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黒衣の守護者  作者: 樽吐
デルフィラ
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(1)

 翌日、起き出してきたセレンをショノアは待ち構えていた。一刻も早く、昨晩思い付いた妙案を伝えたかったからだ。

 しかしセレンは慌てたように身支度を整えるばかりで、とても話を聞いてくれそうにない。どうしたのか尋ねると、寝坊したせいで仕事に間に合わなくなりそうだと言うのだ。

「ああー…もういいだろ? この世界のことは」

「そういう訳にはいきません。突然何も言わずに私がいなくなれば、皆さんに迷惑がかかります。

事情をちゃんと説明した上で、ここを引き払いたいのです」

 突然自分がいなくなったことで元の世界でも迷惑をかけている。だからこの世界では最後まで筋を通したいのだとセレンは言う。

 言っても聞かなさそうなので、ショノアはセレンの鞄から勝手にスマホを取り出した。

「関わったのはここに書いてある名前の奴らだな?」

「え? ……ちょっと何をしてるんですか!」

 ショノアがスマホに魔法をかけると、連絡先順に次々に電話が発信される。セレンが止める暇もなかった。

「これで終わりだ。あんたに関わる全ての記憶を関係者全員から消した」

「……」

 セレンは明らかにショックを受けたような顔をしていた。しかし元々“河合涼介”という名の人間など実在しない。それを元の形に戻しただけのことだ。

「そう…ですか。それは……助かりました…」

 セレンはどこか上の空で、その言葉が本心でないことは明らかだ。

「どうしたんだ? 誰か記憶を消されたくない相手でもいたのか?」

「え? ……ああ、そういう訳ではないのです。少し昔を思い出してしまっただけで…」

「昔?」

 セレンの話では、過去に部下がガレス人によって記憶を消されたことがあったそうだ。

 ずっと気丈に振る舞い、強い人間だと思われていたその部下は、セレンに関する記憶を全て消されて人が変わってしまった。聖剣を持つセレンの存在がいつかネメアを、そしてデルフィラをも倒してくれる。その希望を消された彼には絶望しか残らなかったのだ。

「私は彼の…新たな希望とはなり得なかったのですよ…」

 結局その部下は特に凶暴なわけでもない魔物相手に事故のような形で命を落としてしまった。セレンはそれを今でも自分の責任だと感じているようだった。

「……」

 セレンに協力しているとはいえ、ショノアもガレス人には違いない。『記憶を消す』などという芸当ができるのも魔術師特有の能力だ。状況が違うとはいえ、簡単に他人の記憶を操作してしまうショノアに、セレンは嫌悪感を持っただろうか。

「すみません。話が逸れましたね」

 セレンは固い表情のまま、朝の準備をやめる。もう急いで出かける必要もなくなったのだ。

「……悪かった。俺も…少し焦り過ぎた」

 突然ショノアは罪悪感に駆られて謝った。しかしその様子を見たセレンは穏やかに微笑む。

「いいえ、あなたのことですから焦らずにいられないような事態になっているのでしょう?」

「……ああ」

 全部お見通しらしい。

 部下1人の死に深く心を痛めるような、そんな繊細な人間で大丈夫なのかと心配したが、やはり将軍にまでなっただけはあるようだ。

「それで? 何があったのですか?」

 セレンは既に何事もなかったような顔をしている。だがそれはきっと表面上だけなのだろう。

「…115年前に(さかのぼ)る方法が見つかったんだ」

「それは…!

凄いことではないですか! これは確かに挨拶回りなどしている場合ではありませんでしたね!」

 屈託無く喜ぶセレンを見ていると、ようやくショノアの気分も良くなってくる。

「この世界では俺達の世界と時間の流れる早さにかなりの違いがある。それを利用するんだ」

 ここで過ごす1年が自分達の世界での10年に相当するなら、この世界で10年の時を遡ればミレノアルでは100年を遡ったことになる。

「問題は11年半前のこの世界から俺達の世界に戻る道はまだできていない。

前にも言ったが異世界の数は無数にある。下手をすれば更に別の世界に行ってしまう可能性もあるんだ」

「それでも大きく前進しました。あなたさえ良ければ私はその方法を早速試してみたいのですが…」

 その魔法のことは詳しくないので、とセレンはショノアに対する気遣いを見せる。ブラドとはひどく違うものだ。

 彼ときたら魔法上の法則も知らず、無理難題を出した挙句に理不尽な不満を言って魔術師を殺すこともあった。ブラドの立場にあるのがセレンであったなら、どれだけのガレス人が死なずに済んだことか。

「俺のことなら問題ない。当然手は尽くすが、むしろ俺はあんたを道連れにすることに抵抗がある」

 元々ここにきた時点で死は覚悟の上。たとえとんでもない異世界に迷い込み、命を落としたところで悔いはない。

「私も問題ないですよ?

異世界から異世界に移動した所で変わりはありません。どちらにせよこの可能性に懸けなければミレノアルに未来はないのですから」

 思い切りのいい返答にショノアの顔にも笑みが浮かぶ。やはりセレンとの会話は話が早くていい。

「じゃあ、早速始めていいか?」

「すぐにお願いします。

この世界で数日過ごしたことが我々の世界においては致命的な期間になるかもしれない。それだけは避けなければ…」

「わかった。聖剣は持ってるな?」

 確認すると、セレンは突然少し待つようにショノアに伝えてきた。どうしたのかと見ていると、セレンはクローゼットの中から一着の服を取り出してくる。

「この世界に来た時に身に付けていた物です。特殊な布で織られているので、下手な鎧よりも余程丈夫なのですよ」

 漆黒のどこまでも黒いその服は、昔マリウスが身に付けていた物と形が似ていた。

「それは騎士の服か?」

「ええ、正式に騎士になる時支給される物です。

各自の体型に応じて自在に変化し、自己修復能力にも長けていますから、私が死ぬか騎士をやめない限りずっとこれは私の物なのです」

 そういえばミレノアルには優れた魔法具を作るアルカイスト人がいる。セレンの持つ服も彼らが作成した物なのだろう。

「しかし将軍が黒か…。

マリウスとか他の騎士達はもっと明るい色の服だったぞ?」

「彼らは近衛隊や騎兵隊出身ですからね。

ですが私のものは獣でも見つけられないほど闇に溶け込むことができるのですよ?」

 セレンは自慢げだが、それはつまり闇に紛れて行うような血生臭い任務をこなしてきたということだ。

 騎士の配属先は家柄や身分によって決められることが多いと言うが、将軍となっても彼は暗部にいた名残を引きずらされているのだ。

 セレンは服を手頃な鞄に詰め込み、今度こそ大丈夫だとショノアに告げる。

「この世界の10年前ならばまだこの服は身に付けない方が良いでしょう。聖剣は…」

 そう言ってセレンは抜き身のままの剣を見て、困ったような表情を浮かべた。

「今までは刃がなかったので携帯には困らなかったのですが、さすがにこれだと警察に捕まってしまいますね…」

「異空間はもう使えないしな…。

聖剣の形を安全な物の形に変えられたらいいんだが」

 基本的に魔力の強いものは外部からの魔法を一切受け付けない。万が一敵に何か無力な姿に変えられてしまえば最強の力も意味がないからだ。

 セレンは聖剣の柄を見つめた。

「ショノアは敵ではありません。彼の魔法を受け入れてくれませんか?」

 突然セレンは聖剣に向かって話しかける。

 手を出してくれと言われたので言う通りにすると、セレンはその手に聖剣の柄を近付けた。柄の中央に嵌め込まれた紅い石から光が溢れ、ショノアの手はその光に包まれる。

「あなたの魔力を聖剣に覚えてもらえば、あなたの魔法によってのみこの聖剣の形を一時的に変えることができますよ」

「そんなことができるのか? いや、それよりあんた聖剣と会話してるのか⁈」

 器物と会話できる魔術師はたまにいる。年月を経た器物は魔物化することがあるとも言うから、聖剣もそういうものなのかもしれない。一応、115年ものの由緒ある剣なのだから。

「何となくですが意思は伝わってきます。この世界にいる間は慰めてくれたり、励ましてくれたり、良くしてくれましたからね」

 聖剣と言われるだけあって、随分と持ち主に優しいようだ。思えばこのセレンは“聖剣に選ばれた”人間。気に入った人間だからこそ、そこまで親身になってくれるだけかもしれないが。

「じゃあ、やるぞ?」

 ショノアはセレンが持ったままの聖剣に手を触れた。

 何故だかひどく懐かしい感触がして、ショノアにまで聖剣の意思が伝わってきそうな気がする。聖剣はみるみる姿を小さくしていき、最後はセレンの指に指輪の形で落ち着いた。中央で小さくなった紅い石がキラリと輝く。

「これは…なかなか良いですね。肌身離さず持っていられますし」

 感心するセレンを他所に、しかしショノアは魔法をかけた時の感触に違和感を感じて自分の手を眺めていた。

「どうしました?」

 ショノアの様子がおかしいのでセレンが心配そうに見てくる。

「いや、別に大したことじゃない…」

 聖剣が許したとはいえ、魔法の効きが異様に良かったのだ。

 器物の変形はその素材や仕組みを知っていると、より馴染んだ魔法がかけられる。そこまでできれば思い通りの形に変え易いのだが、ガレス人は基本的に武器を扱わない人種だ。

 それはショノアも例外ではなく、武器については全くの素人。まして年代物の聖剣ともなれば、その造りは想像も付かない。ショノアができるのはせいぜい剣の大きさを縮めることくらいだと考えていたのだ。

「これはどうやれば剣の形に戻るのですか?」

「ん? ああ、それなら指輪を外せばいい。もう一度指輪に変える時は…」

 説明している内にもセレンは既に聖剣を自在に変化させるやり方を覚えたようだ。こちらも使いこなすのが早過ぎる。

「この聖剣……俺が考えてる以上のとんでもない代物なのかもしれない…」

 使い手を選ぶとは聞いていたが、扱いの難しい剣くらいにしか思っていなかった。ミレノアルで多く作られている魔法剣の最高峰なのだろうとその程度の認識だったのだ。

 作成されたのが115年前ということもあり、当時と同じ水準の技術は既に廃れてしまっている。それ故に刃の修復も敵わないのだとショノアは考えていた。

「完全な姿ではないためにこの聖剣を悪く言う人も多いですが、私にとっては十数年を連れ添った良い相棒なのですよ」

 指輪の形になった聖剣をセレンは愛しげに撫でる。セレンが元々穏やかな優しい性格なのもあるだろうが、確かに彼と聖剣の間には強い絆が生まれているのがよくわかる。

「では準備も整ったことですし、そろそろ始めませんか?」

「ああ、そうだな」

 思ったよりも準備があったが、全て問題なく片付いた。後は11年半前でも様子の変わらない場所に行って、転移するだけだ。セレンが今まで住んでいたマンションが築20年近いと言うので、ひとまず建物の周りを見て回る。

「ここが良いな」

 ショノアは見た目に古そうな工場に面した場所で立ち止まる。ここなら突然人が現れても人目には付かない。11年半前でも同じだろう。

 セレンが黙って正面に立ち、ショノアはその両肩に手を置いた。

「目を閉じておいた方が良いぞ? 周りの景色が11年半分一瞬で遡っていく。一度試しにやってみた時は目が回って気分が悪くなった…」

 今思い出してもあの経験は忘れられない。たかだか1年前に遡るだけでその有り様だったのだ。約10年分ともなればどれだけ恐ろしいことになるか…。

 セレンが「わかりました」と言って、おとなしく目を閉じる。ショノアもそれを見届けてから目を閉じた。

 魔法を発動すると2人の姿が光で覆われ、やがてその場から消えた。


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