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惨殺

どこかから悲鳴が聞こえてくる。

 瞼を開けた瞬間、どこにいるのかわからなかった。

 すぐ傍に眠りこけるメアリーの姿がある。そうだ、メアリーが起きるのを待っていたら、いつの間にか眠ってしまったんだ。

 あれから何時間が経っただろ? 頭上の枯れ木の隙間からは、まだ少し陽が射し込んでる。夜にはなってないらしい。

 それにしても外が騒がしい。何が起こってるんだ? 

 耳を澄ましてる内に足音が聞こえてきた。よし!

「にゃあ!」

 メアリー、寝てる場合じゃないぞ、起きろ! 肩に両手をかけて揺すると、

「なあに?」

 寝ぼけ眼をこする。

「にゃあ!」

 と俺が上を見ると、メアリーもそれに倣い、足音に気づいたらしい。

「助けて!」

 叫んだ。

 やっと、この窮地から抜け出せるかもしれない。

 希望を抱いたのも束の間、俺はメアリーを起こしてしまったことを後悔した。

「こっちだ、人間のニオイがする」

「どこに隠れてやがる?」

 外から聞こえてきたのはそんな会話だった。明らかに人間ではない野太い声だ。そう、マルコに首ちょんぱされた、あのイノシシ男のように。

 そういえば、魔王が襲撃すると予告してた期限がそろそろ迫ってるんじゃないのか?

 もしかしたら、マルコが無条件降伏を突っぱねて、城が攻め落とされてるのかもしれない。

 そうとは知らず、

「助けて!」

 メアリーはなおも叫ぶ。口をおさえようとしたけど手遅れだった。

「へへっ、ここだぜ。お粗末な隠れ方しやがって」

 頭上から下卑た声が聞こえてきた。

 さすがにメアリーも様子がおかしいことに気づいたらしく、口を噤み、緊張した顔で地上を見つめる。

 枯れ木が乱暴に取り除かれて見えたのは、明らかに人間ではないシルエットだった。もしかしたらイノシシ男かもしれない。

 その横にもうひとつ、妙に顔の長い影も現れた。

 どちらも武装しているらしく、鎧がガチャガチャ触れ合う金属音が不気味に響く。

「おい、出て来い!」

 自力で出られるならとっくに出てるっての。どうやら、俺たちがここに隠れてるものだと本気で思ってるらしい。

「落ちてしまったんです。助けてください」

 メアリーが恐怖に震える声で言うと、

「落ちただと? バカな人間め」

 悪態とともに頭上から長槍の柄の部分がスルスルと下ろされた。

「掴まれ」

 俺を間に挟んで落ちないようにすると、メアリーはその柄に腕と脚を絡ませて必死にしがみついた。

 メアリーと俺の体重なんて何のその。柄はグイグイ上昇して、あっという間に地上に出た。

「きゃっ!」

 メアリーが悲鳴を上げたのも無理はない。俺たちを助けてくれたのは、イノシシ男と頭が馬のモンスターだった。

 森の向こう、城の方からは悲鳴や叫び声、怒号、建物が崩壊する音などが聞こえてくる。

 やっぱり、トラファルガー王国は魔王軍に攻められてるらしい。この様子から見ると、マルコは魔王の要求を突っぱねたみたいだ。バカな国王のせいで、このままでは国が滅ぼされることになる。

「まだ子どもだ。どうする? ここで食っちまうか」

「いや、待て。この格好は王族じゃないか? 三人姉妹の姫がひとり見当たらないとか言ってた」

「王家は根絶やしにするって話だ。とりあえず、魔王様の元へ連れて行くか」

 話が決まり、抱え上げようとしてきたイノシシ男に対してメアリーは、

「来ないで!」

 俺を抱きしめながら叫ぶ。

「黙れ、このガキ!」

 イノシシ男の強烈なビンタでメアリーは失神。おいおい、子どもに何てことするんだよ。幼児虐待で通報するぞ!

「にゃあ!」

 俺の威嚇は屁のツッパリにもならない。メアリーごとイノシシ男の小脇に抱えられて森を出た。

 城内は戦場と化し、そこかしこでモンスターと兵士たちが激闘を繰り広げている。けど、どう見ても魔王軍が優勢だ。個々のパワーが明らかに違い過ぎる。

 ブタ男が振り回した拳が柱に当たり、そのまま粉砕したサマを見て、恐れをなして兵士たちが逃げて行く。城が完全制圧されるのは時間の問題だろう。

 その騒動の中をイノシシ男とウマ男は悠々と歩き、辿り着いたのは王の間だった。

 玉座には魔王が座り、魔王の呪いが解けずにまだ苦しんでるマルコが、王妃に抱えられて床に横たわっている。

 それを囲むようにアーニャとタニアが身を寄せて、この世の終わりとばかりに号泣していて、ルーベンスをはじめとする従者や側近たちの死体がそこかしこに転がってた。

 この国は終わった。第二の故郷が魔王軍によって奪われてしまったことを、俺は一瞬にして覚った。

「魔王様、森の中に隠れていた娘を連れて参りました。一番末の姫なのではないかと思いまして」

 メアリーに抱きしめられたままの俺もろとも、イノシシ男は乱暴に床に落とした。

「メアリー、無事だったのね」

 王妃が泣きながら抱き着く。

「どうやらそうらしいな」

 メアリーの無事を泣いてよろこぶ王妃の姿を見て魔王は頷きながら、俺の姿を見た。

「その猫は、戦場でも見かけたな。何とも美しい毛並みをしている」

 毛皮を剝いでしまえ、と部下に命じるのかと思って俺は恐れおののいたけど、

「なるほど、これはその猫用の玉座か。随分と大事にしているようじゃないか、マルコ。今度からわたしが代わりにかわいがってやるとしよう」

 魔王が「こっちへ来い」とジェスチャーするように人差し指をクイクイッと動かすと、俺のカラダは見えざる力によって浮遊して、魔王の隣の玉座に着地した。

 あれ? もしかして俺、食われないで済むのか?

「や、やめろ、ルシウスはわたしの大事な息子なんだ!」

 叫ぶマルコ。おお、そんなにも俺のことを大事に思ってくれてたのか。

 親心を見せられて感動した俺だけど、イノシシ男が、

『王家は根絶やしにする』

と言っていたことを思い出して戦慄した。

 気づけば、武器を手にした魔物たちがマルコたちを囲むようにして立っている。どの顔にも残虐な笑みが浮かぶ。

 この光景には見覚えがある。

 中学に入学したばかりの頃だ。イジメっ子たちに呼び出されて向かった先には、お尻に爆竹をツッコまれたカエルがいた。

「火をつけろ」

 ライターをわたされた俺は、早くしろとケツを蹴られて脅された。

 自分の運命を知らず、イジメっ子たちに囲まれてピョンピョン跳ねていたカエル。今のマルコたちを見てると、あの姿を思い出す。

「素直に降伏すればよかったものを。見ろ、あれを。お前が招いた悲劇だぞ」

 マルコに語りかけながら魔王が窓の外を示す。城下町は火の海と化していた。

「お前らみたいな薄汚い種族に屈してたまるか」

 この状況でもなお負けを認めないのは愚かとしかいいようがない。

「マルコ!」

 王妃が慌ててたしなめるも、もう手遅れだった。

「その薄汚い種族がこの世界を支配する。その他の種族はいらぬ。特に人間どもはな」

 魔王の言葉を合図にして、マルコのすぐ近くに立つニワトリ頭のモンスターが剣を引き抜いた。

「やめて!」

 王妃の悲鳴。

 おいおい、勘弁してくれよ!

 目を背ける暇もなかった。太刀筋が見えないほどの速さでマルコの首は切断され、苦悶に満ちたままの表情で頭が床に転がり、

「マルコ!」

 王妃が悲痛な叫び声を上げる途中で失神。アーニャとタニアは声も出ないほどに恐怖で震え、メアリーは気を失ったままだった。

「やれ」

 魔王のひと言で、他のモンスターたちも剣を抜き、アーニャとタニア、王妃を次々と斬殺していく。

 俺は何もできなかった。恐怖で全身が硬直して、呼吸することさえ忘れてしまいそうだ。

 ピョンッと飛び跳ねた瞬間、爆竹が爆破して粉微塵に消えたカエルの姿が脳裏に蘇る……。

「魔王様、この子はどうなさいます? まだ幼い。洗脳すれば何かと役には立つかと思われますが」

 床に横たわるメアリーの首筋に、イノシシ男が剣先をあてがう。

 やめろ、せめてメアリーだけは殺さないでくれ!

「うーむ……」

 悩む様子の魔王を見て俺は希望を抱いた。

「にゃあ」

 とひと鳴きして玉座を降り、メアリーの元へ。イノシシ男の剣先を頭でグイグイと押しのけて、メアリーの首に覆いかぶさる。

 これで俺が何を言わんとしてるかわかるだろう。

「その子を殺すなと言うのか」

 よし、魔王が察した。

「にゃあ!」

 非業の死を遂げたマルコたちの無残な姿、床を流れる血の生々しさとその臭いを我慢しながら、俺はここぞとばかりに強くひと鳴き。

「よし、ルシウスに免じて、その子は魔王城へ連れて帰る。ついでに、街中にいるその子と同い年ぐらいの子どもも生きて捕らえるんだ。利用できなければ殺してしまえばいい」

 魔王の鶴のひと声で一命は取り留めたものの、もしかしたらメアリーにはこの先、生き地獄が待っているのかもしれない。俺は複雑な気持ちになった。

「この城は焼き払ってしまえ」

 魔王の命令でモンスターたちはたいまつを手に忙しなく動き回り始める。

「ルシウス、見ろ。美しい光景じゃないか」

 すっかり日が暮れたトラファルガー国の上空を、俺は魔王に抱かれながら浮遊し、炎に包まれ真っ赤に燃える城と街を見下ろす。

 この世界に転生してから数ヶ月足らず。城で過ごした期間は短いけど、こうして崩壊していくサマを見るのは寂しくて悲しい。

 マルコも王妃もアーニャもタニアも、ルーベンスやその他の従者、側近たちとも、良くも悪くもそれぞれ思い出がある。

 みんな、安らかに眠ってくれと心の中で合掌。次は平和な世界に転生することを願うばかりだ。

 これから先、俺の運命はどうなるのかと考えて不安でカラダが震えた。

「武者震いしてるのか」

 勘違いした魔王に頭を撫でられた。残虐なことをした割にその手つきは優しい。どうやら俺はまた親ガチャに恵まれたようだが、素直にはよろこべない。

 自分のことよりもメアリー。今は彼女が今後どうなってしまうのかが一番の心配事だった。


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