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帝王学

そんな事件もあったけど、基本的にはメアリーとのんびり過ごしていた異世界ライフ。このまま日々平穏に流れていくことを望んだけど、ある日を境に変化が訪れた。

 そんでもって、この世界が決して平和ではないことを思い知ることになった。

「ルシウスにもそろそろ帝王学を学ばせなければならんな」

 メアリーの部屋を訪れたマルコに抱き上げられて、俺は強制的に王の間へ連行された。

 どうやら、『わたしの正式な世継ぎとする』って言葉は、興奮した弾みで言ったわけではなくて、マジで考えての発言だったらしい。

 ってなわけで、マルコが座る玉座の横に、俺のカラダに合わせた小さな玉座が用意されて、その日から政務を見守ることになった。

 もちろん戸惑ったさ。このジジイ正気なのかと疑ったけど、それ以上に配下たちが困惑した表情で俺のことをチラチラ見てきた。

 そりゃそうだよな。このままマルコに何かあったら、俺が王の跡を継ぐことになるんだから。

 仮に前世で、

「次期総理大臣は猫です」

 なんてニュースが流れてたら、この国は終わると思っただろうよ、俺だって。

 それに、大人たちが子どもを不安にさせないようにと意図的に隠してたのか、メアリーと一緒にいた時には全然気づかなかったけど、この国はどうやら長年、魔王軍と戦争を続けているらしい。

 魔王軍って……。おいおい、急に異世界観が強くなったじゃないの。

 でもさ、この世界には魔法って概念がない。ファンタジーな設定とは無縁みたいだから、魔王っていうのもわざと大袈裟に言ってるだけなんじゃないの? ほら、スポーツ選手に大魔神とかモンスターとかってニックネームを付けたりする、あんな感じ。

 結論から言おう。俺の考えが甘かったね。ここはやっぱり異世界なんだ。

 ある日、

「王様、ラインフェルド川の近くで魔王軍の兵を生け捕りにしました」

 兵士の報告に、

「ここへ連れて参れ」

 マルコが命じた。

 どんな奴が連行されてくるのかと興味津々で待ってたら、おいおいマジか!

 イノシシ面で鎧を着た、二足歩行のリアル・モンスターのお出ましに俺は呆然自失。身長は百五十センチ足らずで小柄だけど、全身の筋肉がはち切れんばかりに異常に発達してる。相撲取りを強引にギュッと握りつぶしたみたいな見た目で、とんでもないパワーを秘めてそうだ。

 そんでもって、タワシみたいにごわごわした体毛には泥や木の葉、クモの巣なんかがこびりついてて野性味たっぷり。鼻がひん曲がりそうなほどの獣臭さが、原始的な恐怖心をさらに掻き立てた。

 当然だけど、映像美のゲームの世界でモンスターと対峙するのとは恐ろしさがまるで違う。

 ただでさえ怖いのに、そいつは目が血走ってて、鼻からフンガフンガと荒い呼吸を吐き出しながらマルコを睨みつけてる。

 だけどマルコも慣れたもんで、まったく動揺することなく睨み返して、

「わたしの領土になぜ侵入してくる。お前ら魔族の侵入は固く禁じているのはわかっているだろう?」

 赤ちゃんプレイの時とはまるで別人。ちょっと見直しちゃったよ。

 イノシシ男はフッと笑ったかと思うと、

「わたしの領土だと?」

 ……え、喋るの!? 野太い声でイメージとぴったり合ってる。

「この世界はすべて魔王ベルゼーブ様のものだ。人間ごときが権利を主張するとは生意気な」

「生意気なのはどちらだ!」

 マルコの叫び声が王の間に響く。やめてくれよ、いきなり大きな声を出すのは。ビクッとしちゃうじゃん。

 とはいえ、この勇ましさは頼りになる。いくら相手が捕縛されてるとはいえ、俺にはこのモンスター相手にイキるのは無理。今にも強引に手縄をぶち切って襲ってきそうだもん。

「何が魔王だ。恐れるに足らん」

「これだから人間は愚かなのだ。魔王様の真の恐ろしさを知らないらしい。覚悟しろよ人間ども。お前らが滅亡する日は近い」

 イノシシ男がそんなことを凄んで言うもんだから、俺はチョロッとお漏らししちゃったじゃないか。

 こいつは強がりを言ってるわけじゃない。でも、そんな脅しもマルコには通じない。

「モンスターごときが何を抜かすか!」

 唾を吐き散らしがら勢いよく立ち上がると、

「剣をよこせ」

 傍らにいた兵士から剣を受け取って、

「魔王などこうしてくれるは!」

 叫びながら躊躇なく首を切断。不敵な笑みを浮かべたままのイノシシ男の顔がゴトッと音を立てて床に転がり落ちて、その目が俺の方を見つめる。

 ひええええええええええ!!!

 俺は悲鳴を上げた。

 実際には、

「にゃあーーーー」

 という鳴き声だったけど。

「この汚いのをさっさと片付けろ」

 叱りつけるように兵士に命じたマルコが、

「ルシウス驚かせてしまったな、すまない」

 先端から血が滴り落ちる剣を片手に近付いて来て頭を撫でた。

 おいおい、殺生したばかりの手で触らないでくれよ。

 あまりに惨い光景を目にしたショックで俺はその場から逃げた。

 とにかく、外の空気を吸って気分を変えたい。窓から屋根の上に出て、恐怖でガタガタと震えるカラダを落ち着けた。

 ここからだと、いつかメアリーと一緒に溺れかけた湖のさらに向こうの黒々とした森まで見渡せる。

 親ガチャに恵まれて平和に暮らしてきたけど、ここでも一歩外に出れば魑魅魍魎とした世界が広がってるんだ。

 床に転がったイノシシ男の首から流れる血。小学生の頃、いじめっ子たちに鶏小屋に閉じ込められた時の記憶が蘇った。

 あいつらは剪定鋏でニワトリの首を次々と切断して、俺の足元に笑いながら投げつけてきた。あの時の記憶は一生忘れない。

 魔王がこの城に攻め込んできたら、あんな無残な光景がここで繰り広げられることになるのかもしれない。

 嫌だ嫌だ。どうして平和よりも暴力を求めるんだ。俺には理解できない。

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせていると、

「こっちこっち」

 地上からタニアの声が聞こえてきた。白髪頭で腰の曲がった庭師の爺さんの腕を引っ張ってる。

 アバンチュールか? まさかな。祖父と孫ぐらいに年齢が離れてるんだ。そんなことあるわけ……。

「誰にも内緒よ」

 タニアは自分の唇に人差し指をあてるジェスチャーをして、庭師に微笑みながら囁きかけると、そのまま湖畔の森の中へ連れ込んだ。

 え、マジでそういう関係なの!? タニアたちの姿は多分、城のここ以外からは死角になって見えなくて、囁き声も猫の聴力だから聞こえた。

 つまり、お忍びでの行動ってわけだ。

 いやいや、冷静に考えてみろ。タニアは十四歳で、あの爺さんは恐らく七十歳近くだぞ。そんなわけない。いや、この世界ではありなのか?

 そういや、あの森の中には庭師たちが道具置き場にしてる小屋があったな。

 ドレスを脱がして、まだ成熟してない乙女の果実を爺さんが愛でる……想像しちゃったじゃんか! 

 クソッ、うらやま……いや、けしからん! この国に淫行罪は存在しないのか? いやぁ、実にけしからんぞ! 注意しに行かねば。決して覗きに行くわけではないぞ?

 屋根を伝って降りて行こうとした時だった。

「ルシウス!」

 すぐ近くの廊下からメアリーが呼ぶ声が聞こえてきた。

 クッ、このところマルコに時間を奪われて、メアリーと一緒にいる時間が極端に減ってる。

 タニアと爺さんの愛の巣は特定できたから、注意しに行くのはまた次の機会にしよう。

「にゃあ!」

 窓から顔を出すと、

「ここにいたの! 逃げ出したって聞いたから心配したんだよ」

 メアリーが抱きしめてくれた。うん。魔王の恐怖はあるけど、この世界はやっぱり素晴らしい。


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