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黒衣の守護者  作者: 樽吐
開戦
61/156

(3)

 前線では相変わらずショノアとベリルが激しい戦いを続けていた。やはりベリルの強さは凄まじく、最初の宣言通り敵を一切近付けさせてはいない。おかげで周りがどんどん脱落していく中、ショノアはかすり傷一つ負っていなかった。しかし敵側の魔獣と味方側の魔獣騎兵隊が入り乱れ、今は馬から落ちただけでも生き延びるのが難しいほどだ。

「味方の状況はどうだ⁈ 後衛のリーンは⁈」

 戦いではミレノアルがわずかに押されている。こちらの予想を(ことごと)く覆してきたアルゴスの攻撃にミレノアルはすっかり翻弄されて、思った以上の苦戦を強いられているからだ。ベリルもそれは感じているのだろう。弱音を吐くようなことはさすがにないが、顔つきがかなり切迫している。

 ショノアは周りの状況を探ってみるが、彼の目から見ても決して良いとは言えない。どの部隊を見ても動いている敵の数に比べて味方の数が少ないのは明らかだ。ただ唯一の救いは、後衛からの強力な攻撃が続いているおかげで未だ撤退するような事態にまでは至っていない。これはセレンとヘイムが完全にネメアの攻撃を抑えているからに他ならなかった。

「あいつのことなら心配ない。さっきすごい大量のネメアが見えたが、問題なく戦ってる」

「そうか、ならば良い!」

 ベリルはショノアの返答に満足して戦いにまた集中する。彼女の剣はまだ最初に見た時同様、赤い輝きを維持している。セレンの聖剣はこれほど長い時間戦い続けたら剣はボロボロになってしまうことだろう。柄から刀身に伝わる魔力が強過ぎて普通の剣では持ち堪えられないからだ。セレンには何本もの替えの魔法剣を持たせたが、それでもあの数のネメアを倒し切るまで保つだろうか。下手をしたら一度ネメアを斬っただけで砕け散ってしまう場合もあると言うから、決して安心はできないのだ。

「俺がもう少しみんなを守れていたらな…」

 さすがにここまでの戦いの中、増幅器の力があっても全てを守り切れるわけではない。一度かければ維持できる魔法もあれば、かけ続けなければならない魔法もある。1人では限界があった。しかしせめてデルフィラくらいの魔力があれば、まだもう少しやりようはあったのかもしれない。

「お前は十分守ってくれている! でなければミレノアルは今頃総崩れだ!」

 小さく呟いたつもりだったが彼女の良い耳はショノアの声を拾ってしまったらしい。だがその言葉で少し気が楽になった。

「こんな時に完璧を求めるな! 迅速に対応できればそれで良い!」

「……」

 それはそうかもしれない。ベリルは戦場に何度も立ってきたからこそそんなことが言えるのだろう。ショノアはまだまだ経験の足りない自分を実感した。とにかく自分のできることを最大限に発揮できればそれで良いのだ。

 ショノアはもう一度増幅器から通して見えてくる景色をじっくりと見て回り、冷静に自分のできることを探して対処していく。防護膜の角度や範囲を修正し、燃え上がる炎に水を浴びせ、凍り付いた魔獣騎兵を溶かし、魔法生物の毛に絡め取られて動けない兵士達を風の刃で自由にした。歩兵達に襲いかかる魔鳥達を雷で地上に叩き落とし、屍人の群れを地割れを起こして土の中に飲み込む。

 肩の力が抜けたからか、ショノアの動きは俄然良くなっていた。考えてみれば彼も今回の戦いが初陣のようなものだ。いつも通りに動けなくても当然だ。その割には頑張っている方だなどと自分を励ましているとふとセレンのいる最後尾が見えた。

 無数にいるようにも見えたネメア達が今はほとんど残っていない。つい先程まではセレンとヘイムが見事なまでの連携で面白いくらいにネメアを倒していたが、今は何故かセレンは1人地上に立ち尽くし、ヘイムがネメアを倒す様子を眺めているだけだ。あのセレンが自分は動かずにヘイムだけを戦わせるようなことをするはずがない。何かおかしい。そう思った矢先に何か小さな影が視界に入ってきた。

「デルフィラ⁈」

 いつもセレンかヘイムの側にばかりいる彼女の使い魔が何故かショノアの周りで飛んでいる。どうしたのだろうかと思った瞬間、ショノアはあることに気が付いて再度セレンを注意深く見た。

 ネメアの姿はもうどこにもない。それ自体は良いことなのだが、ヘイムはセレンと正面から向かい合っている。まるでお互いの出方を探るように睨み合ってでもいるかのようだ。

「……まさか…」

 ショノアの背中を冷たい汗が流れ落ちる。頭の中ではそんなはずはないと否定の思いばかりが溢れ出ていた。しかし現実から目を背けている場合ではない。

「ベリル! 今すぐ俺を降ろしてくれ! リーンを助けに行く!」

「何だと⁈ しかし今さっきお前は問題ないと…」

「たった今問題が起きた!」

 ショノアの見立てが正しければ、今のヘイムには既に意識が無い。ただの魔竜となってしまった彼とセレンはこれから戦おうとしている。それは無茶だ。何しろヘイムはアルゴスの乗る巨大なネメアと同じくらい、いやそれよりももっと大きいかもしれないのだ。そんな巨大な体とネメアと同じ能力を持つ怪物相手に無事で済むはずがない。

「しかしこんな場所でお前1人であいつの側まで行くつもりか⁈ 相当な距離だぞ⁈」

 ここは最前線だが、セレンが今いる場所は軍の最後尾よりまだ更に後ろなのだ。しかも大きな魔獣が暴れ回り、ショノアのような子供の体など簡単に踏み潰されてしまうだろう。転移の魔法は使えるが、そもそも一気に飛べる距離ではない。しかもここまで多くの魔法が飛び交うような状況で、まともに転移できるのかどうかも怪しいものだ。

「しかし…!」

 ショノアの見える光景の中でセレンとヘイムが動き出した。もう一刻の猶予もない。

「……待て。あそこにいるのは魔法騎士部隊だな…。だとしたら…」

 ベリルは何か思い付いたのか、その部隊に向けて通信器で呼び掛ける。

「ベリシアを至急私の元へ向かわせてくれ! 1人だけで構わん! 供は付けるな!」

 背後から迫る魔獣の首を()ね飛ばすと、ベリルは再度魔法騎士部隊のいる方角に馬を向けた。

「どうする気だ?」

 ショノアは焦る気持ちを抑えながらも尋ねた。彼の見える光景の中では既にセレンとヘイムは戦い始めている。一瞬見えたセレンの剣はもうかなり刃こぼれが目立っていた。替えは何本消費したかはわからないが、見ている間にもセレンは自分の血を剣に擦り付けていた。あれはヘイムの意識を呼び戻すための『奥の手』だ。聖剣とセレンが一体化することで彼の意思を直接ヘイムに流し込むことができる。そうすればヘイムも少しの間なら自分の意識を保っていられるはずだと言っていた。しかしあの方法はセレンの体に大きな負担を強いる。

“聖剣とは…ヘイムが魔導器となって生まれた剣だったのです…”

 この戦いに出発する前に聞かされた衝撃の事実。ヘイムは近い内にその意識が無くなり、残された体はただの恐ろしい魔竜となる。そんな悲しい未来をセレンは沈痛な面持ちでショノアに告げた。彼がミレノアルのみならず世界の脅威とならないようにするには魔導器とする以外に他に方法はない。だがそれはヘイムを殺すに等しい行為だ。セレンはできる限りヘイムの意識が続く限り、魔導器にはしたくないのだと話した。

“危険なのはわかっています…。私がいくら止めると言っても被害は周りに及ぶかもしれません。それでも…”

 セレンはヘイムを殺せないと言った。2人の間には既にデルフィラのことだけではない何か深い縁が生まれている。それはショノアにも十分伝わってきていた。だからこそショノアもセレンの願いに反論はできなかった。

 しかしヘイムはガレスに来るまでの道中は至って調子が良かった。意識が無くなるような気配は少しもなく、安定しているように見えた。それがいきなり完全に意識が無くなるなど、むしろおかしい。

 ヘイムの話では戦いが長く続けば意識が竜の自我に飲まれてしまう可能性もあるとのことだったが、それは戦いが何日も続き激しさを増した場合だ。今日はまだ初日。しかも半日が過ぎた程度だ。こんなにも早くヘイムの意識が無くなるはずはない。

「まさかアルゴスが介入してきたのか…?」

 考えられない話ではない。何しろここは彼にとっては庭のようなものだ。ヘイムの状態が不安定なことを知って、より魔物の意識が勝るよう仕向けてきた可能性はある。だとしたら本当に聖剣の力だけでヘイムの意識を呼び戻すことができるのだろうか。どちらにしてもこんな所で立ち止まっている場合ではない。早くセレンの元に駆け付けなければ。

 ショノアが落ち着きなく周りを見回していると、程なく紺色の馬に乗った女性の騎士が現れた。

「隊長! ベリシア、参りました!」

 ベリシアと名乗る女性は黒い服を着ているが、持っている剣は反りのある赤い魔力を立ち上らせる魔法剣だ。諜報部隊の騎士達は得意分野によって色々な部隊に振り分けられていると聞いているので、彼女は魔法騎士部隊に入っていたのだろう。見事なオレンジ色の髪に、どことなくベリルを思わせる顔立ち。持っている剣もそっくりとなれば、その女性がベリルの血縁者であることは間違いない。

「来たか! ショノア、すぐあっちに乗り移れ!」

 ベリルは再び迫ってきた魔物を一刀両断し、ベリシアもまた自分の周りにいる魔物を斬り捨てる。ショノアは急いでベリシアの乗る馬に走り寄ったが、彼女の馬はベリルのものよりも更に大きい。これは軍馬の中でも特に乗り手を選ぶという最高級の軍馬だ。とてもではないがどうやって乗ったら良いのかもわからない。

 ショノアが途方に暮れているとベリシアが素早く手を差し出して、ショノアに掴めと言ってくる。言う通りにすれば、あっという間に彼の体は馬の上にいた。

「このショノアをミーガン様率いる補給部隊最後尾まで送り届けろ! 周りの敵には手を出すな! お前の役目は一刻も早くこのショノアを目的地まで送り届けること、それのみだ!」

「了解!」

 ベリシアは余計な口を挟むことなく、すぐさま馬の首を後衛に向けた。そして一気に走り出す。その凄まじい速さに、ショノアは慌ててベリシアの体にしがみ付いた。しかし抱き付いた瞬間に彼は自分のしくじりに焦る。

「悪い! ちょっとびっくりして…」

 初対面の若い女性に緊急事態とはいえ断りもなく抱きついてしまった。そんなことをされたら彼女は気分を害してしまったかもしれない。年齢的に見ても恋人くらいいてもおかしくないのだから。思わず詫びる言葉を口にしたショノアだったが、返ってきたのはある意味予想通りの厳しい言葉だった。

「口を閉じていてください! 舌を噛みますよ!」

 今は戦闘中だ。余計な気遣いなどしていたら死んでしまう。それを彼女に(たしな)められてしまった。やはり幼い頃から騎士になるべく育てられてきた人間とショノアとではそもそも感覚が違うのだ。思わず彼は苦笑した。

 しかし余計な気遣いをしていられるのも本当に最初の内だけだった。馬は凄まじい勢いで走り続け、ベリシアは母親譲りの剣技で目の前に迫る魔物達を一切速さを緩めることなく斬り捨てていく。時には味方の歩兵がひしめいている場所もあったが、それは馬を跳躍させてやり過ごした。その様子を見て、ショノアは彼女が何故自分を運ぶ役目を命じられたのかをよく理解する。

 ショノア達は城下を埋め尽くそうかという数の軍勢を縦断し、あっという間に後衛の部隊がその視界に入ってくる。ここに大量に配置された大砲が休みなく魔砲弾を撃ち出すことで、最前線で戦う騎士や兵士達の大きな助けとなっているのだ。ショノアの防護膜は問題なく機能し、見たところ大きな攻撃を受けた様子はない。その成果に満足していると、今はもう見えなくなってしまった街の入口方面から聞いたことのない咆哮が聞こえてきた。

「!」

 急いでセレンの様子を見れば、やはり思った通り今聞こえてきた声は“魔竜ヘイム”の雄叫びだ。セレンは地面に叩き付けられたのか手を支えに起き上がろうとしているが、その腕は既に震えている。ヘイムを見れば、竜の白い体からは何か煙のようなものが立ち上りどうやらかなり深い傷を負っているようだ。先程聞こえた竜の声は傷を負わされたことに対する怒りの声だったのかもしれない。

 ベリシアの馬もさすがに驚いたのか、その足が止まる。彼女は懸命に宥めるものの、馬はどうしてもその先に進もうとはしなかった。名馬は主人を危険から遠ざけようとすると言うから、もうこれ以上はどうやっても進まないことだろう。見かねたショノアはここで良いと伝えて馬から降りた。

 しかしここからセレン達のいる場所まではまだ結構遠い。セレンの様子を見るに、もうかなり消耗している。ここからショノアの子供の足でどれだけ早く駆け付けられるだろうか。それでもベリシアにヘイムの姿を見せるわけにはいかない。とにかく走るしかなかった。

 そう決心して走り出したショノアを、背後から誰かが呼び止めた。知らない声だが何故かショノアは足を止めてしまう。

「ショノア殿! これに乗ってください!」

 後ろから近付いてきたのは馬を繋いでいない荷馬車のような物だ。確かこれは物資を運ぶために使われている魔法具のはず。馬を繋がなくとも動かすことのできる優れものだ。それを誰かが操縦しながらショノアの隣に並んだ。

「これならあなたが走るよりも早くリーン殿の元に駆け付けられます!」

 低速に落としたその荷車にショノアは引っ張り上げられた。その直後に荷車は馬顔負けの速度で動き始める。ショノアはずっと操縦する男性の顔を見上げていた。やはり知らない顔だ。だがどこかで見たような気もする。あまりにも長い間眺めていたからか、男性は荷車を操りながらも自己紹介してきた。

「私はミーガン。補給部隊の隊長をしています。私なら真実を()()も問題のない人間。リーン殿のすぐ近くまであなたを連れて行くことができます」

「あんたが、ミーガン…?」

 その名はベリルが話していた信頼のおける有能な人物の名だった。彼はベリルから連絡を受けて、ショノアにセレンの居場所を伝えるように言われて待ち構えていたらしい。

「ベリル殿からは口頭で伝えるようにとの話でしたが、あなた1人で走って行けるような距離ではありません。それに…そんなに時間の余裕も無いのでしょう?」

 ミーガンも先程の竜の咆哮を聞いて、セレンの身を案じてくれていたらしい。馬では足が竦んでしまって動かないために、この荷車を使おうと考え付いて準備してくれていたのだ。

 最早後衛にまで敵の攻撃は及び、軍の群れから外れた2人を執拗に襲ってくる。ミーガンは荷車を巧みに操りそんな魔物の攻撃を掻い潜る。本来この荷車はそれほど機動性に優れた物ではないはずだが、彼は余程荷車の性能を熟知しているのだろうか。驚くほど巧みに荷車を操っていく。

「傷薬や身を守る防具もいくらか積んであります。これで…リーン殿を少しでも手助けすることができます…」

 ミーガンは離れていると言っても他の部隊よりはセレンに近い場所にいた人間だ。その戦いの激しさをずっと肌で感じていたと言う。しかし彼は隊長という立場のはずだ。部隊を離れても良いのだろうか。それをショノアが心配すると、ミーガンは苦笑した。

「戦いが激化すると私は指揮権を取り上げられて、陛下を守護する部隊に組み込まれてしまいます。まあつまり…安全な場所に避難しろというわけですよ。ですから今の私はただ守られるだけの存在…。ただのお荷物です」

 本来安全なはずの後衛部隊が攻撃に晒されると、いつもそんな処置を取られてしまうのだと彼は愚痴を漏らした。

「戦場では身分など何の意味もない。私が適任者であるというのに他の者に任せている場合ではないでしょうに!」

 落ち着いた風貌に似合わない勇ましいその発言に、ショノアは昔を思い出していた。マリウスも彼の身の安全を第一に考えようとする部下達をいつも叱っていたものだ。誰からも大切に扱われて何が不満なのかと子供の頃は不思議に思えたものだが、今となっては彼が憤っていた理由もよくわかる。

「けど今リーンのいる場所は最も危険な場所だ。あんたに何かあったらみんな悲しむんじゃないのか?」

 荷車の操縦方法などさすがにショノアはわからない。セレンの居場所も詳しくはわからない。だからミーガンが付いてきてくれるのは本当にありがたいのだが、彼の厚意にこのまま甘えてしまっても良いものだろうか。

「あなたが死んでも同じこと。勿論誰が死んでもです。誰かがやらねばならないなら、私がやってはいけないという理屈もありませんよ!」

 ショノアの心配を振り払うようにミーガンは力強く反論してきた。この潔さはマリウスと同じだ。だからこそ彼は皆に慕われた。彼が王位継承権の最下位であっても、王になることを望まれたのだ。

 心の中が何かで満たされたような気がしてショノアはミーガンを眺めた。目の前にはヘイムの大きな姿が見えてきている。戦いの余波なのか、気温も下がってきたような気がした。あんな場所に向かって行って、無事で済むとはとても思えない。アルゴスと一度戦っているからこそショノアは絶望という恐怖を身を(もっ)て知っているのだ。だからこそ余計に恐ろしかった。

 だがミーガンが一緒に行ってくれるなら、前に進めるような気がした。


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