めることができなかった。

 マリウスは自分のような人間のために生きて、本当に幸せだったのだろうか。見習い時代にセレンと出会いさえしなければ、今もマリウスは元気に生きてくれていたかもしれない。ミーガンも同じだ。本当なら寿命を全うするまで平和に生き続けられた命を、セレンと知り合ってしまったばかりに早くに失うことになってしまった。

 死神だと罵られた過去は決して言いがかりなどではない。自分の存在はやはり多くの人の死を呼び寄せる。生き延びてくれたのはファタルだけだ。

「リ、リーンさん…! もう出ましょう!」

 もう泣き崩れてしまいそうなほど涙を流してしまっているセレンに、セシルは母親の命令を必死で守ろうと腕を引っ張ってきた。セレンはおとなしく彼女に従い、テントを出る。もう全身が涙で満たされたような気分だった。

 セシルは少し急いでまだ涙の止まらないセレンを連れて歩き始める。それを誰かが後ろから呼び止めてきた。

「ショノア…さん?」

 振り返った彼女は意外そうにその名を呼んだ。その名にセレンも振り返れば、そこには確かにショノアが立っていた。

「俺のこと、呼んだだろ?」

「……」

 そうだった。デルフィラもショノアもセレンが無意識に呼んだ心の声を読み取ってしまうのだ。あまりの恥ずかしさにセレンの涙も止まってしまったらしい。いや、それとも無事な彼の姿に心が救われただけだろうか。

「少し借りるな?」

 ショノアはセシルにそう言うと、戸惑うセレンの腕を強引に自分の肩に回した。そしてセシルが何も言えないでいる内に、明かりの光があまり届いていない薄暗い場所までさっさとセレンを連れていってしまった。そこは暗いせいか、人もあまりいないようだ。生えていた木の側まで近寄ると、ショノアはセレンをその根元に座らせた。

「ここならいくら泣いたって誰にも見られずに済むだろ?」

「ショノア…」

 全て見通されているのは恥ずかしいのと同時に楽でもある。隠す必要がないからだ。

「それで? 気は済んだのか?」

「…ええ、はい…」

 曖昧に答えると、ショノアは苦笑を浮かべた。

「まあ…そんな簡単にはいかないか…。俺も…マリウスが死んだ時はずっと泣いてた。あの人は…なんだかマリウスに似てたから余計つらかったんじゃないのか?」

「ええ…。彼はマリウスの…先祖でしたから…」

 ぽつりと漏らすとショノアはセレンの顔を真っ直ぐに見つめてきた。本当はショノアにミーガンのことを打ち明けるつもりはなかった。この先も彼が生き続けるのであれば話しただろうが、死ぬとわかっていて紹介はできない。彼もきっとセレンと同じ苦しみを味わうことになるのだから。だが今のセレンには悲しみを共有できる存在が必要だったのだ。

 しばらくするとショノアは全てを悟ったようだった。その顔が諦めたような悲しい表情になる。

「なるほどな…、そういうことか…」

「黙っていて…すみません」

「…いいや、あんたのことだから…1人で抱え込むつもりだったんだろ? 今、話してくれて良かった…」

 マリウスの先祖であれば、ショノアにとってもミーガンは特別な存在だ。もう彼は死んでしまったが、その死を悼むことはできる。ショノアはしばらく遺体安置所であるテントの方をじっと見つめていたが、すぐに気を取り直したようにセレンを振り返る。

「ああ、そうだ。これをあんたに渡しておかないとな」

 彼は突然異空間を開けると、何かを取り出してくる。その何かから感じる強い魔力にセレンは思わず身を乗り出していた。

「これは…!」

 手渡されたそれは一振りの剣だった。見慣れた柄に見慣れない鞘が付いている。鞘は剣の発する冷気のせいか、薄く霜が付いていた。

「竜剣ヘイム…。それがこの剣の正しい名前だろ?」

「……」

 セレンは夢にまで見た完全な聖剣の姿に言葉を発することも忘れて見入った。鞘から抜き放てばその魔力は波動のように体に伝わってくる。

「これが…完全な聖剣…? なんて…素晴らしい…」

 その剣は軽く、振ればセレンの力を余すところなくその勢いに乗せてくれる。刃は薄く鋭いが薄く氷の膜が張っており、恐らく血は付着せず硬度も高そうだ。

 だが感動するセレンとは裏腹にショノアの表情は晴れない。どうしたのかとセレンが尋ねれば、ショノアは気乗りしなさそうに口を開いた。

「この剣…、武器としてはなかなかのものだろう? あんたに聖剣の正体の話を聞かされてからずっと剣の構造を学んできたんだ。ベリルも感心してたくらいの出来だ。そこは俺も自信を持ってる」

 嬉しげに話すショノアだが、やはりすぐにその表情が(かげ)る。

「けど、これはもう俺の力を超えてしまって、思う通りにならないんだ…。それに何だか…あんたの持ってたのと違う…」

 ショノアの話では、この剣は今セレンが指に付けている聖剣のように指輪に変えることができなかったのだと言う。まるで知らない強力な魔法具のように彼の魔力を弾いて、どうすることもできない。仕方なく近い大きさの鞘を急遽竜剣の鞘として作り替えてもらったのだそうだ。

「俺が作って、ヘイムの意思が宿る魔導器なら俺の力でどうにかなるはずだろう? 実際にあんたの聖剣はそうだったんだから」

 ショノアは不満そうにセレンに訴える。彼も手にした竜剣をじっと見つめてみる。柄に嵌った紅い石は聖剣と同じ物だ。だがその煌めきには何の意思も感じ取れない。

「確かに少し違いますね…。私の呼びかけにも何の反応も返ってきませんし」

 セレンの言葉にショノアが思い詰めたような顔をして呟いた。

「失敗…したのかもしれない…」

「それはないでしょう」

 即答したセレンをショノアは驚いたように見返してきた。

「何でそう言い切れる?」

 納得がいかないとばかりにショノアは睨み付けてくるが、セレンには確信があった。

「聖剣が喜んでいますから。ここにある私の聖剣は全てを見てきているのです。彼が良いと言うのなら間違いないでしょう?」

 ショノアが戻してくれたのか、聖剣は今は指輪の姿になってセレンの指に収まっている。その聖剣からこれで良いのだと肯定する意思が伝わってくるのだ。

「…それは確かにそうだが…、これは…誰にでも使えるんだ」

「誰でも? 私でなくともこの剣の能力を引き出すことができるということですか?」

 聖剣はセレンの手にあって始めてその能力を発揮する。他の人間では魔力は消え果て、ただの古びた剣になってしまうのだ。だがこの剣は違うと言うのか。

「ベリルに見せた時、彼女はこの剣を試しに使ってみたんだ。そしたらこの剣は最高級の魔法具並みの力を発揮した。多分…ネメアだって倒せる…」

「それは…、良かったではありませんか! これで私がいなくなってもネメアを野放しにしなくて済む。この剣も独りにならずに済みます!」

 異世界に行ってしまった時、セレンは随分と苦しんだ。せめて聖剣を置いていくことができれば良かったのか。置いて行けたとしてもこの聖剣を扱える人間がいなければ、結局ネメアにミレノアルは滅ぼされてしまうだろう。どうして聖剣は自分を選んでしまったのか。そのことばかりを悩み続けたのだ。だが完成した竜剣は誰でも扱えると言う。それならそれに越したことはない。

「本気で言っているのか? この剣は…ブラドだって使える。そういうことなんだぞ⁈」

 ショノアは本気で腹を立てているようだった。きっとマリウスや他の部下達も生きてここにいれば同じようにセレンの為に怒ってくれただろう。セレンは思わず笑みを浮かべた。

「誰でも扱えるとなれば、持ち主は必ずネメアとの戦いを余儀なくされます。女王の標的ともなるでしょう。ならば私欲で動く人間はすぐにも手放します」

 要はこの聖剣を扱えるのがセレン1人だったことが、そもそもの問題だった。セレンがいなければ役立たずとなる聖剣。だが彼以外が所有者となれば人々はその人間に頼らざるを得なくなる。もしかしたらネメアをその人間が倒せるようになるかもしれないからだ。セレンが聖剣に認められてからの貴族達の動きはほぼそれが目的だったと言っても良い。

「むしろ…この竜剣を誰か他の人間が私よりも上手く扱えるというのであれば、その人が使うべきでしょう」

「セレン…」

 自分ならネメアをもっと簡単に追い払うことができた。お前は無能だ。聖剣の力を引き出し切れていないのだと今までどれだけ罵られたことか。それでも他に比較できる人間などいないのだから、セレンには反論する余地もなかった。そしてセレン自身も聖剣の使い手が他の人間だったならもっと上手くネメアに対処できていただろうかと何度も考えた。それはとても苦しかったのだ。

 無表情で淡々と語るセレンにショノアも諦めたように肩を落とした。

「でもそうだな…、確かにあんたの言う通りかもしれない…。だからベリルはこの剣を俺に返してきたのか…」

 ベリルは竜剣で色々なことを試した後、結局自分では扱いきれないと言ってショノアに渡したのだそうだ。ショノアとしては少し意外だったと言う。

「俺にしてみれば強い剣を手に入れるなんて、剣士は誰でも嬉しいものだと思ってたからな…。ベリルが返してきた時は本当に驚いたんだ」

「誰でもそんな潔いことができるわけではありませんよ? 私なら…その剣を自分のものにしたいと考えたかもしれません。ですが、身に釣り合わない剣を持てば軽いはずの剣も重く感じます。いずれは手放すことになったでしょうね…」

 自嘲的に笑えば、ショノアはひどく嫌そうな顔を見せた。

「その言い方だとあんたが聖剣に相応しい人間じゃないみたいだろう?」

「それは今からわかります。“選ばれる”という特権を失った私が果たしてこの剣を使いこなすことができるのか。もし使いこなすことができたなら…、その時初めて私は『聖剣の使い手』を心から名乗れるような気がするのです」

「……」

 聖剣に選ばれた重圧はいくら話したところで誰にも理解してはもらえない。だが今回、ベリルが一度竜剣を使ったにもかかわらずセレンに返してきたことで、既に彼の中で自信は生まれつつある。後は聖剣の助けなしにこの剣をセレンが使いこなせたならば、今度こそこの竜剣を自分の剣だと宣言することができるだろう。

「俺には剣士の気持ちってのはよくわからないが、あんたがそれで良いって言うならもう何も言わない。だけど…俺自身は聖剣も竜剣も持つのに相応しいのはあんた以外には考えられない。それだけは忘れないでくれ」

「ショノア…」

 彼はいつでもセレンの味方でいてくれる。それはファタルであった時から変わらない。セレンは多くの大切な人間を失ったが、まだショノアがいる。それはセレンの大きな支えだ。セレンは思わずショノアの頭をファタルにするようにして撫でた。彼は驚いたようにセレンを見つめてくる。

「…死んではなりませんよ?」

「……」

 戦いの場では誰一人死なないと断言できる者はいない。彼もいつ突然セレンの前から消えてしまうかわからないのだ。ショノアはセレンの内に潜む不安を笑い飛ばすように鼻で笑った。

「当たり前だろ? 俺達の時代にあんたを連れ帰らなきゃならないんだからな」

「ええ…、頼りにしています」

 ミーガンの死によって竜剣ヘイムが手に入ったのだとしたら、その力を使ってセレンは全ての人々を守ってみせる。それが彼の死に報いる唯一のことだろう。そしてそれを成し遂げた暁にはセレンは自他共に認める聖剣の使い手となり、そしてとうとう未来の…本来の自分の世界に戻る時が来る。長かった戦いの日々に、終わりの気配が漂い始めていた。


聖剣できたー!

いや~長かったですね~。これで毎回どうやってネメアに対処しようか悩まなくて済みます。

今回は戦ってばっかりで…もう本当につらかった…

この先もまだ戦いは続く…。で、私の戦いも続くわけですね~

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