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ルシウスの奇跡

しばらくは平穏な日常が続いたものの、次第に、

「魔族がまたラインフェルド川に姿を見せました」

「ラインフェルド川で魔王軍との武力衝突あり。兵士が六名負傷しました」

 なんて報告が毎日のようにマルコに報告されるようになった。

 ラインフェルド川っていうのは、この国と魔族が暮らす地域との境目にあるらしい。つまり、そこを死守できなくなったら、ここまで魔王軍が攻め込んでくるかもしれないってことだ。

 報告を受けるマルコの顔には、日に日に焦燥感が募っていく。

 それに比例するように城内の雰囲気も次第にピリつき始めて、剣術の訓練が今まで以上に積極的に奨励されるようになった。

 やがて、ラインフェルド川での攻防の規模が大きくなってくると、勉強の時間そっちのけで剣術の訓練が強制されるようになった。

 それは太平洋戦争の末期に、主婦や子どもたちが竹槍で国の防衛を求められた姿と重なるようで、俺は不安になった。

 戦時中の「アメリカの爆撃機B29を竹槍で叩き落とせ」ってほどの無茶ぶりではないにせよ、あんな野蛮なモンスターを女子どもが相手にできるとは思えない。俺が今、人間の姿に戻ったとしても無理だもん。襲いかかられた瞬間に逃げちゃうね。

 好きではない剣術を強制されることで、メアリーは見るからに塞ぎこんでいた。

 それでも真面目だからメキメキと腕を上げて、毎日のように姉ふたりをフルボッコ状態。アーニャとタニアはもう嫌味を言う気力も失ったようで、ただ末妹を睨むだけになった。

 タニアといえば、爺さんとの密会を期待……いや、厳重に取り締まるべく、俺はあの日以来、暇を見つけては屋根の上から見張るようにしてるけど、たまに爺さんひとりが現われるばかりで、タニアはちっとも姿を見せなくなった。

 さては爺さん、不能で満足させられなかったのか? あるいはあれは、タニアの気まぐれだったのか。

 真相はわからないけど、もうふたりで現われることはないと判断して、俺は監視体制を解除した。

 そんなことよりも気になるのはマルコだ。魔王軍との戦況が悪化していくにつれて、明らかに顔色が悪くなってきてる。食が細り、俺にだけ「胃が痛い」と弱音を吐くことが多くなってきた。

 おいおい大丈夫かよ。このままもしもあんたに何かあったら、この国は俺が回していかなきゃならなくなるんだぜ?

 せめて後継者の再考を頼むよ。って空気は、マルコの側近や従者たちからも感じられる。

 てゆうか、「こいつさえいなければ」って敵意のある目で見られてる気がするよ。

 特に、最初に俺に魚を持って来た従者頭のルーベンスのジジイなんて、ひと目を盗んで俺の頭を叩いてストレス発散してくる。クソッ、バレたら死刑ものの大罪だぞ、この! 

 でも、いずれ暗殺されやしないよね、俺? 割とマジで不安になってくる。

 そんなわけで、しばらくは胃痛に悩んでたマルコだけど、その不甲斐なさに腹が立ったのか、ある日いきなり、

「わたしも戦場へ行く!」

 なんて言い出したから、側近たちは顔面蒼白。あれやこれやと思いとどまるように説得したけど、マルコは一度言い出したことは曲げない頑固おやじだから効果なし。

 しかも、

「ルシウスの奇跡の力を戦場に届ける」

 なんて言い出す始末だ。

 は? 最初に聞いた時、俺は耳を疑ったね。

 もちろん、側近たちも大慌て。だって現国王と一応はその後継者が一緒に戦死する可能性があるんだもん。

 かといって、「戦場へ赴かれる前に、よもやの事態のために次々国王の選定を」なんて進言できるわけないからな。

 暑さが和らいで涼しくなってきた頃、ついに戦場への遠征日がやってきた。

 どうにか逃れたい一心で、俺はメアリーのベッドからこっそり抜け出して、例の屋根の上に行って身を潜めた。

 そこでいつの間にやら眠ってしまった俺は、

「ルシウス様!」

 城中で俺を呼ぶ声が飛び交ってることに気がついた。その中にはメアリーの声もある。彼女を心配させるのは忍びなかったけど、マルコが諦めて戦場へ出発するまでの我慢だ。

 そのまま身動きをしなければよかったものの、タニアが庭師の爺さんの後について小屋へ向かう姿を目にしたものだから、居ても立ってもいられなくなった。

 爺さん、何だかホクホク顔だ。あれから何度もタニアを口説き続けたのかな?

 よし、そのご褒美タイムを見届けてやるぜと、屋根を伝って降りようとした瞬間、

「ルシウス、見っけ」

 すぐ近くの窓から顔を出したメアリーに見つかってしまった。クソォ、あと一歩というところで無念だ。

 一瞬、逃げようとしたけど、

「ルシウス、逃げないで」

 メアリーが悲しそうに言うもんだから観念した。

 そうだ、メアリーが俺のことを手離したくないと訴えれば、マルコだって無理やり取り上げるなんてことしないだろう。

 メアリーに抱かれた俺は、いつも以上に甘えるフリをして(あくまでもフリだよ?)、離れ難い雰囲気にもっていった。

 ところが大人ってずるいもんだ。

「メアリー、ルシウスはね、今からお父さんとお母さんの元へ行くんだ。わたしに貸してくれるかな」

 マルコの奴、大嘘こきやがった!

「ラムズ国に連れて行くんですか?」

 嘘だよ、騙されるなメアリー。

 「ごろにゃーご」ってな具合に、俺は必死に甘えるも、

「そうだよ。ルシウスが元気でいる姿を見せに行くんだ。さあ、わたしに貸して」

「はい、お父様」

 何てこった。か弱い細腕からむさ苦しい筋肉質の腕へとバトンタッチ。娘を騙すなんて罪だぞ!

「ラムズ国王様によろしくね」

 笑顔で手を振るメアリーが遠ざかっていく。これでもう見納めかもしれない。メアリー、俺は戦場へと旅立ちます。先立つ不孝をお許しください。


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