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去年に募集されていた「アナザーエデン」用シナリオで応募した作品を、アナデンの設定やキャラクターを全てオリジナルのものに変更して書き直したものです。なので時間移動と魔法の話…ですかね。
ほとんど原型は留めていないのですが、当時書いたもので使ったオリジナルの名前や設定なりはそのまま使っています。
日の暮れかかる坂道をセレンは1人歩いていた。
この道は帰り道ではなく、いつもの迂回路だ。
わざわざ遠回りしてまで毎日仕事帰りにこの道を通るのは、気に入った場所があるからだ。
勾配のきつい坂道を一気に登れば、その先には小さな公園がある。遊具はなく、坂の下にある街並みを一望できるようにベンチが一つ置いてある。ただそれだけの場所だ。
彼はそこに座り、夕陽が沈みゆく様をじっと見つめるのが好きだった。
夕陽だけは世界が変わろうと同じだ。懐かしむことさえ許されるとは思っていないが、それでも毎日足はここに向いてしまう。
ひとしきり夕陽を眺めると、セレンは上着の胸ポケットの中から歪な十字型の棒を取り出してくる。真珠のように不思議な光沢を持つそれは剣の柄だ。
彼はそれをじっと見つめた。
「結局、あなたの真の力は拝めずじまいでしたね?
…せめてあなたを置いてくることができればまだ…誰かがあなたを活かしてくれたかもしれないというのに…」
思わず柄を固く握りしめれば、中央に嵌め込まれた紅い石が柔らかい光を放つ。
それを見たセレンはわずかに笑った。
「慰めてくれているのですか?」
笑いながらも彼は何かを堪えるように、柄を両手で握ると額に押し当てる。
「私などを選んだばかりに、あなたはこんな異世界で朽ち果てていくのですよ?」
『後悔』などという生易しいものでは終わらない。死を以て償えるものならいくらでもそうしただろう。
元の世界に帰る方法を探りながら生きてきたこの1年半。しかし手掛かりは何も見つからなかった。
セレンを失った祖国ミレノアルは果たして今どうなってしまっているだろう?
彼がいなければ、あの恐ろしい魔獣を撃退する方法など何もない。いや、セレンがいても、結局倒すことはできなかったのだ。
どちらにしても絶望的な状況に何も変わりはない。
セレンは顔を上げると沈んでいく夕陽を眺めた。
今見えているのと同じ姿の祖国の夕陽を、今でも誰かが遠い地で眺めているだろうか。それとも…もう誰もいないのかもしれない。
「申し訳…ございません、陛下…」
祖国に命を捧げると誓ったかつての言葉に偽りはない。自分の命と引き換えに祖国が救われると言うならいくらでも差し出せた。
だがこんな途方もなく遠くに来てしまった自分には、祖国を守るどころか、その行く末さえ知ることができない。
セレンはただ祈るような姿で、遥か遠くの祖国に向けて謝罪の言葉を繰り返し続ける。
彼の手の中にある白い柄は、その目のような紅い石をずっと輝かせていた。