(4)
その日の夜、ガレス城の森で動くものがあった。夥しい魔物の遺体は全て消滅してしまい、今激戦の跡を偲ばせるものはへし折られた木々や焼け焦げた草木だけだ。その中を1人の人間が歩いていた。焦げてぼろ切れのようになった騎士の服を着て、よろよろと歩くその人間はマリウスだ。
彼はあの巨大なネメアと幽騎兵とに挟まれた状態で戦っていたが、程なくネメアが大きく息を吸い込んだのを見て取った。頃合いだとばかりにマリウスは側に待たせていた翼竜型の魔法生物に乗り込むと上空に飛び上がろうとしていた。しかしそこへトーレスが普通の大きさの他のネメアに吹っ飛ばされて、マリウスのすぐ側の地面に叩き付けられてきたのだ。
「セレン様!」
サフィアとマリウスは同時に叫んでいた。彼は残された片手だけで奮闘していたようだが、力が及ばずに攻撃をまともに受けてしまったようだ。それでもセレンの体をしているからには叩き付けられたこと自体の怪我は特になさそうだ。しかしそれまでの怪我が酷過ぎて、すぐにも立ち上がることができないでいる。
「サフィア! そこから動くな!」
もう一刻の猶予もなかった。このままではトーレスがネメアの炎に巻かれて死んでしまう。マリウスの意図を悟ったサフィアが乗っていた鳥型の魔法生物をその場で留まらせる。一瞬見えた彼女の顔は泣きそうな顔になっていた。
サフィアのことは今まで付き合った女性達の中では一番好きだった。セレンのことがなければ恐らく結婚していたことだろう。果たして彼女の方はどうだったろうか。彼女の場合は異性であるから、セレンをずっと本命と思い続けてマリウスが好きだったことなどもう忘れてしまっているかもしれない。
苦笑しつつもマリウスは翼竜をトーレスの側まで一気に近付けさせた。そして地面に手を付いて座り込んでいる彼の体をその長い尾で掬い上げるようにして投げ上げさせる。
「マリウス!」
空中に放り投げられたトーレスは驚いたような顔をしていた。彼自身にはもうほとんど戦う力は残っていないことだろう。それに対してマリウスにはまだそれほど大きな怪我はない。周りにいるであろうチリルがすぐに治せる程度の怪我だ。それなのにトーレスを庇うというのは効率としては悪い選択だ。トーレスも同じ気持ちだったのだろう。だがいくら偽物だとわかっていても『セレン』の姿をしている者をみすみす目の前で死なせることなどできるはずがない。
トーレスが飛んでくると、サフィアはその身体をしっかりと掴んでネメアがいる方向とは逆の森の方向に向かって飛んでいく。ホッとしたのも束の間、斜め上方から凄まじい熱波が迫ってきた。ネメアが炎を吐いたのだ。上空に飛び上がる暇などもう無い。とにかくマリウスは幽騎兵の群れの中に翼竜ごと飛び込んだ。
巨大なネメアの吐く炎は物凄い速度で背後に迫ってくる。周りにいる幽騎兵達は恐ろしい炎に巻かれて次々と消滅していく。サフィアの雨は今や豪雨になっているが、炎の勢いが落ちる様子は全くなく周囲の気温を下げているだけに過ぎない。もう間に合わないと悟ったマリウスはとにかく翼竜の腹の下側に回った。森まではあと少しだ。炎の勢いで森の中に吹き飛ばされたらもしかしたらまだ助かる見込みはあるかもしれない。
彼の頭の中にはラムダのかつての言葉が渦巻いていた。セレンが生きている限り、マリウスも生きなければならない。そうしなければ残されたセレンは壊れてしまうかもしれない。マリウスの生き延びようとする意志は自分のためというよりも、セレンが必ず女王を倒して生きて帰ってくるという願いでもあったのだ。
彼が丁度翼竜の首に掴まりぶら下がった状態になった時、目を一瞬で乾燥させてしまう程の熱波を体中に感じた。そして次の瞬間にはもう何もかもわからなくなる。一度翼竜の体がぶち当たってきたような衝撃を感じたので、魔法生物の体が狙い通り盾になってくれたのは間違いないだろう。それから先のことはもう全くわからない。目が覚めると周りには何も無かった。
空を見上げると、まるで昼間のことなど何も無かったかのように月は煌々と輝いている。その明るさは今日死んだ存在が如何に多かったかを物語るだけだ。周りには小型の魔物の姿さえ無く、死んだように静まり返っている。
サフィアとトーレスはあの後どうなっただろうか。マリウスの体には一度全身を大火傷に覆われたような痕跡がある。服はわずかに自己修復され、傷もチリルが治してくれたのだろう。今は服が擦れて痛む程度だ。しかし全身が少し歩くだけでも痛むというのはかなり動きづらい。見える範囲は全て焼け焦げていて、森の木々も余程大木でもない限りは全て焼失してしまったようだ。
マリウスの倒れていた場所のすぐ側には大きな木が生えており、どうやらその陰に入り込んでいたことでその後もネメアに見つからずに済んだのだろう。即死せずに済んだのは炎の勢いに吹き寄せられた魔法生物や魔物の下敷きになったおかげに違いない。そのまま長い間埋まっていればいずれマリウスも死んでしまったかもしれないが、魔物達はその時点では死んでいただろうから、程なく消えてしまったのだろう。色々な奇跡が重なって彼は命拾いしたようだ。
戦いの結果はどうなったのだろう。セレンは今何処にいるのか。見上げた先に城の主塔が見える。しかしその最上階には明かりが灯っていた。
「……」
マリウスは思わずその場に膝を付いてしまった。セレンが女王を倒したなら、あの部屋の明かりは消えていなければならない。彼が無事ならば、この森に部下達の姿を探しに来ていなければならない。なのに城全体が攻め込む前と何も変わっていないかのようだ。いやしかしセレンが女王に敗北したのだとしたら、こちらから助けに行く必要があるのかもしれない。身動きが取れない状態にされているか、それほどの重傷を負っている可能性もあるではないか。
マリウスの頭の中には『敗北』の文字はあってもそれが『セレンの死』には直結しなかった。彼は今までどんな絶望的な状況でも生き延びてきたのだ。マリウスだけではなくミレノアルに住む人々は皆、心の何処かでセレンは“死なない”と信じていた。それは彼の存在が全ての人々の心の拠り所でもあったからだろう。セレンを助けに行かなければ…。そんな思いだけがマリウスの頭を支配し、彼はその場に立ち上がった。
よろよろと歩いていると、徐々に皮膚の痛みも薄らいでいく。もしかしたらまだ残っていたチリルが治してくれているのだろうか。それでも気が付けば回復している様子も無くなった。恐らくチリルも皆力を使い果たしてしまったのだろう。
チリルのことを思うと昨夜のことが思い出されてきて胸が詰まった。あんなにも楽しい時を共に過ごした仲間達が今は1人も側にいない。キュリアンとラムダはガレスを出た辺りで今もいるだろうか。もしかしたら怪我をしていて動けないだけではないだろうか。サフィアとトーレスはマリウスと同じく何処かの物陰からひょっこり現れたりするかもしれない。皆、きっと何処かで生きている。酷いことになっているのはきっとマリウス1人だけなのだ。そう信じようと思うのにマリウスの目からは涙が流れ落ちてきて止まらない。
「いや! セレン様は生きてる‼︎」
自分に言い聞かせるように声に出して言えば、尚のこと涙は溢れてきた。マリウスは絶望している自分をわかっていた。生き残ったのは自分1人だ。他は皆死んでしまった。でなければ今の自分が1人でいるわけがない。それ程彼の仲間達は薄情ではないのだ。マリウスは堪らず主塔に向かって走り始めた。あそこにはセレンがいる。きっとマリウスの助けを待っている。早く行かなければ、早く早く…。
しかし建物に辿り着いたマリウスは途方に暮れてしまった。目の前には遠目にでも確認できる、何個もの尖塔が束になってできたかのような黒い大きな建物。闇夜よりもなお黒いその外壁には見たところ扉らしい物が全く見当たらない。
そういえば昔のガレス人の住居には扉というものがそもそも無かったと聞いたことがある。魔法の巧みなガレス人なら、密閉された空間になど入る方法はいくらでもある。安全のためにも設備的にも扉を作る必要性を感じなかった彼らは100年程前まで扉のない家に住むのが普通だったのだ。しかしそれならガレス人ではないマリウスはどうやって中に入れば良いのだろう。
途中で拾った自分の剣はこの壁を壊すことには使えない。まだここは敵地であり、戦うこともあるだろう。壁を崩すことに使ってしまえば魔物と遭遇した時、身を守ることができなくなる。何処か中に入り込める窓でもないかと建物の周りを一周すれば、何故か先程はなかったはずの場所に立派な扉があった。
不思議に思いながらも用心深く両開きの扉を片側だけ少し開き、スルリと中に体を滑り込ませる。セレンやトーレスほど誰にも気付かれぬよう動くことはできないが、それでも細心の注意を払いながら彼は歩いた。
建物内はミレノアルの城とそれほど差はない。客人や謁見を望む者達を迎え入れる玄関広間は、外壁と同じく黒い鏡のように磨き抜かれた石で壁も床も覆われているが、天井は小さな水晶が敷き詰められ、黄金製の燭台に照らされて部屋を不思議な光で満たしている。床の部分は真紅の毛足の長い絨毯が敷かれているため、用心しなくても足音は立たなさそうだ。
セレンが中で囚われているのだとしたら果たして何処にいるのか。昼間の戦いから時間はもうかなり経っている。やはり監禁場所としては『牢』が普通だろう。だとしたら地下だろうか。しかしまたしてもこの部屋には他の部屋に繋がる扉がない。天井近くには窓があるが、それは外に繋がっていて光を取り入れるためだけの物だ。扉を探して周囲を回った時にマリウスは同じ窓を外から確認している。
一歩進んでは足止めを喰らう状態だが他に動きようもない。マリウスは絨毯を捲って床を調べてみたり、壁や燭台を触って隠し部屋がないかと探してみるが、やはり物理的に開けられた場所は無さそうだ。どうしたものかと考えていると、またしても先程絨毯を捲ったままの床に今までは見かけなかった四角の切れ目と取手が見えた。
「……」
先程の扉といい、今回の切れ目といい、さすがに不自然だ。気持ちが落ち着いてきたこともあるだろうが、マリウスは急に警戒心を強めた。しかしこれが果たして何かの罠だとしても飛び込む以外に道は無いように思えた。どちらにしても入ってきた扉から再び外に出て城から無事に脱出できる保証はなく、セレンの居場所をどうあっても確認しなければマリウスは気が済まない。腹を括った彼は床にあるその取手を引き上げた。
中を覗くとご丁寧にも梯子が掛けられていて、かなり深いようだが底は見える。用心深く下りていけばそこは地上の部屋とは全く異なる無骨な岩を積み上げて作っただけのような何もない部屋だった。薄暗くジメジメしていて、居心地は決して良くはない。天井は高く、狭くはないが、またしても他に出口は全く見当たらない。
ここは何なのだろうか。周りを見回していると部屋の中央に何かが山積みになっている。そしてその天辺では何か小さな点のような光が灯っていた。恐る恐る近付いていくと、その途中で何かが足に引っ掛かった。
「……⁈」
丸くて白いそれは人の頭蓋骨だ。目を凝らして見てみれば、その積まれた物は全て人の骨だった。そしてその天辺に骨ではない人間らしきものが乗っている。それはどうやら子供のようだ。
「…ファタ…ル…?」
まさかと思った。しかし骨の山から垂れ下がっている水色の布は彼が最後に見た時身に付けていたローブと同じ色だ。マリウスは急いで駆け寄り、彼の体を引きずり下ろした。彼は真っ白な顔をしてまるで死んでいるかのようだ。息はしているようだが、いつ止まってもおかしくない。体を確認すると、随分と大きな傷が胸に横一直線に走っている。幸い傷はどうやら血が止まり、薄く塞がってもきているようだ。あの小さな点のような光はキュリアンがファタルに贈ったチリル、『ハリエ』の光だったらしい。
マリウスはファタルを抱きしめると自分の服でしっかりと彼の体を包み込んだ。彼の体はすっかり冷たくなってしまっていて、このままでは死んでしまう。ここは寒くて、今のファタルでは体温を奪われる一方だ。何とか彼を連れてこの場所を無事に離れなければならない。マリウスはファタルを抱えたまま立ち上がった。するとそれを見計らったかのように女性の声が部屋に響き渡った。
「あらあら、どうやってこんな所に入り込んだのかしら。まあ、餌が勝手に増えることくらい問題はないけれど…」
「⁈……まさか…デルフィラか…?」
この城で女性の声となれば彼女以外には考えられない。その言葉はここが予想通り魔物の餌場であるということを証明していた。しかしどうやらここにマリウスを誘導したのは彼女ではなさそうだ。
マリウスは咄嗟に降りてきた梯子を見た。しかし無情にもその梯子は既に跡形もなく消えている。あの入口さえ何処にも見当たらない。焦る彼の姿を女王は何処かから見ているのだろうか、楽しそうに笑う声が響いてくる。
「誰がやったか知らないけど、出入口はもう無いわ。そこにもう少ししたら魔物達は餌を取りに来る。武器は持ってるようだから戦っても構わないけど、いつまで持ち堪えられるかしらね?」
彼女はマリウス達がそこから逃げられないことをわかっていて、魔物から逃げ惑う姿を見て楽しもうというつもりらしい。相変わらずの悪趣味な思考にマリウスの不快感は最高潮に達した。
「貴様、セレン様は何処だ⁈」
恐怖も忘れて怒鳴り付ければ、響いていた女王の笑い声が止んだ。
「他人のことより自分のことを心配することね。あなた…ここから生きて出られるとでも思ってるの?」
「!……」
ここが牢獄か処刑場のような場所だということはわかっている。以前キュリアンの話していた、力を使い果たしたガレス人が囚われていた場所というのもきっとここだろう。あの人骨はその犠牲者達のものだ。このままではファタルもマリウスもあの人骨に加わることになる。
「あの男ならもうこの世界にはいないわ。遠い異世界に行ってしまったんだもの」
「い、異世界…だと…⁈」
予想外の返答にマリウスは思わず声を上げてしまった。マリウスも魔法について全くの無知という訳ではない。世の中には自分達の世界とそれとは異なる世界が無数にある。それくらいは知っているのだ。その無数にある異世界のどれかにセレンは行ってしまったと彼女は言う。それは最早“死の世界”に行ってしまったのと何が違うと言うのだろうか。
「でもあの怪我で見も知らない世界に行ったのでは、生き長らえるのは難しいでしょうね。そもそももう死んでたかもしれないし…。でも生きていたとしても…彼には戻る方法はない…」
「貴様…!」
楽しそうにセレンの状況を語る女王に、言いようのない怒りが募る。どうしてこんな邪悪な人間がのうのうと生きていて、セレンが苦しまなければならないのか。それでも姿さえ見ることのできないマリウスには女王に一矢報いることさえできないのだ。
「ミレノアルはもう終わりね。丁度魔物達もここに集っていることだし、私も落ち着いたらミレノアルにとどめを刺しに行くつもり。戻っても地獄よ? それでもここを出たい?」
「…当たり前だ。俺はミレノアルの騎士だ! 死ぬ時は王を守って死ぬと決めている!」
この地に潜入する直前マリウスはセレンと約束したのだ。お互い生き延びることができたなら、必ず最期まで王を守り抜くと。
「やはりあなたもあの男と同類ね…。面倒だけど、生かしておくのも一興かしら…」
女王は独り言のように小さく呟く。
「まあ、生き延びたければ精々頑張りなさい。運良くここを出られたなら私は一切手出ししないわ」
「何のつもりだ!」
マリウスは思わず彼女を問い詰める。一応マリウスは城内に潜入した敵なのだ。セレンがここに潜入する手助けもしている。そんな人間を見逃すと言う彼女の意図は全く理解できない。
「気にしたところで無駄なことよ。命が助かるだけありがたいと思いなさいな。それに“運良くそこを出られたら”の話よ。あなたが魔物の餌になったらそこで話は終わり。私にとってはあなたの生死などむしろどうでもいい話よ」
「くっ…!」
彼女の言葉は的を射ていた。セレンでさえ倒した女王にとって、マリウスなど全く恐れるには値しない相手なのだ。それは彼としても納得せざるを得ない。
今までの戦いでもそうだったが、セレンの存在は大きかった。ネメアを相手にする時だけでなくガレス人の襲撃やそれ以外の魔物を相手にした時でさえ、彼がいなければミレノアルの被害は壊滅的なものになっていたことだろう。それをマリウスは近くで見ていてよく知っている。その彼を失ったミレノアルの陥落など、最早女王にとっては赤子の手を捻るに等しいことなのだ。
「あら? そろそろお客さんが来たようね。みんなちゃんともてなしてあげてね? 私の可愛い子供達なんだから」
不穏なその言葉にマリウスは周りを見回した。確かに薄暗い空間の片隅から何かの影が染み出してきている。それは大きな蛇の魔物だった。マリウスはローブを脱いでファタルを包み込むと骨の山の陰に彼を置いた。あの様子では石壁の何処から魔物が現れるかわからない。ここが安全だとは言えないが、それでも今の彼を抱きながら戦うような芸当はマリウスにはできない。
「すぐに戻ってくる。だから頑張れ」
ファタルの意識は依然として戻っていない。こんな恐ろしい状況なら眠っていて正解かもしれないが、ハリエも付いていることだ。安静にしておけば回復できるかもしれない。
マリウスは剣を手にその魔物に向かっていった。幸い、この魔物と戦うのは初めてではない。確かセレンの話では鼻面が唯一剣の突き刺せる部分だ。彼はその部位をあっという間に上顎まで剣を貫通させてこの魔物を倒していた。
“体の鱗は硬いので剣を当ててはいけませんよ! 刃が砕けてしまいますからね!”
頭の中ではかつての彼の声が響いていた。あの時は大勢の仲間がいて、皆厳しい戦いの中でも誰一人心を折られることなく戦い続けることができた。全てセレンがいたからこそだ。手強い魔物の倒し方も、仲間達と協力する方法も…全てセレンが教えてくれた。
マリウスは蛇の魔物を上手く攻撃させて、床に頭が近付いてきたところでその鼻面に剣を刺した。それでもこの蛇の体は鱗以外も十分に硬い。しかしそれを何とか身体ごとぶつかるようにして押し込み、脳天まで一気に切り裂く。蛇は苦しみのたうち回って程なく床に倒れた。ピクピクと痙攣していたかと思うとすぐに動かなくなる。
剣から魔物の血を振り払っていると、すぐに次の魔物が姿を現してきた。次は大きな毛の塊の魔物だ。黒、白、茶と3体いる。あの毛の中に引き摺り込まれたら、もう出られない。ゆっくりと肉を消化されてしまう。
“転がして中にある核を貫いてください!”
魔物と戦えば戦うほどセレンとの思い出ばかりが溢れてくる。いつだって彼は優れた指揮官だった。今マリウスが手を焼くはずの魔物を次々と倒せているのは、彼の言葉があったからこそだ。彼の存在の重みを感じれば感じるほど、異世界に消えてしまったという事実がマリウスに重くのしかかる。
この先セレンを失ったミレノアルは壊滅の一途を辿ることだろう。ただ一方的に叩きのめされ、滅ぼされるのか、それとも今のガレスのように圧政の下に苦しい日々を強いられることになるのか。マリウスが生きてミレノアルに帰ったところで何の役にも立たない。セレン以外の人間は皆、あまりにも無力だ。
しかし彼が絶望している暇もない程魔物は連続して現れる。それでも10体は倒したかと思う頃、ようやく魔物の出現が止まった。
疲れ切ったマリウスは思わずその場に膝を付いた。大した傷は負わずに済んでいるが、元々大火傷からまだ回復し切らない内に戦いを長時間続けたのだ。しばらくは立ち上がれそうにもない。
セレンならこの程度の戦いで動けなくなったりしないだろう。そもそも体の造りが違うのだから比較するのは間違えているのかもしれないが、マリウスはどうしても彼ならどうしただろうかと考えることをやめられなかった。セレンが無事ならマリウスのこともファタルのことも今すぐ助け出してくれただろう。そして2人でミレノアルに駆け付け、今度こそ女王を倒してミレノアルを平和にできた。
過大な期待ばかりが頭の中を占め、それはもうどうあっても起こり得ないのだと自分で自分を落胆させる。もう諦めてしまおうか。このまま生き延びたところで何があるというのか。待っているのは破滅と絶望しかないというのに。




